プロローグ⑤〈始まりへの誘い〉




【オリュンシア王国】市街地の、ど真ん中に造られている【オリュンシア王宮】へと続く一本道、『オリュンシアロード』を歩く目立つ人影が1つ。

煌びやかな格好に、アメジスト色の髪を肩まで伸ばしている美女。この【オリュンシア王国】の第二王女、シスケラ・ゼウ・ディーチェである。

そして王女の側には1人の騎士。シスケラ王女直属の騎士団に所属している、フォルテ・ネルヴァが彼女の護衛に付いている。


「警戒しすぎよフォルテ。今は『休戦協定』を結んでるの。敵が来る可能性は限りなくゼロよ」


シスケラの歩く少し先で、あり得ないほどの警戒態勢を敷いているフォルテに、シスケラは思わず口を出す。


「…………」


しかし、反応を示さないフォルテ。これにはシスケラも腹が立ち、


「オージョカッター」


フォルテの首筋に手刀を決める。


「痛っ!!な、何するんですかシスケラ様!俺は今、貴女を護るために必死で……


「必死すぎるわよ。見ていて不安になる」


フォルテの言葉を遮り、シスケラは真面目な顔でダメ出しする。


「アナタは戦闘になると1つの事しか見えなくなるじゃない。今日の話だってそう。魔狼たちの連携で突破された後、アナタは何をしていたの?」


シスケラの心臓を穿つような視線と言葉にフォルテはたじろぎ、


「お、俺は……何も、出来ませんでした」


今日の魔狼たちとの戦いにて、前衛のフォルテが突破され、後衛のレアスに危険が訪れた際、目の前にいた魔狼たちをどう倒すかしか考えていなかったフォルテは、予想外の展開に思考が追いつかずその場に立ち尽くしてしまっていた。


「やっぱりそうなのね。アナタの1つの事に対しての集中力は素晴らしいけれど、それをもう少し分散出来ないの?そうしないと、大事な、大事な戦いから生き残れないわよ」


「シスケラ様……?」


そんな、遠くを見つめながら忠告するシスケラに、フォルテは違和感を覚えた。それは、まるでシスケラが大事な戦いが来る事を予言しているかのような口ぶりで喋るからだ。

ただ、フォルテの身を案じてくれているだけかもしれないが、なぜか妙な感覚に襲われるフォルテ。しかしそんな感覚も一瞬。次にシスケラが見せた笑顔にかき消されていった。


「まあ、そんなアナタだから、今回の大事な任務に任命しようと思ったのだけどね」


シスケラが、柔和な笑みでそう言う。

そうだ。今フォルテがここにいるのは、シスケラを護る以外に彼女からのお願いを聞くためでもあったのだった。シスケラを護るのに集中しすぎて忘れていた。


「俺だけ選ばれたって言ってましたが、何でしょうか?お願いというのは」


今はシスケラとフォルテの2人きり。誰にも聞かれる心配は無い。


「ええ……。」


フォルテに問われたシスケラは、佇まいを『王女』のものにすると、


「騎士、フォルテ・ネルヴァ」


『騎士』として、フォルテを呼ぶ。


「は、はい!!!」


フォルテも敬礼をし、『王女』のシスケラに仕える『騎士』として全力の返事をする。


「アナタには7日後、この【オリュンシア王国】の宮殿にて行われる、オリュンシア、ロマネスト、ニヴルガムの3カ国友好会にワタクシ、シスケラ・ゼウ・ディーチェの『ただ1人』の護衛として、参加して欲しいの」


この、シスケラからのお願いにフォルテは、


「了解しました!!!し、しかし、俺だけなのですか?他国との友好会であれば、もう少し護衛を付けないと危険な気も……」


何を言われても受け入れるつもりだったフォルテは、二つ返事でシスケラからのお願いを了承する。しかし心配な点があるので、それを解決するため彼女に問う。


「アナタの考えは間違っているわ。逆よ。今回は『友好会』なの。護衛を付けすぎると、他国に『裏切るつもりなのか?』『こちらを警戒しているのか?』などの考えを持たせてしまうわ。だから護衛を最小限にして『友好』を示すため、アナタ1人だけを選んだの」


シスケラは、フォルテの問いに詳しい答えを返す。


「なるほど……。俺だけなのは理解しました。しかし、俺は他の国が裏切る可能性も考えてしまうのですが……」


『他国が護衛をたくさん付けるかもしれないから、一応こっちもたくさん付けておこう』。これは今フォルテが考えているように、他の国も同じように考えるだろう。


「それを言い出したらキリが無いわよ。考えてもみて。未だにどの国も100年以上続いた戦争の傷が癒えていないの。裏切って、戦争に発展する可能性はほぼ無いわ」


自国の準備が整っていないのに、戦争を仕掛けるバカなマネはどの国もしない。逆に、いずれ来るであろう戦争の準備を少しでも多くする為に、今はまだ『友好』を示してくるだろう。


「ならば、他の国も護衛を最小限にしてくると考えて行動していいと?」


「ええ。それに、この『友好会』に参加するのは各国の代表2名とその護衛だけなの。オリュンシアからはワタクシと、第二王子のメリウスお兄様よ。もし最悪の事態が起きたとしても、他のオリュンシアの王族は残るわ。ワタクシを溺愛してくれているアイオスお兄様が、どれくらい怒るか……フフ……」


そう言って、不適な笑みを浮かべるシスケラ。しかしフォルテは、


「最悪の事態とか言わないでください!俺は、何があってもアナタを護りますから!絶対に……」


シスケラの自身の命を軽視した言葉に怒る。しかし、怒られているのにも関わらず、シスケラは笑顔になり、


「あらあら。嬉しい言葉をくれるわね、照れるわ」


そう言いながら、フォルテの前に出るシスケラ。『照れるわ』と言っていたが、今の立ち位置ではフォルテから彼女の顔が見えないので、本当に照れているかは確認出来ない。


「いつも思っているわ。アナタがいるなら、ワタクシは絶対に死なないって。だから……ね?そんなに心配しないで」


【オリュンシア王宮】の方を見ながらフォルテにそう語るシスケラが、フォルテには強く、輝いて見えていた……。



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