第2話 いつか報われると信じて(1)
再び真っ暗な世界が広がる。この世界に俺は覚えがある。
実は思い出したくはないが、思い出してしまうくらいに、それは鮮明に脳裏に焼き付けてある。
それは決してこの先忘れる事は無いだろう。それぐらい衝撃的で最悪な出来事だった。
まあそれは数分前の出来事ではある。
へぶぇぶッッッ!
「おい、コラ!いつまで寝てるんだ、お前は!」
おもいっきり俺の腹を蹴る天使ラマ。思わず声を出してまった。
腹を蹴られれば痛みで腹部を抑えて踞る。
相変わらず彼女の遠慮無さには清々しく思う。しかし幾らなんでもこれは到底許させる行為ではない。
天使の身でありながら、このように暴力を振るう事を許して良いとは思えない。悪魔にすら思えてくる。
いやもうコイツは俺を殺してるんだからそうなんだろう。
「...って、いつまで蹴ってんだクソ天使がぁぁぁ!腹抑えて痛がってるんだから止めろよぉぉ!」
腹を抑えて踞る俺に、容赦なく止まらないラマの蹴りに立ち上がって止めるように声をあげる。
ラマは、あろうことか踞る俺に対して止める事なく何度も蹴りを入れ続けていたのだ。
「お前が全く起きないから仕方ないだろが」
「明らかに俺は声を出していただろ。それに目が合ったよな?どう考えても起きてただろうがぁ!」
実はラマから蹴りを受けた時に俺と彼女は目を合わせており、俺が起きている事になど知っていた筈なのだ。
しかし彼女の暴力は止む事がなかった。
「この貧弱者のマヌケが!その2本ある足は飾り物か?横になっているという事は寝ていると同じだろうが」
つまりラマは俺に立ち上がれと言っているようだ。
目を覚ました事が起きたという事ではなく、2本の足で体を支えて立ち上がる事が起きるという事だ。
だから蹴り続けるってのも、どうかと思うが。軍人なのか、この天使は。
「....って何処だここは?」
本当に謎でしかない。どういう原理なのか神に教えてもらいたい。
周りの風景が目に写り、ラマからの蹴りを受けていた事よりも謎の力により、飛ばされてしまったこの世界が何処なのか知りたくなっていた。
俺の体には彼女からの暴力で痛みを感じていた筈だが、不思議な事が起こると人は痛みを忘れてしまうものだと改めて思う。
本当に不思議なものだ。この瞬間はそんな考えすら、頭にはなかったのだから。
肝心の場所だが見たままを言うと、そこは森。一文字で表現するならば森である。
きっと、ここを例えるなら、これ以上でも以下でも表現出来ない紛れもない森である。
背の高い木々や草などが生い茂り、薄暗いそのばしょは先を見渡しても木しかなかった。
薄暗いのは木が短い間隔で密集しているので、上の方に生えている葉っぱが空の明るさを遮っているからだ。
「なぁ、ここは一体何処なんだ?」
一先ず安心したいので質問をする。
知らない場所である天界で目が覚めた時は、少しパニック状態に陥っていたので乱れていたが、あそこよりかは見慣れた状況、故に冷静さを保っていた。
だが、この森が知らない場所であるのは変わらない。だからこそ少しでも安心したいので知っておきたい。
そう思って質問したが....。
「ん?」
彼女から返ってきた答えが一文字で終わっていた。
「え?いや...だからここは何処?」
「...うん。ここは森だな」
「そうか森かぁ...って、そんなのは見りゃ分かる」
少し考えた様子のラマからの、答えがあまりにもコントのようだったので、ついノリツッコミをしてしまった。
生前学校では中立的立場にいた事から何となくという事に他ならないが、周りに釣られて、そういう事をする風潮があったのでそんな悪ノリが出てしまった。
「なんだお前。からかってるのか?殺すぞ」
正直笑いを誘っておいてスベった俺が言えた事ではないのは分かるが言いたい。
からかっているのは、寧ろクソ天使の方であると返してやりたいが、そんな事を言うと本当に答えてくれなくなりそうなので止めた。
一度彼女には殺されているので、冗談で言っているのであれば止めて貰いたい。
本当にやりかねない。
「…まあそんな事より、お前はこれからどうするつもりだ?」
「どうするって…どうしたらいいんだ?」
どうするつもりだ。
この質問に対して俺から正しい答えか何かが出てくると思っているこの天使。
答えは「知らん」の一言だが、機嫌を損ねかねないので、それは言わないでおく。
この世界に来て俺が分かっている数少ない情報は、神が俺を童話の世界に入れたという事。それとその世界で起こる物語の結末を変えて欲しいという事。この2点のみだ。
実際この世界について何も知らず、神がどんな結末を望んでいるのかすら、俺には分からないままだ。
せめてこの害悪なラマをガイド役にして、神が望む童話の話になる為のガイド役なんだろうが、彼女もこの世界の事は何も知らないらしい。
明らかに、ガイド役の付き人として不備がある。願わくばチェンジをして頂きたい。
「まあ、ここが森の中なら一先ずどこかの村に行って、ここの人間と話をしないとな...」
そう。必要なのは情報だ。
まず基本的な問題である、ここがどんな場所なのか知る必要がある。
それにはマトモに会話が出来る者を探さなくてはならない。
「ふむ、まず情報収集と言ったところか。この世界の人間に話を聞く事が可能なのであればヒントは大きい、だがな――――――」
ラマは真剣な顔つきで睨む。
「もし、この童話がこの森で起こる事であるなら、遠い村の人間に話を聞いた所で意味がないと思うが?」
妙に頼もしく見える。確かにラマの言う通りだ。
必ずしも、この童話の物語に出てくるモブの人間が有益な情報を持っていない可能性だってある。
仮にこの童話の世界がマッチ売りの少女だとするならば、物語に出てくるモブの人達は彼女の名前を当然知らないし、どこに住んでいる子なのかだって分からない。
更に彼女の事を認識出来るのはマッチ売りの少女が雪の中でマッチを売る道を通り、かつ彼女を目撃した者のみ――――――。
つまり仮にこの世界がマッチ売りの少女の童話であるのなら、先程の条件を満たしている彼女を目撃した者にピンポイントで話を聞かなくてはならない。
もし仮に主人公は俺達が送られた場所の付近で童話最後のシーンを迎えるとするならば、下手に遠くへ行くのは不味い。
神がこの場所に俺達を送った事が、何かしらの意図があっての事なのであれば、その可能性だって捨てきれない。
遠くの村に行けば確実に2度と、ここへ戻って来れなくなるだろう。だからこそ下手な事は出来ない。
どういう童話なのかのヒントを得る事は出来ないが、主人公がこの付近に現れるのだとすれば動かない方が楽だ。
そんな考えの俺にラマが否と声を出した。
「お前もしかして、ずっとここに居れば主人公がラストシーンで、ここに来るから待ち続ける等と考えておると思うが、辞めといた方がいいぞ」
「なんで?もしかしたら神が意図してここに送ったかもしれないじゃないか」
ここがどこなのか。
ここがどんな童話なのか。
何も分からない状況であるのならば、普通この状況を考えれば動かなければ主人公から来てくれるのなら待ってる方がいい。
神がどんな展開を望んでいるかは分からないだろうが、主人公さえ見つけられれば何とでもなる。
「仮にそうだとしてもだ。神様から事前に伺っていた事だが、この童話の世界は物語通りの始まりと同じ時間とは限らないらしいぞ」
「は?」
何を言ってるんだ?
思わず聞き直す。
「例えばこの世界が、マッチ売りの少女だと童話上では既に雪の中でマッチを売っている所から始まる。しかし、この世界ではまだ彼女が生まれていない可能性だってあるんだ。その逆は絶対に無いがな」
「はぁ?」
どうやらこの童話の世界では、童話での時間軸すら分からないらしい。
もしかしたら既に童話の物語は進みだしている――――かもしれないし、まだ暫く未来の話かもしれない。
今すぐにでも行動しなければならない可能性も存在し、今すぐ行動しなくとも、しっかりとした情報を手に入れる事が出来る可能性もある。
いつ起こるのか分からない以上は下手に行動して見逃してしまう可能性がある。とはいえ何か行動しなければ、ここが何の童話でどうするべきなのかも分からないままだ。
「もしかして一週間とか待たなきゃいけなかったりするのか?」
「それどころか1年とか5年も可能性としてはありえるな...最悪半世紀とかも」
頭の中でラマの声が響く。
―――ハンセイキとかも―――
「神様ぁぁぁぁぁ!ここは、どこですかぉぁぁ!!」
空に大声で叫ぶが無駄に気持ちよく響いていた。半世紀まで待ってろとか、ふざけてる。
「煩いぞお前!次叫んでみろぶっ殺すぞ!!」
「こんなん叫ばずにいられるか!アンタだっておかしいと思わないのか?」
突然訳の分からない世界に飛ばされた彼等。ラマもその中の一人だ。
勝手にこんな事になって少なからず神に思っている事も多々ある筈だ。
「残念であったな人間«ゴミ»よ。私は神様に絶対的な忠誠心を持つ天使だぞ?直ぐに誰かを疑うお前らとは格が違うのだ格がな」
相変わらずの上から汚い物を見るような憎たらしいあの目に苛つく。
だが今はそんな事は後にした方がいい。
「馬鹿正直に待つのは、あまり得策ではないよなぁ」
「ジャックと豆の木のような直ぐにでも分かるような話だと良いんだが...なにせ森の中だからな。アリとキリギリスはお前にとって最悪のシナリオだろう...」
アリとキリギリス。つまり虫。人間サイズの俺達より遥かに小さな生物だ。
草木に外敵から身を隠す小さな存在。見つけようとすると居ないのに、見つけたくない時にいる。
非常に人間にとっては不愉快な存在。
「本当にそうだったら、どうやって見つけるんだよぉ!?もう地面を匍匐前進«ほふくぜんしん»で歩くしかないじゃん!」
「...かもしれないな」
「また随分と他人事で...」
まあ実際には他人事ではあるのだろう。きっと彼女は俺に何も教えてくれないだろうし、アシストもしてくれないだろう。
取り敢えず、ここは少しでも何か情報を得る必要がある。周りを見渡し虫を探しまくった。
「プッ…情けないぞお前wそんな気持ちが悪い事をして情けないぞw」
「このクソ天使ィィィ...何とかして童話を変えてやる!」
必死になって低い姿勢になって虫を探す姿が、おかしかったようで笑っている。
アリとキリギリスなんて童話の話をされたら虫を探そうとするのは間違いではない。少しでも、複数ある候補を削れれば正解の物語に辿り着く確率は上がる。
やれる事は全てやる。そうしなければきっと神からの頼まれ事は完遂出来ないだろう。
「....相変わらず馬鹿な奴だよお前は...」
ボソッと俯いたラマが小さな声で呟いた。
その声はあまりにも小さなものだったので俺の耳には聞こえなかった。
当然聞こえなかったので俺は聞き直すが、何も言っていないかのように誤魔化してきた。
只、バカって言ったのは、何となく口の動きで分かったがな。
俺としても別に彼女が呟いた事が、重要な事では無さそうなので追求はしなかった。
下手に突いて因縁でも付けられたら、たまったものではない。
「それでアンタは、これからどうするんだ?俺と一緒に虫を探す訳ではないんだろ?」
出来れば強制的にお互い転移させられたのだから、事が早く済むように手伝ってもらいたい。
「まさか私がお前を手伝う筈がないだろう。お前は人間«ゴミ»で、私は天使なのだぞ?」
見た目が女性でなければ手を出したかもしれない。
いや。拳を使う的な意味で――――――。
しかし何となく、彼女がそう答えるだろうとは思っていた。
もしかしたらなんて1ミクロも無い可能性を信じて天使である彼女に助力を要請してみたものの、やはりと言ったところだ。
「もういいよ、このまま探すからさ。もうアンタは冷やすだけだろうから、何処か遠くへ行ったらどうなんだ?」
「残念だが、私はお前の監視役でもあるからな。あまり離れた所には行けないんだ」
何が監視役だ。俺の神経を削りたいだけなのだろうが。それに空からお高く見物するって言うのだからタチが悪い。
しかし、彼女がそう発言した事で、ここで一つ違和感を感じた。寧ろずっと彼女を見ていて、引っかかってた事があったのだが、それがようやく分かった。
「悪いな、じまじろう。私は空からお前を見ているぞ。天使らしくな」
「はいはい、どーぞ」
俺に背を向けたラマ。やっぱりだ。
腕をピンッと伸ばして直立の姿勢になる。しかし彼女は、そこから何をする訳でもなく暫くその姿勢のままだった。
何もない時間。
彼女が直立の姿勢になってから何かをするつもりだったのだろうが、特に何も起こらず、誰も喋らず、誰も動かない謎の静かな時間がそこにあった。
やがて、俺は小さな笑い声を漏らしてしまう。プルプルと直立姿勢のまま震えて立っているラマが何とも滑稽だからだ。
薄っすらと見える白い肌が少し紅くなっている気がする。
ゆっくりとラマの顔を覗くために、ユラリユラリと忍び寄る。ずっと体勢を変えない彼女の顔を見るのは容易だった。
彼女は思っていた通りの顔をしていて、下を向いたまま涙目で唇を強く噛んでいた。
「なんだお前、私をジロジロと見てるんじゃない!こんな事を言うのは恥ずかしいからでは無く、お前の顔が気持ち悪いからだぞ!」
「そうですか、それで何でアンタの背中には羽が無いんだ?」
ギクッと、あからさまな同様を見せるラマ。どうやら彼女も予想外の事で、今更この事に気付いたのだろう。
彼女に対して感じていた違和感は、羽と頭上の天使の輪が無くなっていた事だ。
天使の象徴として重要な筈の、羽と輪が無いのは致命的で、明らかにゴミと見下していた人間と同じ見た目をしている。
だからなのか、それに気付いて自らの姿に激しい羞恥心を抱いている。プライドが傷付けられたのだろう。
「なんだお前変態か!?ま...まさか...私がお前なんぞと存在が同じだと言うのか!?」
「...別に同じでもいいだろ、こんな状況なんだから協力して早く終わらせようぜ。兎に角一緒に情報を歩いて探すぞ」
「嫌だァァァ!地面に足付けて長距離歩くなんて狂ってる!おんぶしてぇぇぇ」
子供のように駄々をこねて喧しい。おんぶをしろとか、本当にお荷物か何かなのか。
寧ろそんな台詞を吐く方がよっぽど恥ずかしいと思うが、人の価値観は人それぞれ。天使と人間とでは、なおの事である。
ラマはこの世界に転移した際に天使の力を失った。理由は分からないが、彼女は羽を失い空を飛ぶ事が出来ず、天使の力も使えない。
晴れて俺と同じ人間になったという訳だ。
しかし、実は言うと彼女は少し前まで天使だったので空を飛び回ってもらい、少しでも童話改変の手助けをして貰いたいと思っていた。
何かしらの弱みを握れれば強制的に手伝わせる事が出来たのだが、俺と同じ事しか出来ないのであれば手伝ってもらえる事なんて大した事ではない。
彼女は俺と同じ状態になった事により俺よりも使えない無能に成り下がった。
いや。そんな今の彼女を彼女の言葉を借りて、こう言おう。ゴミであると―――――。
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