序章・壊〈裏切りの王女〉
〈破滅の始まり〉
【オリュンシア王宮】。その中にある広い1室には、豪華な衣装を纏った美男美女が揃っていた。
「やあ、シスケラ。相変わらず可愛い顔だね。どうだろう?僕と一緒にご飯を食べよう」
【オリュンシア王国】第二王女、シスケラ・ゼウ・ディーチェが、護衛騎士であるフォルテ・ネルヴァと共に食を嗜んでいたところに、軽薄な態度で近づいてきた金髪の美青年。彼は【ロマネスト帝国】の若き将軍、「クレウ・アイマー」である。
「あらクレウ将軍、久しいですわね。そちらも相変わらずお顔が光り輝いて見えますね。眩しすぎて見るに堪えませんわ」
シスケラの言葉に、クレウの側にいる1人の男が怒りの形相になる。
「おい貴様!見るに堪えないとはなんだ!貶しているのかクレウ様を!」
そんな男の言葉にクレウが笑顔を消し、
「おいロメン。貶しているのは君じゃないか?彼女が僕を貶しているとは限らないじゃないか。そうだろう?シスケラ」
クレウは、先程のシスケラが放った言葉をポジティブに捉えているようだ。そんな彼に同意を求められるシスケラ。
「さて、どうでしょうね?それでは、ワタクシたちはこれで」
否定も肯定もせず、フォルテと共にその場を離れる。
「ウーン残念だね。振られてしまったか」
去っていくシスケラの背を見ながら、そう呟くクレウ。その顔は、心底残念そうにしていた。
「凄いですね。見事に、それぞれ護衛1人ずつしか見当たりません。シスケラ様の考えは当たっていたようです」
改めて、今回のオリュンシア、ロマネスト、ニヴルガム3ヵ国の『友好会』に出席しているメンツを見渡し、フォルテは感嘆の声を漏らす。
「まあ当然よ。だって『友好会』だもの。『友好会』でピリピリしていたら、それはただ自身の身を危険に晒しているだけ。そんな真似、各国の重鎮がやるわけないでしょう」
シスケラはそんな事より、目の前のテーブルにある甘そうな食べ物に興味を惹かれた。
「ねえ、コレ何なのかしら?フォルテ、毒味してみて」
未知との遭遇には危険性も孕んでいるので、自身の護衛のフォルテに先陣を切らせる。
「あ、シスケラ様はコレ、初めてなんですね。大丈夫ですよ。これは果実の上に甘い液体を塗っただけの食べ物ですが、美味しいですよ」
フォルテはすでに食べた事があったので、安心して勧める。
「そう。なら……
「あっれぇ?ここに美味しそうな食べ物があるなぁ〜!いっただっきまぁ〜す!ゴクン。あぁ〜美味しかったぁ〜!あれれぇ?もしかしもしかしてぇ、シスケラさまぁ〜、これ食べようしてましたぁ〜?ごめんなさぁ〜い。ララァ、うっかりちゃん!」
シスケラがテーブルの皿に手を伸ばしたその時、この友好会の場に最も相応しくないであろう甲高い声の少女が、シスケラの耳を貫く。
「あっれぇ?横にいるのはぁ〜、ヨワヨワのフォルテくんじゃなぁ〜い?未だにララァちゃんに勝てない〜、ヨワヨワのぉ〜。なんでシスケラさまはぁ〜、こんな男を護衛に付かせてるのですかぁ〜」
続いてその少女は、シスケラの横にいたフォルテに絡む。フォルテはその少女を見て顔を歪め、
「……なぜ、俺はこんな奴に勝てないんだ……。すみません、シスケラ様。俺が不甲斐ないばっかりに……」
【オリュンシア王国】の王族は、それぞれ直属の騎士団を所有している。黒とピンク色をした、セミロングの髪に大きなリボンをつけている彼女、「ララバ・メララ」は第二王子、「メリウス・ゼウ・ディーチェ」の直属騎士団所属だ。
そして半年に1度【オリュンシア王国】では、騎士団対抗の模擬戦が行われる。その模擬戦で、フォルテはララバと毎回戦っているのだが、1度も勝てていないのだ。
「あら、アナタには何が見えているの?意味の分からない事を言ってないで、ニヴルガムの貴族様に挨拶に行くわよ」
シスケラはララバの事が見えていないらしい。いや、そんな事は無いのだが、昔からこれがシスケラのララバへの対応である。
「また無視ですかぁ〜?あ〜そっかぁ〜。ララァの事を無視するシスケラさまになんてぇ〜、ヨワヨワのフォルテくんしか慕ってくれてませんもんねぇ〜。みじ惨めぇ〜」
「何を言っているんだララバ。シスケラ様にはたくさんの……
「いいからもう行くわよ」
ララバの言葉を否定しようとしたフォルテだが、シスケラに無理やり手を引かれ、あっという間にニヴルガムの貴族の元へと連れてこられた。
「うん?あれ、シスケラじゃん!また会えたね!まあ、当たり前か!」
シスケラが近づいてきたのに気づいた、緑色の髪をしたあどけない顔の少年が、とても気さくな態度で挨拶を交わす。彼の言葉から察するに、シスケラとこの貴族の少年は面識があるのだろう。
「……。こんにちは、ネグ。ワタクシも、また会えて嬉しいわ」
少しだけ間を開け、シスケラも「ネグ」に柔らかな言葉使いで挨拶を返す。
「ん?シスケラ、この男は何?」
するとネグは、シスケラの隣にいたフォルテに気づき、鋭い目で何者なのかを問う。
「あぁ、これ?紹介するわ。これが『フォルテ』よ」
なぜかモノを紹介する時みたいな言い方をされた気がしたが、まあ、気にしない方向で行こう。フォルテはそう思った。
「はじめまして、ネグ様。わたしはシスケラ様の護衛でこの場におります、フォルテ・ネルヴァと申します。今は武器を取り上げられてしまっていますが、騎士をしております」
初めて会う貴族の人なので、丁寧な言葉使いで挨拶をするフォルテ。
「フーン、そっか。お前が『フォルテ』なんだ。へぇ〜。よし。その顔、しっかり覚えたよ」
「え?わたしの事、ご存知だったのですか?」
ネグが、フォルテの事を名前だけ知っていたような口ぶりだったので、思わずそう聞いてしまうフォルテ。
「ああ、風の噂でちょっとね」
「か、風の噂ですか……」
一体どういう噂なんだ?とは口には出さなかった。ネグから言ってくれないという事は、聞いても教えてくれない可能性が高いと踏んだからだ。
「そうだ、風の噂だ。お前をあ……
「そんな事よりネグ、アナタの護衛が見当たらないようだけど、ちゃんと連れてきているのよね?」
ネグが何か話そうとしていたが、シスケラが割って入った。
確かに、彼の側には護衛らしき人は誰もいない。さっきのララバがそうだったように、主から離れている護衛もいるようだ。
「うん?あぁ!もちろん連れてきているさ。アレが無いと、何も始まらないからね」
何も始まらない?と、ネグの言葉に違和感を覚えるフォルテ。違和感の正体は明確で、ネグが意味の分からない言葉を使うからだ。シスケラは気付いていないのか、何かを気にするそぶりは無い。
「……そう。なら、もう連れてきて頂戴」
「分かった」
なぜかシスケラの催促に従うネグ。どうやらネグの護衛の登場のようだ。
「おい、グレイド!来い!時間が迫ってるぞ!」
ネグがそう叫ぶと、少し離れた場所から水の入ったグラスを持って、長身の色男がこちらへと近づいてきた。
「お呼びでしょうか、ネグ様」
「挨拶しろ。こっちが『シスケラ』で、こっちが『フォルテ』だ」
ネグが指を使ってシスケラたちを紹介する。すると長身の色男は丁寧に頭を下げ、
「はじめまして、シスケラ様、フォルテ君。私はこちらの『ネグ・オズロード』様の護衛をしております、グレイド・ヌボルグと申します。以後、お見知り置きを」
グレイド・ヌボルグと名乗った、少し長いシルバーの髪を後ろで括っている長身の色男。彼も例によって武器を取り上げられているが、護衛の戦士らしい。
「あら、本当に強そうな人ね。はじめまして。ワタクシが、シスケラ・ゼウ・ディーチェよ。よろしくね」
「はじめまして!俺は、シスケラ様の護衛騎士をしております、フォルテ・ネルヴァと言います。よろしくお願いします」
それぞれに、グレイドへ挨拶を返す。すると突然、シスケラがフォルテの方に笑顔を向け、
「ねえフォルテ。アナタ、この人に勝てると思う?」
そんな事を聞いてきた。フォルテは少し困惑したが、
「そ、そうですね。俺の勘ですけど、とても勝てるとは思えないですね……」
フォルテも騎士団に所属してから3年が経っているため、戦闘経験はそれなりに積んでいるつもりだ。だから分かった。彼、グレイドはとてつもなく強い戦士だ。全身から漂っているオーラが尋常ではない。
「そう……。ねえ、フォルテ?」
フォルテの見解を聞いたシスケラは、急に笑顔を悲しそうな顔に変え、フォルテの袖を掴む。シスケラの謎の感情の変化に、またもや困惑するフォルテ。
「な、なんでしょうか?」
「アナタは、何があっても……ワタクシを護ってくれるのよね?」
今にも泣きそうな顔で、そう問うてくるシスケラ。彼女は、なぜ今それを聞いてくるのか。10年以上一緒にいるフォルテにも、分からない。しかし、問いの答えは決まっている。
「はい。何度も伝えましたけど、俺は誓ったんです。何が起きても、貴女をお護りします」
フォルテはものすごく真剣な顔でそう言い放つ。そうだ。フォルテは誓った。13年前、家族を失ってしまった悲しみを埋めてくれた彼女を、必ず護ると。
「……また、その言葉が聞けて嬉しいわ。ねえ、覚えてるかしら?昔、フォルテが護ると誓ってくれた時に、ワタクシがアナタにしてあげた事」
フォルテの言葉を聞き、次は安堵したような顔になるシスケラ。そんな彼女が聞いてきたのは13年前の事。基本、そんな前の出来事になると覚えている事は少ないが、フォルテは覚えている。いや、忘れられるわけが無かった。
「お、覚えていますよ」
フォルテが今思い出しているのは、幼い自分が幼いシスケラに思いっきりハグをされているシーン。ものすごく嬉しかったのでいつでも思い出せるが、まさかシスケラも覚えていたとは思わなかった。
「今、してあげるわ」
「え……?」
そう言って、フォルテを強く抱きしめるシスケラ。今は『友好会』の最中。なのになぜ、彼女はこんな事をするのか。フォルテは頭が追いつかず、石のように固まっていた。
「フォルテ、アナタはこれから起こる事に困惑するでしょうけど……」
フォルテの頭に手を回し、シスケラは言葉を紡ぐ。その顔は、悦びに満ちた顔だった。
……この数分にシスケラが起こした複数の感情の変化。これは、彼女がずっと隠し持っていた不安定さである。それが今、なぜ解放されたのか。それはこれからシスケラがやろうとしている事を知れば、当然の帰結だった。
「次ワタクシがアナタに会えた時、フォルテ……アナタは一体どんな顔をするのか、とても楽しみだわ……!!」
「ウッッッ!!!」
シスケラが立ち上がり、『楽しみだわ』と言った瞬間、フォルテの意識が急に揺らいだ。そして、瞬く間に床へ倒れ伏す。
「シ、シスケラ……様?これは……?」
さっきから、目の前で意味が分からない事しか起こっていない。フォルテは頭を回転させる事が出来ず、ただただ疑問をぶつけるしか無かった。
「……ネグ、やって」
「おっけー任せてよ!おい、グレイド!たのんだぞ!」
「承知しました」
意識が朦朧とする中、フォルテの目の前で繰り広げられる会話。ネグの指示に従ったグレイドは、手に持っていた水の入っているグラスから剣を取り出す。
「な……に!?ま、まさか……!?」
かろうじて声を出すフォルテ。フォルテは理解した。グレイドは、水に物質を擬態させる事ができると。その力を使い、グラスに武器を隠していた事を。そして武器を手にしたグレイドは、大きく息を吸い、
「
ズシャァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!
瞬間、シスケラとネグを中心に、ぐるりと大きく1回転をするグレイド。その回転は『友好会』の会場全体を切り裂いており、フォルテがその光景を見た2秒後には、目の前の景色が赤一色に染まっていた。
そして静寂が訪れる。今、この『友好会』の会場に立っているのはシスケラ、ネグ、グレイドだけである。この3人を除いて、生き残っているのは床に伏していたフォルテだけだろう。
「な、何を……?なん……で?」
現在の状況を1つも理解できないフォルテは、シスケラに疑問を投げかけるしかない。そんなシスケラは未だに愉悦の表情を浮かべながら、
「なんででしょうね?それは、アナタ自身で答えを見つけなさい。……それじゃあ、またね?」
「ま、待ってくださ……ガァッ!」
朦朧とした意識でシスケラを追おうとするも、グレイドに足を刺されてしまい、再び倒れるフォルテ。そして、フォルテの意識は、完全に闇へと沈んでいった……。
ーーーーーこの日起きた、グレイドによる『友好会』参加者の殺害事件。この事件を機に、アスマガシア大陸で史上最大の戦争が、再び幕を開けてしまうのであった…………!!!!
果たしてこの戦争はどのような結末を迎えるのか?それはまだ、誰にも分からない…………。
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