第二章3 『西洋かぶれの神』
苦心しつつもざんじ、騒ぎの原因やと思われるもの――二人の男を目の当たりにする。
手拭いを鼻かけで被っている、見るからに前時代的な泥棒。それと値の張りそうなスーツに身を包み、西洋風の装飾品を触れ合って音が鳴るぐらいにこじゃんとつけたのっぽな男がおった。なぜかそいたぁは袖のない黒く無駄に丈の長い外套、“まんと”とやらを首から下げとった。
一方泥棒の背にはぱんぱんに膨らんだ風呂敷があり、隙間から札や硬貨が溢れとった。おそらくそれが盗み出したブツじゃろう。
「へへっ、上手くいったし」
泥棒の言葉にのっぽはちゃきった(気取った)風に前髪を掻き上げ。
「まっ、ボクの手にかかればこの程度のこと、ビフォアー・ブレックファーストさ」
「そこまでよっ、悪党ども!」
二人の会話に舌鋒鋭くトウフウが割って入る。ヤツ等はぎょっとしてこちらを見やり急ぎ身構えた。
「なっ、なんだし、テメェ等は!?」
「あたしはトウフウ。邪神を成敗する正義の神よ!」
「お前、さっきまで見て見ぬふりしようとしてただろ……」
スサノオの呟きなどまるで意に介さず、トウフウは人差し指を突きつけ語気強めて言い放つ。
「あんた達の悪運もそこまでよ。み首(しるし)頂戴つかまつるわ!」
「それだと殺しとるぞ……。命は勘弁しちゃれ」
「へっ、へっ。テメェ等、書字者の印籠を持ってねえってことは、ただの野良だしょ?」
「ということはこのボク、秋山之下氷壮夫(あきやまのしたひをとこ)の敵じゃあない。観念するのは、ユー。キミ達の方ってわけさ」
「秋山……?」
「一応、神だぜ。まあ、底辺近くの神力しか持ってない神だけどな」
「ミスター・スサノオ、そりゃあモンキーヒップだ。キミもあまり他人をとやかく言えるような素質を持っているわけではあるまい?」
スサノオの額に青筋が、失敗した型抜きの板面上みたいに浮かび上がってくる。
「るっせえよ、西洋かぶれ」
「おお、アフレイド・アフレイド。だが調子に乗っていられるのも今の内さ」
言うやいなや、秋山の突き出した掌底の前にピキピキと音を立てて透明な何かが形成されていく。
それはけんつ(尖った先端)を持つ小さな(細い)形状のものに仕上がる。
「氷柱(つらら)……?」
「行けッ、アイシクル・ショット!」
秋山が叫んだ瞬間、その氷柱は凄まじい勢いでこちらに射出された。
「わっ、ちょ!」
標的にされたトウフウは反応できなかったが、横にいたスサノオが大太刀を閃かせて断ち切った。たちまち推進力を失った氷柱は石畳に落下し、ことなきを得た。
「あ、ありがと……」
「礼はいらねえよ。それより、追いかけるぞ」
スサノオに言われ秋山達が逃げ出していることに気付いたあし等は、押っ取り刀で駆けだした。
「やる気満々だったのに、逃げちゃったねー」
『最初から隙を作って逃げ出す算段だったのかもしれませんね』
「って、おまん等は今回も勝手についてきおって!」
『いえ、今回は確実にお力になれますので』
「もなか達ね、この辺の道に詳しいから」
「そりゃ好都合だ。二手に分かれて、挟み撃ちといこうぜ」
「……あんた、脳筋と見せかけて意外と策士よね」
「いい戦士ってのは意外性を持ってるもんだぜ」
「あっそ。で、二手に分かれるって言っても、成員はどうするの?」
瞬時に五人の所持している能力と知識を頭の中で整理し、あしは言った。
「風と雷の組に分かれようじゃか。風の組はトウフウ、あし、もなか。雷はスサノオと美甘じゃ」
「いいんじゃないかしら。戦力と道を知っている人がちゃんと分かれてるじゃない」
『わたくしともなかは絵魔保で連絡も取れますしね』
「風の組があいたぁ等の後を追うから、雷の組は先回りしてくれんね」
「わかった。じゃあ雷の組、行くぜッ!」
『はい。もなか、しっかりね』
「うん。いっぱいこの辺で遊んでたから、ちゃんと道知ってるし、大丈夫だと思う」
美甘はもなかの言葉にうなずき、スサノオと共に裏道へ入っていった。
あし達は引き続き秋山共の後を追う。
ヤツ等は通行人を脅して逃げ続けているためどうしても足止めを食らっており、次第に距離が詰まってきた。
ひさにその状態が続き、ふと疑問が湧いてきた。
「……変じゃな」
「変って、何がよ?」
「普通、この都会で徒歩で逃走するなら、裏の小さい(細い)道に入って角を曲がり続けた方が追手を巻きやすいはずじゃ。なのにヤツ等はわざわざ人が多くて足止めを食らいやすい表通りばかり選んでおる」
「もなかね、人がたくさんいる場所に入って、ごちゃごちゃーってして見つかりにくくする作戦だと思う」
「木の葉を隠すなら森の中っちゅうことか。確かにええ作戦じゃが、あんな太い(大きな)風呂敷を背負っている状態じゃとどいても目立つき、意味ないじゃろうな」
「じゃあ、なんでよ?」
「さあのう。……っと、あの雷雲は」
少し前方の中空に、黒い雲が現れた。
十分膨らんだところで雲が発光、地上に白い稲妻が叩きつけられる。
群れていた人々は道の左右に逃げていき、残ったのは秋山達と、大太刀を中段に構えたスサノオだった。
「そこまでだ、盗人共。観念してその背中のもんを置きな」
「まずったな、先回りされてたし」
「急いでUターンだよユー!」
引き返そうとした先には無論のこと、あし等が待ち受けちょる。
「残念だったわね。あんた達にはもう、逃げ場なんてないわよ」
「へへっ、挟み撃ちだし」
「まさにバック・ウォーター。彼のガイウス・ユリウス・カエサルも真っ青なシチュエーションだ」
両手を広げ、おどけた調子の秋山。
『上手くいきましたね』
いつの間にか傍にいた美甘にうなずきつつも、あしはヤツ等から目が離せんかった。
「追いつめたには追いつめたが……、あいたぁ等まだ余裕そうじゃ」
『まだ何か札を隠している、と?』
「そう考えて間違いなさそうじゃ」
「ン~ッフッフッフ。聞こえている、聞こえているよ、ユーのボイス。そしてその読みはジャックポット、大当たりさ」
「窮鼠、猫を嚙むってか? 残念だが俺様は鼠ってヤツが大嫌いでな、ソイツを狩る時だけは絶対ぇに全力を出すって決めてんだ」
「ミスター・スサノオ、ユーの貧弱なボキャブラリーには本当にがっかりさせられるよ。くれぐれも今後はボクをそんな下等なアニマルと一緒にしないでくれたまえ」
「そうだな、鼠に失礼だな」
「まったく、マウスが減らないね。だがこれから行われる今世紀最大のショーを観れば、すぐ手の平を返してくれるだろうけどね」
秋山がぐるっと周囲に目を向けた途端、ヤツの体が急に紫色に輝き始めた。
「ンーッ、キタキタキタッ! パッワーがフルでグレィトに湧いてきたぁッ!」
叫び手を広げるやいなや無数の氷柱が出現、四方八方に同時に射出された。
「トウフウ!」
「わ、わわッ!」
慌ててトウフウは扇子を舞わせて風を起こして、氷柱を受け止める。どうにか当たる直前で防ぐことができたが、少しでも遅れていたらあし達の身体はけんつによって貫かれておったかもしれん。
「い、今の、さっきより速くなかった……?」
「どうなっとるんじゃッ!? あやたぁ字なんぞ書いとらんのに……」
「ハーっハッハッハ! ナイスな顔だよジェントルメン! しかしユーのしてくれたクエスチョンには答えられないんだ。マジシャンには観客に種明かしをしてはいけないというルールがあってね。そのレクチャーは助手にお任せするとしよう」
秋山が見下ろすと泥棒はうなずき、手を揉み合わせるようにしながら話し始めた。
「了解だし。書契した神に契約者の字を見せると神業を強化したり、身体能力を増強できることはお前さん等も知ってるはずだし。だがそこにはいくつか面白い特徴があるし」
泥棒は指を伸ばし、周囲を順繰りに指していった。そこにはでかでかと『華麗』『優雅』『魅惑の美男子』とかいう華美な装飾のされた文字の特大広告が掲示されていた。
「……なっ、なんじゃあれ……」
「へっへっへ、おいらの書いた広告だし。強化に用いる字は神の気に入るものであればあるほど、比例して得られる力は増していく。そして字は書き立てじゃなくなちゃいけないって決まりはない。契約者の書いたものであれば、時期は問わないってわけだし」
「じゃけんど、あんな華麗とか優雅って言葉で強くなるたぁ……」
「パワーアップできるのさ! ボクのラブな言葉だからねッ!!」
わけわからんちゃきった格好を次々取り、秋山は大げさに抑揚をつけて語る。
「好きな字体の好きな単語、そこにさらに理想があれば神はどこまでも強くなれる、力を得られるッ! これこそが人と神、両者の持つ真価の融合ッ! 人の書く字と、神の御業(みわざ)が合わさった奇跡の能力(チカラ)ッ!! 名付けて――」
泥棒と秋山は互いに取った手を掲げ、高らかにその名を叫んだ。
「「人神の共爛(じんしんのきょうらん)ッ!!」」
声が響き渡ると同時に紙製色帯(カラーテープ)と紙吹雪が降ってきて、丸められた懸垂幕がパララと音を立てて開いていく。そこにはヤツ等が叫んだ、人神の共爛の文字が装飾されデカデカと書かれておった。
一体どこぞからと視線を上げていくと、梅の枝が一際伸びたところで黒衣(くろこ)姿の小柄なヤツが片足で幕を挟み、せっせと紙吹雪やテープをまいておった。
「……あいたぁ、秋山達に言われてやっとるんかのう」
「なんでかしら……。あの人をじっと眺めていると、少し胸が痛むわね」
あしはトウフウの言葉にうなずき、ひさにその黒衣に目を奪われとった。
『あの、お二人さん。今はそんな場合では……』
「おお、そうじゃった、そうじゃった」
「忘れるところだったわ。早くアイツ等をとっちめないとね」
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