第二章4 『筋肉だるまの乙女』

 再び対峙するが、相も変わらず秋山は紫色の揺らめく光を纏っとる。

「フッフッフ、次はさっきよりビューティフルなパフォーマンスをお目にかけよう」

 ヤツがぱちんと指を鳴らすと、さっきの氷柱とぶっちゅう量の、氷でできた西洋風の火縄銃みたいなもんが出現した。


「これはマスケットと言うネームの銃でね、手入れがしやすかったり致命的な故障が少ない点はグッドなんだけど、いかんせんヒットさせにくい。ハウエバー、今回は散弾系だからね。フライズ一匹逃さずキルしてご覧に入れよう」

「……ぺらぺらしゃべるヤツじゃな、おまんは」

「種も仕掛けもない、ってことをギャラリーのエブリワンにお伝えしたかっただけさ」

 人差し指の先端をこちらに向け、親指を立てた秋山は口の端をさらに左右に引き伸ばして笑い。


「名残惜しいけど、そろそろフィナーレの時間だ。このスペェシャルルでエェクセレレントなパフォーマンスでユー達のハートをキャァッッッチ! させてもらおうかッ!!」

 こっちの舌がおかしくなりそうな言い回しで語り終え、「スリー、ツー」と何やら唱えだして「ワンッ!」と一際大きく叫び。

「BANGG!」

 秋山が親指を前に倒した途端、一斉にマスケットとやらが爆発した。

 来るっ、そうあし等は身構えておったが。


「……はて?」

 一向に何も起こる気配がない。

 それは秋山もぶっちゅうで、ヤツはあんぐりと口を開けて氷の欠片となり宙を舞うマスケットの残骸を眺めとった。

 それから程なくして、秋山を包んでいた紫の光も弱々しくなりついには消えてしまった。


「……ホワイ? ホワイ、ホワイ、ホワイ、ホワイ、ホォワァアアアアアイッ!?」

 脚を開き手を開き、辺りを見回しわめき散らす。

「なぁにがっ、何が起きたというんだッ!? ボクのメイクしたマスケットが一斉に壊れだすなんてッ! それにビューティフォーでシャイニングなオーラがブレスをかけられたキャンドルのファイアのように消えていくぅ!?」

 動揺を露わにする秋山の肩を揺すり、泥棒が指差す。

「おっ、おい、あれ見ろし!」


 つられてあし等もその方を向くと、そこではさっきまで震えて縮こまっとった者(もん)達が人間梯子などを作って協力し、泥棒が書いたという作品を地面に叩き落とし。

「これさえっ、これさえなきゃッ!!」

「アイツは水を失った魚ってわけだな!」

「踏め、踏め、踏んじまえぇッ!」

「日頃の舞踏会で身に着けた俺等の“すてぇっぷ”を見せてやれッ!」


 我先にと地べたの上の作品に殺到し、大勢の人間の靴跡と体重でぐっちゃぐちゃに破壊されていく。

 その光景を目の当たりにしわなわな震えていた秋山は。


「あっ、……ああ、ああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!?」


 おまん今から死ぬんかってぐらい凄まじい絶叫をクジラ並みの大口から吐き出した。

「ストァップ、ストァップ、ストァアアアアアップッ! 今すぐやめろ、助手のっ……、宗次郎(そうじろう)の書いた作品を汚い足で踏むなァアアアアアッ!」


 両腕を車輪がごとく回して群れに突進していったが、誰かの肩に跳ね飛ばされ、秋山は吹っ飛ばされる。それでもヤツはめげず諦めずに何度も、何度も、何度も人々に訴え果敢に向かっていった。口から迸る叫びは大勢の声にかき消され、突貫は誰にも気づかれず失敗に終わる。挙句の果てには後頭部からイヤな音を立てて地面に叩き付けられ、それっきり体力がなくなったのか目を開いたまま動かなくなってしまった。

 じゃけんどなお秋山の口からは「……すたぁっぷ、すたぁっぷ……」と声が漏れ続けていた。


「もういい、もういいんだし、秋山氏」

 泥棒は秋山の傍で膝をつき、顔を覗き込んで労るような声で言うた。

「ミスター・宗次郎……、ユーが、ユーが精根込めて書いた作品がっ、目の前で壊されてるんだぞッ!? あんな価値もロクにわからないヤツに、足蹴にされてるんだぞッ!? キミはそれでいいのかっ、悔しくないのかよォオオッ!?」

「よくはねえ。よくはねえけど、でも……」

 透明な雫がぽつりと、泥棒――宗次郎の頬から落ちる。


「おいらぁ、秋山氏が傷ついてる姿を見る方がイヤだし」

「ミスター、宗次郎……」

「立てるかだし?」

「……すまない、手を貸してくれないか?」

「謝る必要ないし。それぐらい、お安い御用だし」


 宗次郎の手を借りて、秋山はよろよろと立ち上がった。

「……おまん等、その……」

「言わなくていいし。……おいら達の負けだ。これは返すし」

 そう言って宗次郎は担いでいた風呂敷を「よっこらせ」と地面に下ろした。


 秋山は後頭部を撫で、きまずそうにこちらを見やりながら訊いてきた。

「……ボク達はこれからロープにつくことになるのかい?」

「まあ、じゃろうな」

「そうか……。美意識のピースもないフールの世話になるのは気が進まないけど、これもウィール・オブ・フェイトの定めというヤツか」

「うぃーるおぶ……?」

「なんでもない、こっちの話さ。ボクからは以上だが、ミスター・宗次郎、ユーからは何かあるかい?」

「……いいや、ないし。敗者は黙って裁きを待つだけ、だし」


「じゃあ、あしから一ついいか?」

「……え、お、おいら達に何か?」

 二人はあっぽろけた顔でこっちを見よった。

「のう、宗次郎。おまんがあの優雅やらなんやらの字を書いたがじゃろ?」

「そうだし……だから?」

「そう警戒せんでええ。一つ、頼みがあるだけじゃ」


 あしは和装本の真っ白なところを開き、宗次郎に渡した。

「おまんの作品を一つ、あしのために書いてほしいんじゃ」

「おいらの……?」

「ああ。金はいくら払えばええ?」

「……いいや。お代はいらないし。敗者は勝者に私物を献上するのが世の習わし、だし」


 そう言って宗次郎は自身の矢立を懐から出し、和装本を受け取った。

「おい、ミスター・宗次郎。早くしないと……」

「いや。自身の作品を財産まで出して求めてくれる人がいるのに、無視できないし。それがパフォーマーの性(さが)ってもんだし」

「そりゃ、そうだが……」

 渋る秋山を他所に、宗次郎は筆を手に取ろうとしたが。


「んっふっふ。そこまでよーん」

 ざりっと地面を踏みしめる音に、低い声。

 あしは弾かれるようにそちらを見やり。

「……は?」


 眼前の光景に、我が目と脳不全を疑った。

 そこにいたのはガタイのええ男やった。

 肌は黒具と焼けておって、頭は角刈り。髭は均等な長さになるようわざと残して剃られている。

『まつ毛をカールさせアイシャドウを塗り、リップを塗っておしろいをつけ、あさぎ色のドレスに身を包んでいる。レース生地でスカートを纏い、フリルをふんだんに使い、服の生地には繊細なタッチの花が描かれた……って、情報量がすごいですね』


 念のために言うておくが、あしと美甘は同一人物を見ちょる。

 つまり。

 西洋風のドレスを着た筋肉質な巨漢が、あし等の目の前に現れたっちゅうことよ。

「……あの人、男の人かな? それとも、女の人?」

「バカねえ、もなか。どう見たって、男に決まってるじゃない」


 トウフウが笑い飛ばすやいなや。

「ちょっとぉっ! そこのお雛様仮装のお嬢ちゃんッ!!」

「ひゃっ、ひゃいんっ!?」

 ドレス男の怒号にトウフウは跳び上がりかけつつも両肘をぴしっと伸ばし直立の姿勢を取る。


「どう見たって、あちしは花も恥じらう大人のレディでしょうがぁッ!」

「えっ、でも……」

「な・に・か、文句あんの?」

「サーッ、イエッサー!」

 謎の迫力に完全に圧されたトウフウは本音を引っ込めて、全力で肯定の返事を返す。


「……なんなんじゃ、おまん」

「あちし? あちしはぁ、寄田間亮大(きたまりょうだい)。みんなからはりょうちゃんって呼ばれてるわぁ。よろしくねん★」

 バチッとウィンクと共に飛んできた“はあと”型の砲弾をあしは大急ぎで体を捻って、必死の思いで躱した。

 背中にゃものすっごい量の冷や汗が、水でもぶっかけられたように流れちょった。


 気ぃ抜いたら、死ぬっ……。

 口の中に溜まった唾を飲んだら、喉でごくんと固い音が鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る