Chapter 1 Face my fears

1



アスカは木陰に横になって眠っていた

雲一つもない蒼天のちょうど自分の頭の上に

木漏れ日から少しだけ覗く日差しを見て、ちょうど昼頃なんだと

アスカは何と無く予想した。


いつから眠っていたのだろうか

思い出せないほど熟睡してしまっていたのだろうが

如何せん、あの妙な夢のせいで気怠く感じた。


嫌な感じだった

だが憂鬱な目覚めとは裏腹に中央森林の気候は非常に穏やかだった。


強い日差しがあるものの、河川で冷えた爽風が

森林の青々と育った草木の香りを運んでくれて

木陰に入って日差しを避けてしまえば

そこはもう、絶好のお昼寝場所だった。


「んんーーー…はぁ〜」

上体を起こし、背面についた草っ葉を払うことなく

ぐぐぐっと伸びをする

目覚めを手伝うかのように川で冷えた風がアスカの肌や髪を撫でる。


黒真珠のように真っ黒で顎の辺りまで伸びた前髪は

しっかりと綺麗に右に流されて纏められており

特徴的な毛先の金髪は少々派手に見えるが

艶やかな黒髪に美しいグラデーションをもたらしていた。


白雪のように透き通った肌は風で冷たくなっており

大きくてまあるい、ディープレッドの双眸はまるで

赤い水晶のように綺麗である。


整えられた前髪とは裏腹に

後ろ髪は纏められており、天に向かって逆立っている


だらしなくポリポリと何と無く毛繕いし

草っ葉の上で寝ていたせいで水分を含み寝ていた

ミコッテ族特有の獣耳もフワッと起き上がった。


胡座を組み直し、そこまでしてようやく寝惚けた感覚が抜けてきてきたが

どうも疲れが取り切れていない感じがして仕方がない

サンシーカーである自分は昼行性であるはずにも関わらずどうも、自分は昼間の作業が苦手だ

アスカはそう思い込んでいた。


「はぁ〜あ、このままもう一眠りしちゃおっかな」

胡座をかいた姿勢のまま、上体を再び地面にくっ付ける

すると天を向いた自分の顔の前に、強く眉間に皺を寄せた

しかめっ面が突然現れて思わず、わあっ!と叫んだ。


「なっさけない声出して、こっちが驚きたいよ」

「脅かすなよ、アキラ〜」


驚いた拍子に反射的に仰向けになっていた身体を翻し

見るからにムスっと怒っている、アキラに向き直した。


アスカの腰ほどまでしかない非常に小柄な

ララフェル族の女性、アキラ。


ボサボサに跳ねた空水色の髪は

あどけない額が隠れていないほど短く調えているせいで

かなり快活に見え、愛くるしい瞳と頬はまるで子どものように見えるが

れっきとしたレディーである。


見かけでは全く歳相応には見えないのはララフェル族の特徴だ。


細く真っ直ぐな眉毛が

今にもキリリと音が鳴らんかの如く

キュートな額で、深い谷を作っていた。


「おサボりとは、イイご身分デスコト」

わざとらしい言葉遣いに明らかな不満を感じる

「サボりだなんて…ちょっと、休憩してただけだよ」

バツが悪そうに答えるアスカは居心地が悪そうだった。


「あーら、そうだったのね、アタシてーっきりこのままスプリガンのように

せせこましくひ・と・り・で!頑張らなきゃいけないのかと、うんーーーざりしてたとこなの!」


アスカが眠っている間もアキラは休まずに作業に努めていたのだろう

たくましく肩に担がれた鎌の刃は粒状の泥で水玉模様が出来上がっている。


作業着のズボン、どころか

身長の低いララフェル族のちっちゃな帽子に至るまで泥だらけだった。


「お、起こしてくれればよかったじゃないか…」

「おサボりマンを気にかけるほど暇じゃないの!」


火のついたザナラーンのボムのように

アキラの怒りはカンカンに燃え上がってしまっていた。


更に剣幕は立て続き、隙の無い連続攻撃がお見舞いれる

「だいたい!製作稼業(クラフター)も!

採集稼業(ギャザラー)も出来ない!運動おバカのアンタに代わって

アタシがこン~~なに頑張ってあげてるのに!

お手伝いの一つもせずにすぐに眠りこくるなんて!」


「運動おバカとは・・・また随分な言い方じゃないか・・・」

ハハハ、と取り繕うように愛想笑いをしながら

このまま冗談話へと発展していかないかと期待していたアスカの目論見は

すぐに仇を見ることとなる。


「運動おバカと言わないでなんて言うのよ!

アスカが今までマイホームの為にギルドで請けた仕事なんて!

いったいなんの稼ぎになったって言うのよ!」


そうだった、と今更ながらアスカ思い出していた

アキラはアパルトメントの借りぐらしを止め、ついに自分の家を建てるために

多くない日銭を稼ぐために、ギルドリーヴにて務めていたのであった。


「こ、この前だって頑張ったでしょ・・・?」

「この前のオポオポ狩りも農作物がひどく荒れさせちゃって減額するわ

トードスツール掃討は神勇隊の人たちがほとんど倒してくれて

おまけにこの前のトレント・サップリングの討伐だって遅刻して報酬すらなかったじゃない!!」


言われてみればそうだった

ここ最近の討伐依頼は結果が振るわないものばかりであった。


ムキー!と言わんばかりだった

ララフェルサイズのちっちゃな鎌を振り回して怒る姿は

ボムというより、どちらかと言うとオポオポのようだった。


プッと吹き出しそうになったが

ここで笑えば間違いなく、あの鎌で襲いかかってくると想像すれば我慢が得策だとアスカは思い、込み上げてくる笑いをグッと堪えた。


「わかった!わかったから~!

ここからの仕事は私がやるから〜!許してってば〜!」


両手を合わせて参ったと言わんばかりに頭を下げた

そう言って反撃の一つや二つ飛んでくるかと思い来や

当のアキラは突然静かになった。


これはまた、彼女の癪に触ることを言ってしまったのかもしれない

恐る恐る、顔を上げ様子を伺うとアキラの口角が上がったのが見えた。


(しまった…要らぬこと言ったかも…)

後悔してももう遅かった

その言葉を待ってましたと言わんばかりに

物凄い早口でアキラが仕事を頼んできた。




2



「はぁ~・・・」


アスカはただただの己の軽率な発言に後悔していた。


アキラに頼まれた仕事は、なんてことのない

採集出来た品を、中央森林から北部森林まで運ぶことであった。


しかし、午前いっぱいを作業して取りつくした

採集依頼の品は相当な重量であり

また隣の地域とはいえ、チョコボなしで歩いて運ぶには

かなり骨の折れる作業であった。


本来ならばとっくに作業が終わっている頃合いなのだが

先ほど、チョコボポーターを利用しようとすれば

「さっき北部に向かって出ていったチョコボが返ってこなくて困ってるとこなんだよ」とのありさま。


ツイてない・・・、何度目かの愚痴をこぼしてから

ゆっくりゆっくり採集品を大量に乗せた車を

ギリギリ、ギリギリと鳴らしながら押して進んでいた。


「もう真っ暗だ・・・、帰ったらまたアキラにどやされるなぁ・・・。」

真昼の穏やかな雰囲気とは打って変わって日没後の黒衣森は不気味だった。


日中であれば陽の光を木々が遮ったとしても

大空に延び広がる蒼天の全てまでは隠し切れなかった。

時に穏やかに、時に厳しく全てを照らす太陽

そのいずれもを遮って安息の影を形作る木々

それら全てを包み込む蒼天。

蒼、緑、黒。

このコントラストが鬱蒼とする昼間の黒衣森に鮮やかな美しさをもたらす。


だが、夜はそうはいかない。

空を埋め尽くしていた蒼はやがて紅へ、そして漆黒へと表情を変える。

闇の絨毯が空を敷かれた頃、太陽もやがてその姿を隠し追いかけるように月が地平の彼方からこちらを覗き込む。


太陽と月、光と闇

互いに同じ空を守りながらも

決して二人が揃うことのない。


太陽が一日を始まりを司り、人々のことを見守った後

やがて世に紅をもたらした頃、まもなく一日の終わりの合図を送る。

役目を終えた太陽は月に後を任せ、また新たな一日をもたらす為に消え行く。


月は太陽から受け取った世界に闇と夜の静寂を授け

やがて人々が夢を語らい、眠るころ

静かに世界を見守り続けるのである、たとえ孤独だとしても。


だが、闇や静寂は必ずしも人々に安らぎを与えるばかりではない。

闇の中に紛れ夜を主戦場とする者、獲物を見つめて赤く光る獣の双眸

風が草木を揺らすたびに、ビクりと肩を震わせる。

ツイてない、ツイてないと同じ愚痴を無意識に繰り返し

迫る不安をなんとか押し返していた。


だが異変に気付いたのも、ちょうどそのぐらいだった。

いくら日も暮れて暗くなっているにも関わらず

先ほどから誰にもすれ違っていないのである。


このぐらいの時間であれば、仕事を終えて中央森林へと折り返す人たちや

巡回中の神勇隊の一人や二人

また、夜に現れる魔物の討伐へ向かう者もいるだろうに

誰一人として、人を見ないのである。


今現在、フォールゴウドを抜け目的地である

ハーストミルを目指してツリースピーク付近のひそひそ木立あたり歩いている

ここであれば旧市街地からも近い分凶暴な魔物も現れにくいと思ったからだ

だが、魔物だけでなく人もいないとは思わなかった。


なにかあったのだろうか、少しずつ少しずつ

目的地に近づくほどに不安が強くなっていく

日が暮れて暗くなり、人を見ないだけで

こんなにも心細くなってしまうものだろうか。


アスカはかぶりを振ってそんな不安を紛らわせ

早くハーストミルへ向かおう、あそこに行けば誰かいるはずだ

そう思いアスカは疲労により徐々に重くなっていた両足に鞭を打ち歩く。


ずちゃり、ずちゃりと泥濘を踏む音が厭に大きく響く

昼間の快晴を否定するかのような泥道は

森林ではよくあることだった。


しかし、見通しの悪い宵闇の中での泥道程、鬱陶しいものもなく

転ばぬように、されどより速く前に進むという

相反した行為にこの悪路はズブズブとアスカの体力を奪っていく

まして、ただ歩くだけではなく荷車を引くとなれば

それは想像を絶するものである。


逸る気持ちを嘲笑うかのように、悪路は

アスカの歩と車を掴み、引き摺ってくる。


体力の限界を伝えるかのように足が縺れ

ついに足を滑らせてしまい、ああ!っと森の闇で声が響く。


膝から崩れ荷車の手摺を掴んだまま、前のめりになって

暫く動けなかった。

恐らく無理な歩行を続けたせいで、爪でも割ったのであろう爪先からジンジンと熱い痛みを感じる。


足だけではなかった、ずっと手摺を押していた手も

痛みや冷たさ、熱さが入り混じって感覚が奪われていた。


このまま、車を置いて逃げてしまいたいほどだった

だが心の弱さが見えた時アスカは、ふと昼間の光景を思い出した。


鎌を担ぎながら、いつの間にか眠ってしまっていたアスカを叱責していたアキラだったが、その手は酷く汚れていた。


恐らく幾日もの労働の積み重ねであろう

同じ作業手袋を嵌め続け、作業を行っている為

手袋は最早役目を果たしていなかったのであろう。


貧しいから新しい手袋を仕立てなかったのではない

物を大切にするが故、常人であれば見限る品ですら使い続けるアキラの性格によるものであった。


それで手を怪我したら元も子もない

でも彼女はそういう性格だった。


万事を大切にする、だからこそ物にも人にも優しくなれるんだ。


そんなことを思い出したとき、アスカは足にグッと力を込めた

棒のように硬くなった足を引き摺りあげながらなんとか立ち上がった。


「帰らないと…。」

そうつぶやくとアスカ再び歩を進めるのであった。


帰りを待つ人の元へと、胸を張って帰るために。


3


ハァ・・・ハァ・・・

息も絶え絶え、ようやくハーストミルが見えてきた

これ程までに必死に歩いたのも久々だった。


もう少し・・・もう少し・・・

誰でもいいから人に会いたかった

アスカはいつの間にか不安感に支配されてしまっていた。


しかしそんなことはどうでもいい

早く仕事を終わらせてこの不安感を綺麗さっぱり消して

アパルトメントで待つアキラの元へと帰りたかった。


だが、ハーストミルに到着し門をくぐって

ありもしないゴールテープを切ってもその祈りは届かなかった。


いつも色んな人たちで賑わうハーストミルの真ん中にいるのは、静寂。


この地で巻き起こっている異変はこれまで自分が予感しているものとは

一線を画すものだとハッキリわかる。


血痕だ。


辺り一面に飛び散る、おびただしい血。


いったい誰が・・・

考えるよりもアスカの不安はいつしか

決定的な恐怖へと転じており、それは同時に限界を意味するものだった。


「誰かーーーーーー!!誰かいませんかーーーー!!

誰かぁぁぁーーーー!!」


なりふり構わずアスカは叫んでいた。

この惨状を作ったモンスターがまだいたとしたら?

いや、この状況でモンスターがやったと決まったわけではない。

もしかしたら、モンスター自体はもうすでに討伐されており

この血もモンスターのものかもしれない。

人がいないのもきっとここからすぐ近くの旧市街地へと

避難してるからに違いない。


だからこそ早くその安心感を得たいが為に

アスカは遠慮くなく叫び続けた

「誰かーーーーーー!!誰かーーーーーー!!」


必死だった、もう涙すら目に浮かべていた

なんでもいいから返事が欲しかった。


人じゃなくてもいい、この状況を説明できるものなら

モンスターが飛び出してきてくれても構わない、そう思っていた。


極限状態に陥っていたアスカは

背後から迫るものに対して気づくことが出来なかった。

「んうッッッ!!」


突然口元を塞がれた。

かなりの力だった、拘束を解こうにも背後からの不意打ちに

上手く対応できなかった。

まして、半ばパニック状態である上にアスカは疲労困憊状態であった。


そんな状況でなんとか振り払おうと試みるも

ズルズルと後ろに引き摺り込まれるだけだった。


いったい何をされるのかも解っていないにも関わらず

ただただ身の危険を感じざるを得なかった。


ザザザ、と中木の繁みに引き込まれそこで

さらに強い力で後ろに引っ張られ、アスカは尻もちをついた。


それと同時に口元の拘束が解けたその瞬間にアスカは

はああっ!と力いっぱいに酸素を取り込み

救難の意思を示す「叫び」を上げようとした時


「静かに!」と言われ、また口を塞がれた。


アスカは酷く混乱しつつも、思ってもいなかった事態を

なんとか冷静に理解しようと試みた。


どうやらアスカはハーストミルの入り口門脇の中木の繁みの中で

引き摺り込んだのは恐らく、今も取り乱すアスカをまっすぐ見つめその額に焦りの汗を流す老年のエレゼン族の男性だった。


よく見るとその後方には、アスカとこのエレゼンの男性の他にも二人

背格好からみるに恐らくまだ幼いヒューラン族の女の子とそれを守るように抱く、エレゼン族の女性だった。


「今から手を放す…頼むから騒がないでくれ…いいな…?」

低い声で囁くように老年のエレゼンの男性がそう問いかけ

アスカは静かに頷いた。


拘束が解かれると事態を察したアスカはなるべく静かに息を整え

それを見守りながら老年のエレゼンが

「イングだ、悪く思わないでくれよ…?あんたここに何しに…?」

そう言いかけてイングと名乗ったエレゼンの老年はかぶりを振った。


「いや…そんなことはどうでもいいな…あんたも運のないよな…」

待ちに待った人の声に安堵する暇もなくアスカはイングに問いかける。

「一体、なにがあったのですか…?血のようなもの見たし、ここに来るまで誰とも会わなかったし、それに…!」

矢継ぎ早に質問を重ね、イングは落ち着かせるように

「待っておくれ、そういっぺんに聴かんどくれ…」


アスカはハッとした、見かねたイングは言葉を続けた

「みんな、やられたんじゃよ…化物にな…」


モンスター?確かにモンスターによる被害は

ここ黒衣森においても例外ではなく年に何度かはその被害は耳にし

その度に、自分たちが如何に危険と隣り合わせに生きているかを改めていた。


だが、如何にモンスターの被害と言えどもこの状況は何だ?

何故これ程までの被害が出ておきながら神勇隊が来ない?

いくら市街から少し離れているとは言え、少し走ればすぐ辿り着くし

森を巡回している隊員が異常に気付くはず

その疑問をそのままイングにアスカはぶつけた。


「よく見て御覧なさい…」

そう言われてアスカは繁みの隙間から、今一度ハーストミルの状況を観察した。

それは自分が思っている以上の惨劇であった。


至る所に倒れ伏す、死屍累々の山々

神勇隊やおそらくは住民と思われる人々

老若男女、関係なく血を流し動かなくなっている。


「一体…どのようなモンスターが…」

震えるように言葉を絞り出してアスカは問い

イングは努めて冷静に低い声で言った

「あいつじゃよ…」


イングの見ている方向を辿り、アスカは丁度月が座す位置へと視線を上げると

家屋の上に佇むそれを見つけた。


パキッ…グチャ…。クチャ…クチャ…。

耳を澄ませるとようやく聞こえてくる程の音で静かに死体を喰らっている。


身を丸め、異常な程に長い両足の間に

死体が抱きかかえられ丁度腹部から喰い千切られている

その傍らには、この惨劇を描いたのであろう赤黒く染まった大鎌が佇んでいた。


アスカは、異形の姿を見て思わず叫びたくなるのを

自分で口を手で押えて必死に堪えた。


話に聞いたことがある奴は恐らく

ヴォイド、と呼ばれる妖異の存在であろう

異界のモノたちが、妖異になり

たびたび現れるということは、森に住む者達ならば当然知っていた。


だがその妖異が集落を襲うなどという事例は聞いたことがない

しかもあれほどまでに巨大な妖異がいることも驚きだった。


大声を出しておきながら気付かれなかったのは

おそらく妖異が”食事”に夢中だったからであろう

もしイングに静止されていなければ…と思うとアスカは吐き気が込み上げ

口内が酸っぱくなってきた。


だが同時にアスカの中で一つの思惑が浮かび上がった

「あんなに、気が逸れている今なら逃げられるのでは…?」

そう言ったイングに向き直ると、俯いたまま首を横に振った。

「ワシ等は…もう駄目じゃ…、ワシは以前から足をダメにしててなぁ…」


そういいながら悲痛の目で幼女と女性を見やり

「エザイラもこの騒ぎで足をやられててな…。」

アスカはエザイラと呼ばれたエレゼンの女性の足を見ると

浅からぬ切傷があることを確認した。


それに気づいたエザイラは自身の境遇を理解しているのであろう

今まで沈黙を貫いていた重い口を開いた。

「私達ではとても逃げ切りません、ですがこの子だけなら…」

そう言ってエザイラの膝に蹲っている幼女に視線を落とす。


「ワシ等は誰か助けが来るのを、ずっと待ってたんじゃ…」

エザイラが哀しみの中、なんとか作った微笑みをアスカに向け

「そして貴女が来てくれた…!どうか…この子を…、どうか…!」

そう言った瞬間、ずっと伏せたままだった幼女が顔を上げ大声で叫んだ。


「嫌だ!私、エザイラさんから離れたくないッッ!」

「アドニス…静かにしないといけないよ…」

シーッ、とイングがアドニスと呼ばれた幼女を諭すが

「嫌だもん!私、絶対エザイラさんから離れないからッ!」

そう言い放つとギューッと力を込めてエザイラの膝を抱きしめた。


しかし、足を怪我し止血もままならないエザイラの血はどくどくと流れる

そんなことはよもや10にも満たない幼子にはわからないのであった。


ここまで来るのに幾ら体力を使い果たしたとて

若く、大怪我のないアスカが幼子を抱え市街まで走り抜けるには余裕があった

対して老いぼれて尚且つ足を悪くしているイングと

徐々に表情が青ざめていくほどの切傷を足に負っているエザイラでは

とてもじゃないがもう動けない。


そこにやってきたアスカは二人にとってまさに、救いの一手であった。

だが当のアドニスは固くそれを拒んでいた。


アスカは努めてアドニスと打ち解けるよう声をかける。

「アドニスちゃん…だね、私はアスカ…大丈夫私が貴女を守るから…」

もちろんそんな保証はない、でも今はそう言うしかなかった。


諭すように言葉をかけてもアドニスは決して受け入れようとはしなかった。


「嫌ッ!絶対に嫌ーッ!」

最早、聞く耳を持たない状態であった。

しかし、交渉を待つ間もなく妖異の”食事”が終わった。


ドンッ!!と地響きを鳴らし

妖異が家屋の上から飛び降りてきた。


「嫌ーーーーーーッ!!!」

パニックになったアドニスが地響きに驚き叫んでしまう。


シュウウウウウウウウウ…

白煙を口から吐きながらドン、ドン、ドン、ドンと鳴らしながら、こちらに向かってくる。


「ダメじゃ…こっちに来る…!」

「アスカさん!どうかこの子だけでもッ!」

繁みの中で狂乱で満ちていた。


「でも…!」アスカが言い終わる前にエザイラが言葉を重ねる

「妖異は人の生血の匂いを好むと聞き及びます、私たちが引き付けます…その間にどうか…!」


先ほどアドニスがエザイラの足を締めて開いた傷口から流れ出た血を嗅ぎ

恐怖で思わず上げた、叫び声でこちらに気付いたのであろう

この危機状況を作り出したのは、悲しくも二人が守ろうとした

アドニス本人ということになってしまった。


もはや、議論の余地はなかった

まっすぐと見つめるエザイラにアスカは頷いた。


アスカの肩をポンと掴んで

「巻き込んでしまって申し訳ない、ここは任せてくれ」

この手がアスカを掴んでくれたおかげで助かったのだ

その手は暖かった。


「必ず、守ってみせます…!」

アスカは護身用に持っていた片手幻具に手をかけて機会を伺った。


ドン、ドンと迫りくる気配は音と共に増してゆく

こちらに近づくにつれてフシュウウウウウという息遣いも明瞭になっていく。


すさまじい緊張感であった、駆け出すタイミングを寸分違えば

妖異の持つあの大鎌の餌食になるのは自分の首

あるいはここにいる全員ということにもなろう。


自分だけではない、もう一人の命も預かっている


守る、言うは易いが果たして本当にそんなことが可能なのか?

この二人が妖異を引き付けるということは

確実にこの二人はここで死ぬこととなる、それで本当に良いのであろうか?

アドニスを救い、イングとエザイラをも助けることは本当に不可能なのであろうか?


それに、アドニスを見ていると背格好が似ているせいか

なぜだかアキラが重なって見えてしまう

そう気付いてからいうもののアスカはアドニスを失うことに

大きな恐怖を感じてしまうようになっている。


一秒ずつ、時が過ぎるにつれて、固めた覚悟が綻んでいってしまう

ダメだ、ダメだとかぶりを振りアドニスを守ることに集中しようとする。


が、それこそが油断した瞬間であった

妖異の様子がおかしかった。

グググっと身体を屈めるた、次の瞬間

ダンッ!!と一際大きい地響きが鳴ると

妖異は大きく踏み込んでアスカ達が潜む中木に向かって大鎌を振った。


「きゃあああああああああ!!!」

身を屈めていた4人は何とか鎌の餌食にならずに済んだが

もはや身を隠せるものもなく姿が露わになっていた。


ハァァァァァァ…と息を吐きながら妖異がこちらを眺めている。

まるで品定めだった。


「アスカさん!!!行って!!!」

エザイラが叫ぶが、アスカは声が届いていなかった。


何をどうするべきか解っていた、にもかかわらず

動けなかった、どうすればいい?前か?後ろか?

一体どうすればいい?最善はなんだ?


恐怖に竦むアスカが次に覚醒したのは

アドニスが妖異に掴まれ叫び声を上げた時だった。

「いやだあああああ!はなしてぇぇぇ!!!」


ハッと我に返った時、イングが妖異の骨のような左腕に短剣突き立て

アドニスを救出した時だった。

その拍子にアドニスの拘束が外れ、ドサッと音を立て宙から落とされた。


「逃げてください!!アスカさん!!行ってくれ!行けーーーッ!!」

そう叫ぶと同時、妖異が煙を巻くように払った腕でイングが弾き飛ばされた。

ぐしゃ、と叩きつけられた肉体から凡そ即死したであろう音がした。


アスカはようやくアドニスを抱えて走り出した。

思いのほか足取りが重い、自分の想像ではもっと速く走れると思っていた。


だが実ここに来るまでの疲労、泥濘という悪条件

さらに子供を抱えながら走るという状態ではこれが限界であった。


(お願い…!もっと動いて…!早く…早く…!)


妖異は走り去る、アスカ達を見つけ

身を屈めると、バネのように飛び出し

影のような速さでグングンと迫ってきた。


その気配を察したアスカは驚嘆し、バランスを崩してしまう。


(ダメ…!)


幼子を抱えたまま、泥濘の中へと転倒してしまう


しくじった…!

もう、だめだ…!


そう、思った瞬間に温い土と血の香りが舞う

エザイラが放った、初級土魔法(ストーン)だった。


「化物!!あんたのエサはこっちだよ!!」

触媒に自分の血を塗りたくり

更には自分の血が染みた石を魔法で弾き飛ばしていた。


「お願いアスカさん!!友人の子を助け…

言い終わる前に妖異の鎌がエザイラの首を刎ねた。


まただ…、また死んだ…

自分の不手際のせいで、また人が…死んだ。


アスカは無くなった首から激しく噴出する血を浴びながら

エザイラの首を齧る妖異を眺めて呆然としていた。


アドニスは蹲りながら、しくしくと泣いている

恐らくエザイラがどうなったのか察したのであろう


友人の子と言った、自分の娘じゃなかったんだ

イングさんもそうだ、みんな自分の家族じゃないのに

必死でこの子ことを助けようとして、身を挺してまで救ったんだ。


それなのにこの様はいったいなんだ?

状況は少しもよくならない、二人死んでまでこうして泥の上でへたり込んでいる


大体こいつ一体何なんだ、なんでこんなことして…

一体何人殺せば気が済むんだ

私たちが何をしたからこんな仕打ちをするんだ。

なんで私は走られない、なんで誰も人はいないんだ、こいついつまでエザイラさんのことを弄ぶんだ。


徐々にアスカに怒りの感情が渦巻いていく

自分への不甲斐なさや、現実の理不尽さが徐々に自身の許容を超えた時

ついに誰かのせいにして「自己防衛」を図った。


この状態でアスカが次に取った行動は。


「アドニスちゃん!走って!この街道沿いに進めば、街に着くから!」


勢いよく腰から、片手幻具を抜き

威勢よくアスカが叫んだ。


「あんたの相手は私がしてやる!!この化物!!」

怒りが頂点に達し、妖異に対して挑発した。


「大地の精霊よ、今どうか少しお力を…ストーン!」

初級土魔法に続いて、初級風魔法(エアロ)を放つ

「森林の風よ、蒼穹となりて敵に、放て!」


妖異はまるでビクともせずにこちらへ歩み寄っている

それでも構わず魔法を放ち続け

未だ蹲っているアドニスへ声をかける


「アドニス!お願い!走って!街まで逃げて!!二人の死を無駄にしないで!!」

なおも迫ってくる妖異に腰を抜かしてしまっているアドニスは涙声で

「無理…よ、どうせ、殺されちゃう…わ、あなたも…私も…みんな…

 あいつに食べられちゃうのよ…!」

「大丈夫!!必ず私が守るから!私を信じて!」

「嘘つき!!あんたのせいでイングじいちゃんもエザイラさんも死んだのに!!

 もうなにも守れないよ!!」


アドニスは興奮して続ける

「人殺し!!人殺し!!あのまま朝まで隠れていれば見つからなかったかもしれないのに!!お前なんかが来たせいでみんな死んじゃったのよ!!」


妖異はついにアスカの近くまでやってきた

手ごたえのないように見えた魔法だったがよく見ると

妖異のあちこちに傷は負わせられていた、効いているのか?


だが万事休すか、すでに妖異の射程圏内だった

しかしそれはアスカにとっても同じだった。


「この距離なら…!」

アスカはすかさず幻具を掲げ詠唱を行う

「水よ…捉えよ!清流を生み敵を押し流せ!アクアオーラ!」

拘束水魔法で妖異を弾き更にその場に拘束した。


「アドニスちゃんごめん、確かに私のせいで二人を殺しちゃったのかもしれない…」

アスカは妖異に向き合ったままアドニスに語り掛けた

「でも、今ここでアドニスちゃんが死んじゃったら

 私のことを誰も怒ってくれないよ?」

アドニスはキョトンとした。


「アドニスちゃんは生きて、街を守る強い人に私のせいでみんなが殺されたって言うんだ、そしたら強い人たちが私のこと叱ってくれる」

「なにそれ…、どういうこと…?」

「アドニスちゃんが生きて、ちゃんと私に罰を与えるの。

 私も絶対に死なないから、アドニスちゃん」


アドニスは混乱した、悪いことした人はあまり正直にできないと思うからだ

自分だってなにかバツの悪いことをしたときは、上手く大人の人と話せない。


エザイラさんと話していて楽しそうにしている大人が羨ましくて

でも、なんの話をしているのかわからなかったから

いつか自分も大きくなったらエザイラさんと

お話しするのが夢だったのに…。


みんな死んじゃった、この人のせいってさっきは言っちゃったけど

ほんとに悪いわけじゃないのはわかってる

それなのにこの人は、自分が悪いって言ってくれた

ごめんなさいって言いたいけど…。


アドニスの中で様々な感情が渦巻く

(そうだ…!街に行けば、街や森を警備してる強い人がいる!

 その人たちいっぱい呼べばこの人のこと助けてくれるかも…!)


ようやく決心のついたアドニスは踵を返し

勢いよく街道を走り始めた。


その背中を眺めてアスカはホッとした。

「私も死なない…か。」

思わず言った嘘に嘲笑が混じる。

もうこれ以上は無理だとわかっていた

間髪入れずに連続で魔法を放ったせいで、ほとんど魔力は残っていなかった。


今拘束している、妖異ももう動き出すだろう

そうなればあともう一発、アクアオーラで再拘束で出来ようが

恐らく拘束時間は更に短くなるだろう。


つまり今できることは「時間稼ぎ」だけだった。

アスカは妖異に対して挑発を行った瞬間から勝算などなく

「時間稼ぎ」が精いっぱいだとわかっていた。

つまり「自殺行為」だったわけである。


それでも時間稼ぎを行うのは、せめてもの「罪滅ぼし」のつもりだった

確かに二人を殺したのは紛れもなくあいつだった

でも、死なせたのは確かに自分でもある。


だからせめて…あの子だけでも…


どうだろうか、ほんとにそんなこと思っているのか…?

方便よく自分で思いついた言い訳じゃないか…?


ぐおおおおおおおおお!!

妖異はまもなく動き出そうとしていた。

アスカは覚悟を決めて幻具を構えなおす。


あと、一発。

それが終われば間もなく、こいつは私を殺すだろう。

ああ…そうか…私は…。


がああああああああ!!妖異は魔法を振り払い身を屈ませた

先ほどの跳躍移動を行うつもりなのだ

外せない、外せばこいつはアドニスのことも狙うかもしれない。

だから確実に、確実に時間を稼ぐんだ。


こいつが私を狙って近づいた瞬間、もう一度アクアオーラを…


アスカは集中して幻具を掲げていると

思いがけないことが起きた。


ぶおおおっとまたバネのように妖異が跳ねると

アスカのことを飛び越して闇の中へと消えていった。


逃げたのか?先ほどの魔法が思った以上に効いていたのか?

それとももう血肉を喰らうのに満足したのか?

なんだ…?なにがしたいんだ…?


混乱していたが、ある一つの予測にアスカは青ざめた


「あいつ…まさか…?」

口を震わせながら言葉を零し、アスカはかなぐり捨てて走り出した。

アドニスだ、あの妖異は目の前にいるアスカのことには目もくれず

街へと向かっているアドニスを追いかけている。


なぜ?どうして?

あいつ、何を考えてアドニスを追っているんだ


混乱を極めながらアスカは夢中になって走り続けているうちに

また一つあることに気付く。


「そういえば…」

あいつ、最初からずっと「アドニスのことしか」狙っていなかったのか?


最初にハーストミルに到着したアスカの声には気付かず

アドニスの声には気付いて接近したし

繁みの中でなにかを探すように眺め、その中からアドニスを掴んでいたし

鮮血を流しているエザイラには無視し、アドニスを抱えて走る私を狙ってきたし。


考えてみれば全てが繋がる…!

どうして、やつがアドニスを狙うかは分からないが

アドニスは今一人だ…。


まただ…!またしくじった…!!何度も何度も失敗したのに…!

またしくじった!!

どうして早くにこのことに気付けなかった…!

どうしてアドニスを一人にしてしまった…!


「お願い…!どうか、どうか…神様…!」

アスカは泣きながら届きもしない祈りを唱えていた。


街道を走り続けて、気配を感じた。

やつが近くにいる

どうか、アドニス…無事で、無事で…。


ようやく街道沿いに妖異の姿を見つけた

始めて遭遇した時のように身体を丸めていた。

アスカは嫌な予感がしたが、そこ様子は間もなく的中していることとなる。


「あああああ…」アスカは押し殺すように声を絞り出した。

妖異は抱きかかえるように首のない幼女の死体を…。


それから耳を疑うようなこと言葉が聞こえた。

「コ…コ…レデ…ミ…ミ…ンナ…イッ…ショ…ダ」


アスカは驚嘆していた

(なんだこれ、こいつが言ってるのか?

妖異が、話せるのか?)

妖異は拙い言葉遣いさらに続ける。


「イッショ…カゾク…ミンナ…イッショ…ダ…ダレ…ニモ…ウバワセ…」

(かぞく?家族って言ったのか?妖異の化物が?アドニスのことを…?

イングさんとエザイラさんが自分の命を捧げてでも守ったアドニスを殺して

殺したくせにアドニスのことを家族って言ったのか?)


アスカは心底腹が立った。

憎悪ではらわたが煮えくり返しそうだった。

(なんだこいつ…なんなんだ…!)


憎悪と絶望を込めて妖異を睨み付けるアスカの気配を察した妖異が

アスカへと向き直し、更にアスカは驚く羽目になる。


涙を流している、醜い化物の面で眼から赤い涙を流している

呆気に取られているアスカに化物が唱えてきた。


「ア…ア…アリガ…アリガトウ…」


「ふざけるのも大概にしろッ!!!!!!!」

理性が吹き飛んだ。

全身から血の気が引いたと思えば

激情で沸騰した熱い物が頭から爪先まで

異常なスピードで駆け巡った。


感謝された、よもや、この化物に

吐き気がするほど憎悪を感じるこの醜い化物から

聞き間違えようもない、感謝の言葉だ

「ありがとう」と言った。

アスカの理性は限界だった。


「許さない!!お前を絶対許さない!!」

怒りに身を任せて走りだし、渾身の魔法を投げかける

既に限界を超えていたが、もうそんなことはどうでもよかった。


何をしてでもこいつを殺してやりたかった。

アスカの思考は、その一つだけに支配されていた。


激しくストーンやエアロを打ち付けられながら

やはり妖異はビクともせず、ただただ亡骸を抱えたまま赤い涙を流し

アスカを見つめていた、表情のない化物から慈しみすら感じた。


「クソ…!クソ…!クソ…!クソ…!」

涙が止まらなかった

どうして、こいつはこんなにも残酷なやつなんだ

否、そもそも妖異である存在に人の感情がある筈がない。

であれば、もはやこいつは制御の効かない獣と同じだ、仮にこいつが人と同じ言葉を発したとて

その言葉には何の意味もない。


アスカの胸の内では言葉にならない思いが

ぐちゃぐちゃになっていた。


はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…

何十回行っただろうか、数え切れないほど

ありったけの魔法を撃ち尽くした。

それでも、妖異はこちらをジィッと見ている。


はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…

もうアスカは立っていられなかった。

アドレナリンが下がって急激に疲労が全身を蝕み始めていた。

呼吸も整えることもできない。

もはや、目の前の化け物に殺されるよりも先に

果ててしまいそうだった。


でも諦められない、諦めたくなかった。


ゼー、ゼー、ゼー、ゼー

整わない呼吸は、徐々に徐々に荒々しくなっていく

息をするだけで肺が痛む。


完全に勢いを無くしたアスカを見て

妖異はまた声をかけてくる。


「ウウウ…ウツク…シイ…」


虫唾が走る、どこまでも癪に触る。

「ゼー、ゼー、黙れ…ゼー、ゼー…」

アスカはそう返すだけで精一杯だった。


「ホシイ…ホシイ…、ホシイ…ホシイィィィ!!」

急に妖異の気配が変わった、仕掛けるつもりだ。

妖異はまた、グググッと身を屈ませた。

跳躍移動をする気だ。


(ダメ…今、襲われたら避けられない…確実にやられる…!考えろ…!どうすればアイツを倒せる…!どうすれば!)


ドンッッ!!と地響きがした。

その音にハッとしてアスカが顔を上げた

その刹那には妖異はもう目と鼻の先までいた。


死ぬ。


ゆっくり時間が流れるようだった。

妖異が飛び込んできて、手に持っている鎌の導線は

明らかにアスカの首を狙っていた。

そんな事が分かるほどゆっくりに感じた。


ダメ…死にたくない…戦いたい…!

こんな奴に負けたくない…!

どうにかして、この鎌を防げれば…!


走馬灯のようだった。

死の間際ですら、アスカはこの窮地を脱する方法を探っていた。


だが、鎌はすでに

アスカの首と胴を切り裂いていた。


4


ハァァッッッ!!!

悲鳴のような声をあげてアスカは飛び起きた。


すかさず自分の首を撫でる。

切られてない、どころか傷もない。


助かったのか?自分は死ななかったのか?


だが周囲を見渡すと辺り一面、真っ暗闇だった。

「どこ…?ここ…?また…夢…?」

悪い夢でも見ているのか?

アスカは激しく混乱した。


「いや…夢なんかじゃない…アレは絶対…」

現実だった、と言い終わる前にアスカはある事に気づく。


「むしろ…ここって…最近よく見る夢に似てる…」

どこまで落ちていく闇の夢。

今日の昼寝でも見たばかりの夢と同じ場所。


自分は今寝ているのか?

それにしては夢の中だと言うのに、意識がはっきりしている。

まるで昼間に起きているのと同じようだった。


困惑するアスカに突然

『ここは、キミが居てはならない場所』

「だ、誰…?!」


声が響いた。

『このまま君の魂は肉体に別れを告げて、闇へと還っていく。』


やっぱりそうだったんだ…

言いようのない絶望感で言葉にならなかった。


『でもキミは持っている。』

『唯一、運命に抗う事が出来る力を。』


その言葉にアスカは悲願した

死んだと思った、でも今確かに自分の意識はハッキリとしていた。

「なに、それ!?教えて!私まだ死ねないの!」

声はアスカの問いかけには構わずに

一定のペースで語りかけてくる。


『それは“ソウルクリスタル”キミは既に持っている。』

「ソウル、クリスタル…?」

『キミの手の中に、もう既に。』


そう言われるとアスカの握り締められた

右の掌の中が眩く輝いた。

恐る恐る、掌を広げると

盾のような絵が刻まれた水色の四角い水晶があった。


『ソウルクリスタル、闇を討ち払う力。』

『それがあればキミは全てを守る“騎士”になれる。』

“騎士”と言ったのか?

ソウルクリスタル、と呼ばれる石には

盾のようなマーク

“騎士”と言えば、確かに剣と盾…

剣と盾があれば、確かにアイツに敵うかもしれない


「これで私は!?アイツを倒す事が出来るの!?」

『でもそれを使えばキミの物語が始まってしまう。』

『止まったはずの物語が流れ始まってしまう。』

『キミはキミの“恐怖と向き合わなければならない”』


アスカは終始、声が言っている事の意味がわからなかった。

「どう言う事?!恐怖ってなに?!」


『キミは選ばなければならない。』


そういうと、突然目の前に

赤い炎と、青い炎が現れた。


『選んで。』

『選んだ炎によって、キミの運命が決まる。』

『青い炎は、キミを夢へと誘い運命に背いて平穏に暮らせる。』

『赤い炎は、キミを夢から連れ出して運命の物語が始まる。』


「意味がわからない…。」

アスカは戸惑っていた。

運命?物語?それに恐怖?

「青い炎を選べば、元の世界に戻れるの…?」

声は静かに答える。

『そう、このままキミは全てを忘れて目覚める。』

『夢は夢のまま、全ては消えてキミは平穏な暮らしを取り戻せる。』


「それって…じゃあ、もしかして私ここに来たことあるの…?」

この問いかけには、声は何も答えなかった。


「そっか…だったら、私は…」


アスカは手を伸ばした。


「当然私は、赤を選ぶ!」

『キミが見ていた暖かい夢が終わる。』

『キミは運命の物語へと身を投じる事になる。』

『それでもいいの?』


アスカは力強く、声がする方を見上げて頷いた。

「たとえ、夢だったかのように忘れたとしても

私のせいで喪ってしまった魂はきっと、どこにも還られない。」


アスカは握られたソウルクリスタルを見つめ

「私が運命の物語を続けられるなら、もうこんな風に命が奪われないように戦う。」

『物語がキミを焦がす程過酷な道程であっても?』

「ええ、私に戦う力が与えられるなら その力でもう2度と誰も喪わせない!!」


一定のペースを保ちながら語りかける声に

僅かな静寂が生じた。


『キミの覚悟を聞き入れた。』

『両手を炎に。』

そう言われてアスカは躊躇いなく両手を赤い炎へと伸ばした。

やがて両腕に炎が纏わりつき、腕から胴へ

胴から脚へ、頭へ、全身を燃やしていく。


「うッッ!!うあああ!!うわあああああ!!!」

身を焼き尽くす、炎の熱に叫びのたうち回るアスカに、声が再び語りかける。


『キミは強い力を手に入れた。』

『だけど気をつけて。』

『本当の強さは。』

『魂に。』


5


「…、…、…、…、!!」


ビュウン!!と鎌が空を切る音が鳴る

間一髪のところでアスカは身を翻して攻撃を避けた。


なんだ…?何を見ていた…?

また夢だったのか…?

アスカは右手に何か持っている事に気づき

徐に掌を開いた。


そこには盾のようなマークが刻まれた水晶

ソウルクリスタルがあった。

「夢じゃなかったんだ…」

アスカは未だ信じきれない様子でポソリと呟いた。


気配を察知し、妖異の攻撃を後方に飛び退き避ける

「でも、これでどうやって戦えば…?」

考える間も与えないかのように妖異がドンドン襲いかかってくる。


がああああああ!!!!

先程までの硬直状態から一転して

かなり好戦的になっている

サッサと仕留めるつもりなのだろうか。


「クソ…このままじゃジリ貧だ…せめて攻撃を防げる手段があれば…!」

大ぶりな攻撃を後ろ、後ろへと飛び退きながら避けていく

そこで自分の身体が今までにないくらい軽い事に気 がつく。


「なにこれ…まるで自分じゃないみたい…、これもソウルクリスタルの…?」

違和感に気を取られていると、背面に木が迫ってしまう

「しまった…!」

妖異がその隙を見逃さず詰め寄る

横に鎌を振り抜くのを、なんとか屈んで避ける。


「危なッ…!」

避けきれた!と安堵したその直後

ぐるんと振り抜いた勢いそのままに一回転し

妖異は、尻尾を鞭のようにしならせて

アスカを木に叩きつけた。


「ガッハッ!!」

迂闊だった、単調な攻撃ばかりと油断していて

鎌と尻尾の2段攻撃に対応できなかった。


ギリギリと尻尾で押さえつけられたまま拘束される

「グウウウ…!」

凄まじい力で押さえつけられていて

押さえつけている尻尾を押し返せない。


妖異が鎌を振り上げた。

(ダメ!避けられない!)

ビュウン!!と振り下ろされた鎌にアスカは咄嗟に

両腕で防御姿勢を取った。


ガァン!!!と激しい金属音と共に

左腕に鈍い痺れと痛みが襲う

明らかに鎌で受ける痛みのそれとは異なり

アスカは少し困惑しながら、恐る恐る腕の方へ視線を送ると左手に大きな盾が握られていた。


「なに?!これ?!」

咄嗟の防御に呼応して盾が現れたのか?

戸惑っていると夢の中の声がアスカの頭の中に響く

『装備召喚。』

『キミの戦う力は、キミの闘う意思に応えて顕れる。』

アスカは苦笑いしながら言った

「そういうの最初に教えてよね…」


驚きを隠せないアスカ、だがそれは妖異も同じ事だった。

突如目の前に現れた盾に妖異が少したじろいだ

アスカはもちろん、その隙を見逃さず

盾を思いっきり尾に突き刺すように振り落とした。


ザンッ!!と容易く尾は千切れ

ぎゃああああああああ!!!!!と妖異が叫んだ。

「ようやく…形勢逆転…!」


アスカは重心を落として、盾を構えた。

(よしこれなら、いける…!)

ジリジリと間合いを詰め、妖異の様子を伺う。


妖異は千切れた尾を見つめ小刻みに震え

「アアア…アアア…!アアア!!

イ…タイ…!イタ、イィィィィ!!!!!」

怒りに任せた攻撃、アスカは更に身体を低くした


勝機、振り上げられた鎌を見つめ

今にも地につきそうなほどの低い姿勢のまま

グンッ、と踏み込んだ。


振り下ろされた鎌を盾で受け、ダンッ!!!と

右脚を軸に跳び、全身で鎌を払い飛ばした。


体躯の差から想像もつかない程の勢いで弾き飛ばされた妖異は大きく体制を崩していた。


アスカはそのまま、妖異の上を飛び越え背面を奪った。


(ここだ…!)

勢いのままに左回転し、左腕を脱力し伸ばし切った

狙いは、妖異の首。

「食らえッッッ!!」


シールドロブ!!!


伸び切った左腕腕を弾くように振り抜いて飛ばされた盾は

信じられない程の勢いで回転しながら、妖異の首元へと吸い込まれていく。


背面からの攻撃に妖異はなす術もなく

ブチッッ!!という音を立ててミイラのように枯れた妖異の肉を裂いた。


体勢を崩したまま、妖異の身体はドサドサドサと

大地に崩れ落ちた。


ダンッ!と着地し

ブーメランのように弧を描きながら盾がアスカの元へと戻り

アスカは難なく盾をキャッチする。


まるで今までずっと扱っていたかのような触感だった。

不思議な違和感を覚えながらも、アスカは妙な高揚感にあった。


「ハァ〜ッ…、勝…った…」

アスカは盾を握りしめたままその場にへたり込んだ

高揚感と身体的疲労でごちゃごちゃになっていた

徐々にアドレナリンが下がるにつれて

身体のあちこちが痛み出してきた。


勝った、勝ったよイングさん、エザイラさん

アドニス。

私、みんなの仇取れたよ

アスカは勝利を心の中で称賛した。


だが、当然ながら誰もそれを褒めてはくれない

無空の沈黙の中

生き残ったアスカの心にはポッカリと穴が空いていた。


だが勝利の余韻も束の間

何者かがこちらに近くのを感じて

アスカは咄嗟に音の鳴る方へと身構えた。


ミコッテ族特有の獣耳で足音を探る

(軽い音だ…ララフェル族か…?いや…子供か…?)

草木や土を踏む音が徐々に、徐々に此方へ近づいてくる。


精神を集中させる。

もしかしたら妖異の仲間かもしれない

アスカは警戒を怠らなかった。


そしてついに月光に照らされて明るみになった

音の主の姿を見てアスカは青ざめた。


フラフラ、フラフラと覚束ない足取りで歩んでいたのは

間違いなく首の無くなったアドニスの胴体だった。


アスカは思わず口元を押さえた

目を背けたかった。

しかし状況を把握することが何よりも優先だった

何故首のない身体だけが歩いているのだ…?


「アドニス…?なんで…?」

涙声でアスカは胴体へ話しかけた。

「大丈夫…もう…大丈夫だよ…眠っていいんだよ…?」


アスカは徐々に警戒を解いていた

目の前で手探りで歩いているその姿は

まるで現世を彷徨う亡霊さながらだった。


「ごめんね…私がちゃんと守ってあげられなかったから…ごめん、ね…」

アスカのディープレッドの瞳に大きな涙を溜めて

ノシ、ノシと一歩ずつ歩み寄る胴体眺めていた。


怖かっただろう、本当に怖かっただろう

絶望もしただろう、どうして助けてくれないんだと

アスカはもう間合いに入った胴に手を広げて迎え入れた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」


死体は応えない。

首の無い胴はアスカに脇から抱きしめられた。


そのままアスカの肩に何かを突き刺された。


突如襲う激痛にアスカは激しく驚いた。

胴体が自分の身体から引き抜いた肋骨で

アスカの左肩に何度も何度も突き立てていた。


「痛…い……。」

でもアスカは離そうとしなかった。

ずっと抱きしめたまま死体からの攻撃を受け続けた。


「ごめんね…ごめん…」

アスカは耐えていた

ドン、ドン、と小さな手でアスカ肩を叩きつけ続けていた。


突如、アスカに激しい頭痛が襲い

目の前が見えなくなっていた。


6


ボー…っとした視界

ノイズのようなモヤがかかっているようだった。


徐々に視界が落ち着き、状況が見えてきた

視界が激しく上下している、まるで走っているようだった

さらに声が聞こえてきた。

(真っ暗な荒野…ここはザナラーンなのか?)


『ここまで来たら…大丈夫だ…』

荒い息遣いで男の声が女に話しかけてた。


(誰だ…?)

アスカの全く身に覚えのない声、景色だった。


ローブを被ったままの女性が此方を見つめて話しかける。

『アンタ、本当にバカじゃないの…こんな娼婦に駆け落ちだなんて…正気じゃないよ…!』


女性は少し苛立っているようだった

(娼婦…?駆け落ち…?)


『構やしないさ…キミのような人が…あんなとこにいちゃいけない…」

男の声の主が女性へと手を伸ばした。

それを振り払い、女性は啖呵を切る

『触んないで!!!アンタのやったことアタシは許さないからね!!!』

女性はかなり男の事を憎悪している様子だった。


(誰かの目線…?人の視界を盗見してるみたいだ…)

『アタシはねぇ!もう穢れちまった女なのさ!こんなやり方でアタシをあそこから抜け出させたってね!なにも変わりゃしないのさ!』


酷く興奮した様子だったが

男の声は目線を落とし弱々しい声で

『大丈夫さ…ボクがまたやり直させてやるから…』


サーっとまたノイズが強くなって

何も見えなくなった。


視界がまた落ち着いてくると、場面が変わって屋内にいた

女性は赤子を抱いていて、今度は男の声が激しく興奮していた。


『ダメだ!そんなやつ!育てられない!今までキミを苦しめてたのはソイツなんだぞ!』

『なにさ!元はと言えばアンタがつけたケチだろう!この子が居たってアンタはアンタのやるべき事やりなさいよ!」


男の声は激しく苛立った様子で

『バカな!ボクの子とも分からないのに!そいつのせいでキミはあのまま娼婦として稼ぐことも出来ず野垂れ死ぬところを助け出したのはボクなんだぞ!』


女性はキツく此方を睨めつけて

『ああ!ならそのまま死にたかったさ!でもアンタが死なせなかったのさ!アタシも!この子も!責任取りな!』


男は女性の睨みに耐えきれなかったのか

女性から目を背けて部屋を後にした

『大丈夫だよアドニス…アタシがアンタを守ってやるからね…』

同じ声とは思えない落ち着いた声が背後から響いた。


屋外に出た男の声の主が、俯いたままボソリ

『愛して欲しいのに…このボクだけを…』




頭痛が治った、と同時にズキリと肩が痛む

だが胴はグッタリしていて、もう攻撃してこなかった。


(アドニスはさっきの娼婦の娘だったのか…?)

何故どうして突然、あの情景が見れたのか

全く訳がわからなかったが

たしかに先程見た情景では、娼婦が抱いていた赤子が“アドニス”と呼ばれていた…。


アドニスと母親と思しき娼婦、それとその景色を見ていた男…

一体誰なんだ…?


(考えてもわからない…でも、今はすべき事を…!)

アスカはグッタリしているアドニスの胴体を抱えて

右手に持った骨を「ごめんね」と言って取り上げた

そしてそのまま街道の方へと戻った。


あの妖異が最初に齧っていた、アドニスの頭を探していた

せめて一緒に埋葬してあげたい、そう思ったからだ


左肩は殆ど力が入らないのに加えて

ドンドン失血していた、このままでは

アスカも決して無事では済まなかった。


だがそれでもアスカはアドニスの胴体を離さなかった。

いつまた攻撃してくるともわからないのにも関わらず。


ハァ…ハァ…と徐々に息が荒くなっていく

表情もどんどん青ざめていく、失血が酷い

すぐに相応の処置をしなければ、命が危うい。


それを“上から”眺めていたが“誰か”が

見兼ねて降りてきた。


ドーーンッッ!!!とすごい音と土煙と共

“何かが降ってきた“

着弾するまではあまりに静かに落ちてきたそれを、アスカの獣耳を持ってしててでも

気づくことができなかったのは、恐らく疲労のせいでもあろう。


アスカはアドニスを守るように抱きしめたまま

その場で身を丸くした。

土煙が徐々に晴れ、自分が刃物を向けられている事に気づく。


アスカは座り込んだ姿勢のまま、相手を睨んだ

槍だ、長い槍を持っている。

さらに全身を鎧で覆い、兜もかぶっている為

素性が判らない。


「誰…!?」

アスカは怯まず、問いかける。

失血と軽い脳震盪で視界が上手く定まらない。


鎧の人物は槍を此方に向けたまま

ジェスチャーでアドニスを指差す。

『離せ。』と言っているのか?


「悪いけど、この子は渡せない…!この子はもう多分、ダメなんだ…だからせめてちゃんと送ってあげたいんだ…!」

鎧の人物は首をゆっくりと横に振った。

『ダメだ。』言っているようだった。


「誰だか知らないけどアナタには関係ないでしょう!?お願いだから見逃して…!」

鎧の人物は槍を突き立てた。

少し苛立っている様子だった。


「嫌よ!絶対離さない!この子は渡せない!」

アスカは食い下がった。

鎧の人物は少し間を置いて、ハァーっと溜息をついたようだった。


突き向けていた槍を大きく振り払うと

物凄い衝撃で吹き飛ばされた。


ゴロゴロ、とアドニスを抱えたままアスカは転がって受け身を取ったが転がった勢いのまま岩にぶつかった。


そこへ鎧の人物が飛び込んでいきた

ドーン!!と轟音を立てて、岩ごと破壊しそうな勢いだった。


再び舞う土煙に咽せていると

胸の辺りを踏み躙られた。

「ガァッ…!」息ができないほど苦しかった。

凄まじい力だったが死なない程度に加減はされていた。


鎧の人物がアドニスの腕をグッと引っ張るの感じて

アスカは引っ張り戻した。

「この子に…触らないで…!」


鎧の人物は嫌な感じで見下し

今度はアスカの胸ぐらを引っ張り上げ、岩に押し付けた。


「ガッッ!ハッ…!」

抵抗できなかった、やられる…

鎧の人物からものすごい殺気を感じた

槍をアスカの喉元に突き立てた。


(殺られる…!)

なす術もないアスカは必死に抵抗した。


しかし待っていてもその時がこない

よく見ると鎧の人物は少し震えていた…。


「な…に…?」

アスカが不思議がっていると

槍が振り落とされた、しかし槍はアスカを貫かず

岩を穿ち、岩からパラパラ砕けていた。


アスカは突然拘束が解かれて、地面に落とされる。

「ゲホッ!!ゲホッ!!ハァ…ハァ…」

一体なんなんだ、と思いながら鎧の人物を見ると

鎧の人物は顔を覆っていた。


アスカは困惑した

一体コイツの目的は何なのか?

今すぐにでもこの場を離れたいが

想像以上に体力を奪われていて思うように動けない

それでも少しでもコイツから離れなければ、と

アスカは腹這いになって距離を取ろうとした。




決意していた筈だった。

躊躇ってはいけない、躊躇っては、いけない

すぐに殺るんだ、一思いに一撃で

やらなくちゃいけない、他の誰でもない“私が”


でも、でも、やっぱり出来ないよ

その顔を見ると涙が出てくる

本当にまた、会えたんだね。


複雑だった、嬉しいようなそうじゃ無いような。

あのデュラハンの“イミテーション”を優しく抱く姿はあの頃と何も変わらなかった

優しいキミが愛おしかった。


でも終わらせなきゃいけない

“今度こそ”

これは私の罪だから。


岩に刺さったままの槍をグッと力を込めると

パキンと岩が割れて槍が引き抜かれた。


彼女の方を向き直すと必死に腹這いで

“イミテーション”の方へと向かっていた…。


もうやめよう、やめようよ

こんな事、もう早く終わらせよう。


私は槍を持ち直し、投擲姿勢に入った。

やるんだ、殺すんだ、私が、この手で

彼女を、一撃で、苦しまないように、早く

やれ、投げれば終わる、それで終わる、投げる

ごめんね、ごめんね、ごめん。


狙いを定めた、もう絶対に外さない。

私は目を背けて槍を、槍を、放った。




ドスッ!!と突き刺さる音がしたと同時に

アスカは振り返った。

自分を庇ったアドニスが胴体に槍が貫かれている。


「ああ…!ああああ…!」

堪えきれない嗚咽が漏れ出す

そのまま背中から倒れるアドニスの身体を急いで抱きとめた。


「なんで…?どうして庇ったの…?なんで…?」

ついに動かなくなったアドニスの身体を

ぎゅうっと抱きしめると、アドニスの身体が灰のように消え始めていることに気づく。


朝日が登り始めた、夜が明けたんだ。

差し込む眩しくて暖かい日差しに守られながら

アドニスは消えていく。


「いや…!消えないで…!アドニス、消えないで…!」

アスカは必死にサラサラと流れていく身体の一部を集めていた。

その様子を鎧の人物は眺め立ち尽くしていた。


アドニスを貫いた槍が消え、鎧の人物の手元に再召喚された。


アスカはギッと睨みつけて

「何なんだ!お前は!何がしたいんだ!!!」

鎧の人物は再び投擲姿勢を取ったまま

此方を見つめていた。


「私の命が欲しいなら私を殺せ!どうして彼女の命を奪うンだ!」

許せなかった、自分のことが

もう誰も喪わせない、そう思っていたのに

こうしてまた命が他者に奪われていく。


一つを救おうとすると、また誰かが死んでしまう

悲痛がアスカの胸を刺した。


鎧の人物がグッと力を込めた。

その瞬間、鎧の人物の足元にドスドスと音を立てて

矢が突き刺さった。


矢は的確に鎧の人物を狙っていた。

急いで槍を構え直しても、また矢が飛んでくる

「そこの者!動くな!精霊様の森林で不敬を働く不届き者共めが!」

声を見るとチョコボに乗った騎兵達が迫ってきていた、神勇隊だ。

それに聞き馴染みのある声も聞こえてきた。


「アスカーーーーーーーー!どこーーーーー!

お願い!!!無事なら返事してーーーーー!」

アキラだ、ララフェル用の小さなチョコボを駆り大声でアスカを呼び回っていた。


バツが悪くなったのか

鎧の人物がビュン!と文字通り飛んだ

人間とは思えないほどの跳躍力で

みるみる内に鎧の人物は森林の中へと消えていった。


「1人!逃走しました!追いますか!?」

若そうな声の神勇隊の隊士が尋ねる

それに対して落ち着いた声の隊士

(先程、先陣を切って現れた隊士 恐らく彼が隊長なのであろう)が静かに答える。

「深追い無用、だが捜査網は緩めるな、各隊に連絡し情報共有!お前はA班お前とお前はそれぞれB、C班へ伝令を渡せ!行け!」

「「「ハッ!」」」


部下に的確に指示を行っている

隊士達からも信頼が厚いのだろう

熱のこもった敬礼がそれを感じさせる。


「お前は此処にいろ、この者の聴取を一緒にするぞ」

「ハッ」


チョコボから隊長と思しき人物が降り

此方に歩み寄ってきた

その後方から上擦った声で「アスカ!!」と呼ぶアキラの姿も見えた。


隊長と思しき人物がアスカの前に立ち

「お前がアスカ、だな」

後ろで腕を組みピンと伸びた背筋

かなり厳格な雰囲気にアスカは若干たじろぎつつ

「そうです…」と答えた。


隊長と思しき人物は表情を少しも変える事もなく

「お前を逮捕する、このまま同行してもらうぞ。」


アスカは「え…」と驚嘆を零した。



To Be Next chapter...


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