プロローグ④〈彼らと幼馴染〉
「はぁぁぁ〜〜〜」
孤児院の食卓にて、大きなため息がひとつ。そのため息の主は、
「あら、はしたないわね、セーラ。まるで魔物のようなため息。本当に人間なのか疑うわ」
と、シスケラにそう言われ、「セーラ」と呼ばれた金髪の女は怒りの形相でフォルテを見る。
「ほんっとなんでこんな奴の配下についてるのよフォルテは!こんな暗いオーラしか放ってない女のさ!」
「あら、幼馴染のワタクシに対して酷い事を言うわね。しくしく」
セーラの言葉に、わざとらしく泣く演技をするシスケラ。
「うっさい!アンタなんか幼馴染と思ってないわよ!アタシの幼馴染はフォルテとレアスだけなんだから!」
セーラはシスケラとは幼馴染ではないと言っているが、実際には幼馴染と言える関係である。
セーラ、シスケラ、レアス、フォルテ、4人の出会いは13年前、この孤児院だ。
5歳の頃、セーラしかいなかったこの孤児院に、戦争孤児となってしまったレアスとフォルテが入った。そして、レアスとフォルテを拾った張本人であるシスケラが、たまに2人の面倒を見にくる、というのが日常だった。
そして、セーラがシスケラに怒っている理由はここにある。
昔から、レアスとフォルテの『面倒見のいいお姉さん』でいたかったセーラは、自分の『面倒見のいいお姉さん』ポジションを取ろうとしてくるシスケラが嫌いで、事あるごとに口喧嘩をしていた。
そんな過去があり、セーラは今もシスケラを嫌っているのだ。もう、レアスたちがシスケラを『面倒見のいいお姉さん』とは全く思ってないとは知らずに。
「まあまあセーラ、そんなカリカリすんなよ!可愛い顔が台無しだぜ!」
レアスはセーラを嗜めようと、少し顔を赤く染めながらセーラの容姿を褒める。
「フン!そんな事思ってもないくせに!」
セーラは、レアスの言葉を信じてくれない。
「思ってるさ」
フォルテがレアスをフォローすると、
「え、ほ、本当?あ、ありがとう、フォルテ」
顔を赤く染めて『フォルテ』に感謝をするセーラ。
フォルテはレアスをフォローしたつもりだったのだが、セーラは何か勘違いをしている気がする。そう思ったが、
「なあレアスー、フォルテー。今日の任務の話まだー?もう待ち切れないよー」
同じ孤児院で暮らす子供の1人、アレクに声をかけられ思考が途切れる。
「ああ、みんなごめん。レアス、話してやってくれ」
魔物との戦いの話を聞かせてやるのは、レアスの方が向いている。色々と大げさに言ってくれるから。
「おう、いいぜ。今日はアレだ、中々強い狼がいたんだよ」
フォルテに頼まれたレアスは、早速子供たちに話始める。
「そいつらのコンビネーションがすごくてな、剣で戦ってたフォルテを突破して、遠くのところにいた俺に近づいてきたんだ!」
「え?それ本当!?だ、大丈夫なの、フォルテ!?」
と、なぜか話を聞きたがっていた子供たちではなく、セーラが1番に食いついてきた。それもそのはず。
セーラは、光属性の治癒魔法の使い手で『王国聖女隊』に所属しており、普段は負傷した騎士たちの手当てを任務としているのだ。ケガをしているのなら見過ごせない。他でもない、フォルテなら尚更だ。
「ん?ああ、大丈夫だよ、ケガはしてない。ただ抜かれただけだから。まあ、悔しかったけどね」
フォルテは魔狼に抜かれた瞬間、前衛の俺が何やってるんだと、自分を叱咤した。
「そ、そうなんだ……。なら、良かったな」
フォルテの無事に、セーラは安堵する。
「ありがとう、セーラ。心配してくれて」
セーラの優しさに、フォルテは心から感謝する。
「う、うん」
セーラは嬉しそうにはにかむ。
「え?なんかめっちゃ良い空間になってない?ちょっと待ってくれよ。これからだぜ?今日の戦いのピークは!」
レアスは、まだ話が終わって無いのに、食卓が少しピンク色の空間になっているのが気にくわない。
「そうね、ワタクシも早く聞きたいわ。セーラ、その顔腹立たしいのでやめてくれるかしら?」
シスケラは、セーラの緩みきった笑顔にご立腹だ。
シスケラの言葉に、セーラは噛みつこうとしたが、
「シスケラ様、落ち着いて下さい。もう今日はセーラと争うのはやめましょう。レアス、頼んだ」
1日に何回も2人の争いが見たくないフォルテがシスケラを宥め、レアスに話を促す。
「よしきた!それでな、フォルテが狼に突破された後、木の上にいた俺をものすごいスピードで襲ってきて、あっという間に目の前に到達されたんだ」
あの時は、さすがにレアスも少し焦った。
「えー?レアス、大丈夫だったのかよー?銃を扱う人は、敵に近くに来られるとヤバいってこの前言ってたよなー?」
アレクが、過去に聞いた話を元に心配してくる。
「お!アレク、ちゃんと覚えてたか。良いね!将来、良い騎士になれんじゃねえか?」
アレクは将来、騎士になりたいらしい。
だから、騎士であるレアスたちの話を誰よりも聞きたがっているのだ。
「やった!俺、もっともっと勉強して修行して、たくさんの人を守れる騎士になるんだ!」
アレクの将来への展望に、温かい気持ちになるレアスたち。
「よし、話の続きだ。アレク、もし、木の上で目の前に敵が現れたらどうする?自分は銃を扱っていると考えてくれ」
レアスは、アレクを試すために質問する。
「え、えっと。じ、銃で殴る……とか?」
アレクは、自身の知識をフル活用して、答えを出す。それに対してレアスは、
「それじゃあ多分噛みつかれて終わりだぜ!正解は、自分の足場にしていた木の枝を壊して下に落ちる、だ!」
レアスの答えだけが正解ではないが、少なくともレアスはそれで難を逃れることが出来た。
「さすがレアスね。捨身な作戦だこと」
レアスのとった行動に、感嘆の声を漏らすシスケラ。
「ほんと、レアスは昔から危なかっしいわよ。手当てするのはアタシなんだがら」
昔からレアスが怪我をするたび、セーラが治癒を担当していた。
「セーラの治癒は気持ちいいからな。癖になっちまってるぜ」
レアスは恍惚な顔を浮かべている。
「ちょっと!気持ち悪いこと言わないで!」
レアスの表情に、セーラは身を引く。
「いやちげぇよ!気持ち悪い顔じゃなくて、気持ちいい顔をしてたんだよ!」
「だからその顔が気持ち悪いんだって!」
レアスは謎の弁明をするが、セーラには響かない。
「まあまあセーラ、それ以上言うとレアスが傷ついちゃうよ」
セーラに『気持ち悪い』なんて言葉を言われ続けたら、レアスの心が壊れてしまうかもしれない。
「フォルテェェェ!ありがとうぉぉぉ」
レアスが泣きそうな顔でフォルテに感謝する。既に相当傷ついていたのだろう。
「さあ、もう今日の話は終わりだ。どうだった?アレク、カーツ、ウリア」
フォルテが今日の話の感想を、子供たちに聞く。
「カーツ」は将来指揮官を目指している男の子、「ウリア」は『第二王女直属騎士団』所属の女騎士、「スティア・サターロス」に憧れる女の子だ。
「参考になった!」
「戦略の幅が広がったよ」
「私はスティアさんの話が聞きたかったなぁ〜」
アレクたちは、三者三様の反応を示す。
「さて、それじゃあワタクシは帰ろうかしら。ご馳走さま、マザーレイス」
晩ご飯を1番早く食べ終えたシスケラは、王宮へ帰ろうと席を立つ。
「お粗末さまでした。子供たちの面倒、ありがとうございました、シスケラ様」
やはり、フォルテたちが帰ってくるまでは子供たちの面倒を見てくれていたらしい。
「やった!」
シスケラが帰るという事実に喜ぶセーラ。
「フォルテ、付いてきなさい」
「は、はい」
まだ晩ご飯を食べ終えていないが、フォルテが逆らえる訳もないので、素直に付いていくことにしたフォルテ。
「ちょっと!なんでフォルテだけなの!?レアスも連れていきなさいよ!」
シスケラとフォルテが2人きりになるのを嫌ったセーラが声を上げる。
「今日は、フォルテ『だけ』に用事があるの。とても大事な用がね……。さようなら、皆さん」
何かを企んでいるような笑顔を貼り付けながら、別れを告げるシスケラ。フォルテの手を引き、孤児院を出る。
「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
フォルテの手を握っているシスケラを見て、【オリュンシア王国】の離れにある孤児院に、1人の女の叫び声が轟くのであった。
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