第3話 いつか報われると信じて(2)

「一先ず、辺りを見渡して見たけど、やっぱり見つからないよなぁ...」


 目覚めた場所から半径約30メートルぐらいの位置は全て見たと自負出来る程に見渡した。

 結果は勿論何も分からなかった事になる。



「お前は、ずっと何をやっているんだ?もしかして2時間ずっと虫を探していたのか?バカにも程があるぞ」


 彼女の言葉に少しだけ心に突き刺さるものがあった。まるで心が的になったかのように見事射抜かれた感じだ。

 しかしそんな彼女に対して、こちらも言いたい事がある



「そういうアンタは、どうなんだ?少しでも手伝ってくれたらいいのでは?」


 俺が必死になって2時間の間、虫を探していたにも関わらずラマは座り心地の良さそうな横たわる木に基本的座っていたのだ。2時間もだ。

 何かゴソゴソとしていたようだが、座り心地を良くする為なのか、落ちていた草や葉っぱを引きちぎってクッションのようなものを作っていただけだろう。

 暇なら手伝ってもらいたいものだ。


「あんな非効率かつ、無意味な事を手伝える訳がないだろう。そもそも虫を見つけたとして、それからお前はどうするつもりだ?」


「...どうするもなにも、なるようにする。最悪のシナリオから取り組むのが先で良いだろ?それでこの行動が最も効率的だと考えたまでだ。それに、この童話がアリとキリギリスで無かったとしたなら、最悪は無くなる訳だし、そうしたら人間が出てくるのだろうから何とかなるよな?」


 出てくる主人公が人間と決まった訳ではない。だが殆どの童話では人間が主人公。

 確率論で言うのであれば、圧倒的に主人公は人間だ。だから俺が今考えられる童話上、最悪の極小サイズであろうアリとキリギリスさえ抑えておけば何とかなる。



「何とかなるって言ってる内は物事は上手くはいかないものだ。まあしかし虫探しか....。何故そんな思考でしか行動出来ないのか、理解に苦しむが、虫を探すのであれば虫の特性を利用するものだぞ」


 そうラマは言うと周りの沢山ある木々を、しかめっ面で見て回った。

 少しばかり虫が苦手なのか慎重に気に近づいて足元に警戒をしている。その虫を探すためなのにだ。


そして一本の木に立ち止まった。



「見付けたぞ!樹液が垂れてる木だ」


 その木には樹液が垂れており沢山の虫がいた。

 木から出ている樹液を舐めるために集まってきたのだろう。これが虫の習性というやつか。


「行き当たりばったりの行動は無駄な労力と時間を不用意に浪費してしまうだけだ。自身が目標とした事が確実に完遂出来る工程を明確に考えるんだ」


「そんな無茶なぁ〜。まだ学生なんですよ?」


「馬鹿者がぁ!お前の年齢でも既に社会人として働いていた者をいるんだぞ!社会人はお前ら学生バイトとは違って大小問わず、あらゆる事の不祥事に責任が伴う。だから他者や自分含め遅延やミスを起こさぬように、作業工程を完璧に構築しなけりゃならんのだ」


「はいはい」


 なんだか説教臭くなってきたラマ。

 小難しい話にどうも飽き飽きしてきたのか、彼女の話は半分以上入ってこなかった。

 軍隊のようだと思ったが、天界とはブラックな何かで、天使は社畜か何かなのだろうか。


 なにがどうであれ2時間も座っていただけの彼女にしては良い働きだったと口に出さず褒める事にした。

 口に出すとまた面倒な事になりかねない。



「おい、お前は話を聞いているのか?大事な話をしているんだぞ?大切なのはプロセスなんだぞ」



社畜脳の彼女の話は置いておき、ここで大きな問題に直面する。



「なあ...お腹空いてきたんだが?」


 おかしな事に、お腹が空いてきた気がする。気がするという勘違いではなく、紛れもなく俺は腹を空かせていた。


「童話の世界にいるのに、空腹に襲われる事はあるのか?寧ろ死んだ身ではあるから、ご飯は食べなくてもいいもんじゃないの?」


 それを聞いてかラマは大きく溜め息を吐いた。呆れた様子なのだろう。

 俺が話を変えた事に対してなのか、阿呆な事を聞いてくるな、という呆れなのかは分からない。

 それでも彼女が俺の質問に溜め息を吐いたのは明白だ。


「そりゃお前、腹はへるだろ普通」

「...えっ、なんで?俺は既に死んだ身じゃないか」

「はぁ?何を馬鹿な事言っているんだお前は?腹がへるのは、常識じゃないか。栄養を体内以外から取り入れる行為である食事は、死後もあり続けるぞ?」


 そう言われてしまえば、そうなのだろうと納得も出来る。


 死後の世界では既に死んでいるので、更に死ぬ事がない事から餓死の概念がない。

 俺の考えは、そう行き着いたので食事をしないであろう死後の世界では、それらの行為は不要なので空腹は無いものだと思っていた。


 しかし、彼女の言う通り、死後も食べるぞと言われてみれば死者も食事をしているというのも納得が出来たりする。

 お墓参りに饅頭などのお供えものを用意しご先祖様に食べて頂く風習があるのだから、死後でも食事をするという考えが出来る。



「へぇ〜、お腹空いちゃうもんなんだね」

「常識に対して、一々疑問を持つな。ともあれ何か食さなければ今後に響くぞ...」


 まあ1日ぐらいなら全然食べられなくても空腹は我慢出来る。

 しかし彼女の考えでは「腹が減っては戦は出来ぬ」であろう。思考する事はエネルギーを消費するものだ。

 空腹とはエネルギーの枯渇を意味し、エネルギーが無くなれば消費されるものが無くなるという事にもなるので、本来の活動能力が著しく低下してしまう。

 そうなっては、彼女の掲げている効率的かつ有意義な行動は行えない筈だ。



「別に我慢するのは、構わないぞ。飯よりも優先するべき事だってあるものさ。寧ろ期限ギリギリでの作業時なら、食事も休息の時間すら無い!」


「...うわぁ…」


 この天使は一体どういう生活をしているのだろうか。学生の俺には分からない。

 分かった事は、俺にとって天界はブラックな場所なのだと察した。きっと当たり前だろと世の大人達は一蹴してしまうのだろうが、学生の身である俺からして見ればブラックだ。


「だが、栄養失調になる前には食べるんだ。お前も一度死んだ身だから、この世界で死んだとしても、あの場所に戻るだけだろうと考えるだろ?」


「え?この世界でも死ぬの?」


「うむ。神様が創った世界とはいえ、お前は別の存在だ。そんな奴が死を迎えれば、逝く場所は天界か獄界しかない」


 獄界とは恐らく地獄の事だろう。

 ラマが言うには、神が創ったこの童話の世界で、俺はどうやらまた生を受け取り生き返っているようだ。

 簡単に言ってしまえば転生ってやつなのだろう。まあ、姿はそのままだから転移と言った方が良いのか何て細かい事は考えない。

 しかし、夢見た異世界転生に来たのに魔法や剣の世界で、チート能力を使役して無双するなんて事は全くない。


 どうしてか本当にそのままだ。恐らくこの世界には魔法の概念のない普通の童話の世界だ。

 仮に魔法の世界であっても俺には使えないのだろう。魔法が使用出来る童話の世界とは違う、魔法が使用出来ない別世界の人間に使えると思えない。

 その世界の理の外にいるのだから。


 そして、おまけと言わんばかりの社畜お荷物にストレスを掛けられる。

 とてもじゃないが、異世界転生等で浮かれている方々に伝えたいが決して君達の思っている世界では無いという事を。


 特に一番の失望は天界の者だ。



「あと言い忘れてたけど、お前目的果たせず死ぬと獄界逝きだぞ?」

「………………………ん?」


 ラマの言っている意味が全く分からない。何故獄界に行く事になっているんだ。


「あのなぁ。この世界に送られた時点でリスクがあるんだ」

「…リスク?」

「この世界に神様が私達を転送した時点でお手間を掛けているんだ」

「…はい。それで?」

「神様は期待して私達をこの世界に転送して下さったんだ。責任は通すのが筋だ」


「…いや。知らねぇぇぇぇよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 またしてもフザケた事を言ってきた。

 勝手に転送しといて、勝手に仕事押し付けて、駄目だったら地獄行きね?なんて聞かされてもいないのに、ふざけてるとしか言えない。

 いや。そもそもだ――――――。


 浦島はラマの目をしっかりと見つめる。



「――――――俺は、この童話改変計画に参加するとは言ってないだろ?」

「……はぁ?今更何言っているんだ?」


 そう。俺は一度も言っていない。

 童話改変をする計画と理由は聞いたが、俺から明確な参加表明をしていない。


「え?いや…。お前参加するって言っただろ?」

「いつだよ?地球が何回回った時だコラぁ!」

「あっれぇぇぇ?」


 恐らく参加をする為に、彼女は俺に同意書へサインをさせてから転送するつもりだったようだ。

 原因は神からの催促の電話で、手順を踏まずに送ったのだろう。


「あれあれあれ?もしかしてあの高貴な存在である天使様が、同意を取らずに俺を誤って送ってしまったのかなぁぁぁ?」


 油汗が大量に彼女から流れ落ちるのが確認出来る。余程の事のようだ。

 やはりブラックな天界の事だから、そういう所は堅実なんだろう。


 遂に主導権は俺の元に来た。

 これで天使は掌握する事に成功したのだ。これで一度死んで天界の人に、この理不尽な事を報告すれば――――――てか帰らせて。



「……は…ははっ…あははは!」


 急に高らかに笑うラマに少し気味の悪さを感じ取った。

 まるでそれはサスペンス等の犯人が終盤に、正体がバレてしまった時の開き直ったようなそんな笑い声。正直気持ち悪い。

 こういう時は、あまり良い予感がしなかったりする。

 そしてそれは的中した。


「それなら、やってみたらどうだ?勝手に死んでみるんだな!」


 予想していた通りの開き直り、罪を犯した事で狂ってしまったのか?と考えてみたが違っていた。



「悪いな。お前が死んだのなら、直ぐにお前を誰の目にも通さずに獄界に送ってやる。なんたって私は役職持ちだからな」

「このクソ天使がぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 天界の事を全く知らない俺は、まず彼女のこの不祥事を、誰に言えば対応して貰えるのかも分からない。

 もし彼女の手の者であれば、裏でラマに引き渡されるだろう。彼女よりも下の役職でも、そうなってしまうだろう。


 そうなると明らかに、有利なのはクソ天使ラマだ。

 そもそも下界に住んでいる俺達人間をゴミと呼ぶ天使達に、そんな事を言っても誰も信じては貰えないだろう。


 まさに理不尽。



「脅しか、きったねぇぇぇぇぞぉ!!」

「うるさい奴だ。余計な問題はモミ消すのが摂理だ!覚えておくんだな、じまじろう君」

「…くっっ…!このクソ天使ぃぃぃぃぃ……」



 今日俺は闇を知った。

 教わったのは天使からだった。



「兎に角、話を戻すが飯を抜くのは結構だが、お前に栄養失調で死なれると私も書類が増えるから避けたい」

「つまり死なないように食って生きろって言う事ですか…」

「プラス働けだ」


 ブラック天使は本当にブレないな。そう考えながら、食事について考えた。



 ここは森の中。

 正直こんな場所で生きていける気がしない。今まで日本の何不自由ない都会で過ごしていたのだから、こんな何もない場所は行きづらい。

 多少のテレビやマンガ等の知識で、ニワカなサバイバル知識はある。


 大切なのは水と食料の確保だ。


「しかし、どこにいけばいいのやら…」


 水や食料を調達するにも、なんの道具も無い中にポツリと森の中に2人。絶望的過ぎる。

 しかもこの場所に再び戻って来れるかも分からない。そんな状態で宛もなく森の中を歩き回る訳にはいかない。


 そんな時だ。そんな俺を見てかラマは地面に落ちていた何かを拾い上げた。


「一先ず、ここに印しを付けて再び戻って来れるようにする。これを使うがいい、私の力作だ」


 彼女はそう言って拾い上げた何かを手渡してきた。

 それは木の枝と草で作られたロープだった。木の枝同士の端部分を草で何重にも繋ぎ合わせてあった。

 木の枝の関節部分の草は簡単には取れそうにない位にキツく縛ってある。


 そのロープは長さこそ、それ程長くはなく木に辛うじて巻きつけられる程度だ。

 しかしそれでいいのだ。事実これは木に巻きつけるためだけのもの。


 2時間の間、虫を探していた俺を黙って見ていたのではなく、彼女は此処を離れる事を見越して今出来る事を行っていたのだ。


「わあ凄いなぁ。器用に作ったんだね、経験あるの?」

「ふん。このようなものを天使の私がやった事あるか。ただ必要になるだろうものを、私の出来る範囲で作ったまでだ」


 このロープの使用方は、歩きながら時々中間地点にロープを巻きつけ、再び戻ってこれるように道標を作る事だ。

 洞窟なんかで迷った時にパンを千切って落とす事で帰り道を分かりやすくする方法に似ている。


 彼女を役にたたないと思ってしまった事が失礼に思えてきた。彼女は口は酷いが、なんやかんやで先を見据えて行動を既に起こしていた。

 俺が必要と言い出すであろうものを現時点で出来る範囲で予測してだ。



「いいか、使うのは常に頭だ。何かを遂行しようと考えたなら、それを遂行するために必要なものを体を動かす前に考えておくんだ。実際この場所が本当に必要なのかだって分からないのだ。時間は無駄にするなよ」


「なるほどだね。取り敢えず、ここの木に巻いとくね」


 俺はラマの話を軽く受け流し近くにあった木に早速巻きつけた。

 

 その後もラマには色々と説教をうけた。

 一番最初に印しを付ける木には目的地である事が分かるように一番目立つようにしろだの、巻き方に向かうべき方向が分かるように関連性を持たせろだの、耳にタコが出来る位に言われた。

 だが、何とかこの場所から離れる決意が固まった。



 そんな事より今は腹が減った。

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