第二章2 『火之本の中心都市、統京』

 統京に着いたのは昼頃になってからじゃった。

 さすが国家の首都っちゅうこともあって、人が多い。

 建物はほとんどが石造りで、三階以上もある建物も平然と建っとる。大通りには道路上に線路が弾かれ、路面電車とかいうもんが走っとって、大勢の客が乗っちょる。

 他に手拭いを頭に巻いた車夫の引く人力車、西洋風の日傘をさしたご婦人、馬に乗った若い洋装の男子など、統京は今昔が入り乱れた様相を呈していた。


 なんか落ち着かん街ちや。街路樹として梅の木が並んでおるのが、せめてもの心の安らぎじゃった。

「関所はないんじゃのう」

『数年前に廃止されました。現在はどこの誰であろうと街の中に入ることはできます』

「不用心なもんだな」

「そうよね。あんたみたいな危険な神を無警戒に入れちゃってるんだから」


 トウフウの嫌味にスサノオは「ちっちっ」と舌を鳴らして指を振った。

「俺様は別に見境のない暴れん坊ってわけじゃない。気に入らないことがあったら、徹底的に抗議するってだけだ」

「ダメだよスサノオお姉ちゃん。暴力はいけないんだよ」

「もなかのお嬢、力ないヤツは力あるヤツに食われるのが世の常なんだぜ」

『認めたくはありませんが、現在の統京では一理あると言わざるを得ません』

「どういうことじゃ?」


『少し前にこの街に神々が力を競うための闘技場、国戯館(こくぎかん)が興行を開始したんです。そこでは連日、最強の名を欲する者達が戦いを繰り広げ、観戦を望む客達が押し寄せているんです』

「そこでたくさん勝つとねー、いっぱいお金をもらえるんだって。有名になるとえらい人とも会えるってもなか聞いたよ」

「神々の集う場所か……。もしかしたらそこにいるかもしれねえな」


 思わず漏れたようなスサノオの独り言に、あしは興味をそそられた。

「いるって、誰がじゃ?」

「いや、それは……」

 ばつが悪そうにスサノオは頭を掻く。

 しかし八つの視線が集中してしまっており、ごまかすのは至難の業じゃ。

 結局彼女は溜息を一つ吐いてから語った。


「姉貴達だよ。ずっと一緒にいたんだが、ある時急に姿消しちまってな。それからずっと探してんだ」

「達ってことは、他にもおるんか?」

「ああ。一番上がアマテラス姉、もう一人がツクヨミ姉だ」

「それならあしも知っとる。アマテラスが太陽、ツクヨミが月を司っとる神さんじゃろ?」


「へえ、なんかすごそうね。そういえばスサノオはなんの神なの?」

「俺様は嵐を司っているが、元々そんなに神力(しんりょく)が多くないせいで神の中だと貧弱な部類に入るな」

「でもスサノオお姉ちゃん、腕相撲すっごい強かったよ」

「そりゃ、体を鍛えたからってだけだ。神業(しんぎょう)じゃどれだけ鍛えたところで敵わないからせめて腕力だけでもと思ってな」

「……ねえ、そのしんりょくとか、しんぎょうって何よ?」


 トウフウの質問にスサノオは白い目になり。

「……お前、仮にも神なんだから少しは勉強しろよ」

「しっ、仕方ないじゃない! 記憶喪失なんだから!」

「だとしても、今のぐらいは会話の流れで察しろよ」

「そんな空気読めみたいな抽象的な精神論でどうこうできるわけないでしょ!」


「いや、あしはなんとなくわかったが……」

「え、嘘!?」

『わたくしも、大まかに意味を汲み取ることはできました』

「……ホント?」


「もなかねー、しんりょくが燃料みたいなもので、しんぎょうが神さんの持つ能力のことだって思ったよ」

「正解だ。もなかのお嬢はなかなか賢いな」

「えへへー。もなかすごい?」

「ああ、すごいすごい。そこの小娘より賢いな」


 スサノオに撫でられて無邪気に喜ぶもなか。その光景をトウフウはぐぎぎと歯ぎしりをしながら眺める。

「あんな……、あんなちっさい子に負けるなんてぇ……」

「おまん、ちっくとは国語の勉強した方がええぞ」

「うう……わかった」


 涙目でうなずくトウフウに、スサノオはからかう調子で言うた。

「体も頭も鍛えなきゃいけないなんて、小娘は大変だな。いっそのこと薪を背負いながら本でも読んだらどうだ?」

「はあ、バッカじゃないの? んなことしたら前が見えなくてすっ転ぶでしょうが!」

「別に本の虫になれとは言わんが、せめて最低限の推察力をじゃな……」


 きゅるるー……。

「……腹の虫は元気じゃのう」

「仕方ないじゃない、朝から五人分の荷物をえっちらおっちら運んでたのよ! それにもう牛の刻だし!」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。もなかもお腹空いたー」

『そうね、ご飯にしましょうか』


「それきた! で、で、何食べる?」

『この近くに行きつけのお蕎麦屋さんがあるので、そこでお昼にしませんか?』

「蕎麦かー……」

 見るからにトウフウの意気が消沈する。

 大方、蕎麦じゃあまり腹が膨れないとでも思っているんじゃろう。


『そこのお蕎麦屋さんには、肉蕎麦という品があるんですよ』

「肉っ!?」

 トウフウの小さな耳がぴくっと震える。

 美甘は軽くうなずき、先を続ける。

『熱々の汁(つゆ)に、贅沢に載せたたくさんの豚肉に刻んだネギ、さらにその上からとろとろの卵黄をかけて、もちろん蕎麦もたっぷり入ってます。とっても美味しいですよ』


 トウフウは涎を垂らし、腹を何度も鳴らしている。

『まあでも、トウフウさまがおイヤだとおっしゃるなら……』

「しっ、仕方ないわね! 美甘がそこまで言うなら、その肉蕎麦を出す店に行ってやろうじゃない!」

 絵魔保をどかせた美甘の口元には、薄く微笑が浮かんでいた。


 統京の街中を歩いていて、あしはあることに気付いた。

「のう、美甘。この街にゃ、やけに文字が少ないのう」

『はい。文字は出来得る限り使わない。それが統京の法律ですので』

「法律ねえ……。なしてそんな規則作ったんじゃ?」

『それは……』


 みかんが言いかけたところで、人々の雑踏から声が上がった。

「てーへんだーっ! 神さんが、神さんが暴れてらーッ!」

「逃げろっ、逃げろ逃げろーッ!」

 わっと人の波がこちらに押し寄せてくる。


「ちょっ、何よ何よ? またスサノオが何かしたの?」

「俺様はここにいるだろ」

『……方角からすると、最近できた銀行がありますね』

「お金たくさんあるところー?」

「つまり金狙いの強盗の仕業っちゅうわけじゃな。トウフウ、行くぞ」


 相方を振り返るが、その”ぱーとなー”は目をぱちくりさせて首を傾げる。

「え、なんで? あたし達も逃げましょうよ」

「……おいおい。義を見てせざるは勇無きなり、じゃぞ」

「別に勇気なんてなくたっていいわよ、あたしに害がなければ」


「……もしも強盗をとこまえられたら、後であしを好きにしたらええ」

「えっ、ホント!?

「ああ、まっことじゃ」

「わぁっ、いと嬉しーッ! 行きましょすぐ行きましょ、盗人共なんてあたしが一人残らずふん縛ってあげるわ!!」


「優男、また明日も寝不足だな」

「……あしの身が持たんかもしれんのう」

 やれやれと溜息を吐きつつ、人混みを掻き分けて騒ぎの中心へと向かう。

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