第87話 記憶の中で


「ここが彼の記憶の中」


 ツムリが居るのは真っ白な空間。その空間では様々な瞬間の記憶が流れている。言葉で表すならいくつものいくつものテレビが置かれ、そのテレビには全て違う記憶が写されている空間。


「これが異世界かぁ、すごいね森とは全然違う。こんな世界から来たから私たちが予想しない魔道具が作れるんだね。……さてどれがあれほどまでの感情を抱かせた記憶なのかな」


 ツムリは流れる記憶を見ながら目当ての記憶に当たるまで歩く。歩けば歩くほど、記憶は幼い頃の記憶、おぼろげな記憶になっていく。


「いつの時期でもはっきりしてる記憶のほぼすべてに妹さんが映ってるね。彼よっぽどシスコンなんだろうなぁ。……お、これかな?」


 ツムリが見つけた記憶は小学生の頃の記憶。月奈がいじめられ、冷夜が怒り、二人が義兄妹きょうだいとなった日の記憶。


「なるほどねぇ。これが感情の源。……でもなんだろうなぁ、なんか腑に落ちない」


 ツムリは歩みを進め、さらに昔の記憶を見る。だがほとんどは霧がかかったように見えずらく、しっかりと見える物があってもそれは一人でゲームをしたり、テレビを見たりする記憶。

 ツムリが納得する記憶は見つからない。


「ないか。ん?あれは……」


 ツムリは記憶の映されている道からそれ、今いる真っ白な空間とは真逆の真っ黒な空間に足を踏み入れる。

 その瞬間、


【そこから先はやめておけ】


 真っ黒な空間の中から一人の少女が現れる。少女の見た目は、白い長髪にところどころ黒い髪が混ざった髪、紅色の瞳、アニメのような黒い軍服を着た十歳ほどの背と容姿の美少女。


「あなたもしかして彼が持ってた剣さん?その服装は彼の趣味とか?」


【そうだ。我はヤミ。服装は、主の趣味ではない】


「そうなんだ。ではヤミちゃん」


「さんとつけろ。年齢が違う。様でもいいが?」


 ヤミは万能の神装。最初に勇者が召喚された時から生きて?いる。対して獣人のツムリは現在八十歳ほど。獣人の平均寿命がだいたい二百から三百なのでまだ若い部類だ。


「おっとそれは失礼。じゃあヤミさん。この先には何があるの?」


【ここから先は主の心の中だ】


「心?」


(おかしいなぁ。私がお願いしたのは記憶の精霊なんだけど、契約してない精霊に頼んだから記憶以外の場所にも繋がったのかな?)


 本来なら契約している精霊以外の能力を使用することは出来ない。ツムリほど精霊に好かれていたからこそ、こうして記憶の精霊の力の一部が使えている訳だ。


【わかったらさっさと戻れ】


「う~ん。でもせっかくなら彼の心の中も見てみたいし、ダメかな?」


【……主は良しとしないだろうな。だが、貴様が見たいなら見ればいい、覚悟があるならな】


「覚悟ね。いいよ、見てみようか」


 ツムリとヤミは真っ黒な空間、冷夜の心の中に踏み入れた。



 ____________


 冷夜の心の中はまるで宇宙にいるような真っ暗な空間にわずかな光が見える。


「今更だけど心の中ってどういうことなんだろう?」


【……仕方ない。貴様が見たいであろう物を選んで見せてやる】


「ヤミさん優しいね」


【さっさと主の中から出てもらうためだ】


 ヤミが手を振るうと、真っ暗な空間に一つの映像が映し出される。

 その映像は先ほどツムリが見た幼い冷夜が一人家で遊んでいる映像だ。


「この映像は見たけど?」


【貴様は主の怒りが生まれた映像を見たな?】


 ヤミが幼い冷夜の映像の横にいじめられてりいる月奈を助ける冷夜の映像を映す。


「見たね」


【そして貴様が疑問に思っているのは、なぜ当初特別仲が良いわけでない義妹のために主が起こったのかということだ。むろん家族が傷つけば怒るのは当然、だが主の場合はまだ付き合いの浅い義理の妹。ここまで怒るのは少し違和感があるだろう】


 ヤミは最初に出した映像を拡大する。


【主の家は共働きと言って、両親が働き遅くまで帰らず、主は幼いながら一人で過ごす時間が多かった。さらに主には友人がいなかった】


 完全にいなかったわけでは無いが、学校外で遊ぶような友人はいなかった。


【主は一人で遊ぶことを寂しく思っていた】


「……それなら友達を作ればいいんじゃない?」


【そうだな。だが主はそれをしなかった。単純に主が友人を作るのが苦手ということもあるだろう、だが主は友人と過ごしても最終的に帰るのは誰も居ない家。どれだけ友人が居てもずっと一緒に居られるわけじゃない。友人と一緒に遊ぶ時間が長くなるほど、一人の時間がより辛く感じると言うことを主は感づいていた】


「なんだかひねくれた考え方だね」


【そうかもしれんな。そんな思いを抱く中、主の環境が変わった。月奈いもうとが来たわけだ】


「よかったね」


【あぁ、だが主は初めての兄妹で接し方が分からなかった。帰っても一人では無いが、過ごすのは一人。主は仲良くしたいとは思っていただろうだがすぐに仲良くなるのは難しい。そんな中義妹がいじめられている現場を目撃した】


「怒りが生まれた瞬間だね」


【主は怒った。何故か?義妹がいじめられているから?その通りだ。だがそれだけではない。主には人よりも強い欲があった】


「欲?」


【主の中にあった欲の名は、独占欲】


「独占欲。それって何かを一人占めしたいとかそういうのだよね?」


【そうだ。長い間一人で過ごしていたからこそ、自分とずっと一緒に居てくれる存在を欲していた。主の中の怒りは、ようやく自分と一緒にいてくれる相手を見つけたのにその相手を失いそうになったことでその欲が強く刺激されたことで起こった物だ】


「なるほどね。……何となく腑に落ちたかな。でもお姉さんとかは?独占欲って一人占めしたいとかでしょ?」


【その点に関しては少し特殊だな。主の場合は一緒に居てくれる相手を欲して出来た欲だ。だから家族として認めた義姉は義妹に対する独占欲の対象外。むしろ自分の独占欲を向ける対象だろう。だからこそ世界樹の精霊によって義姉が膝をついた時はあぁして怒りを向けたわけだ】


「まとめると彼が持つ怒りは自分をずっと一緒にいてくれる相手を失いたくないという独占欲から出ている物ってことだね」


【そういうことだ。よし、納得したならさっさと出ていけ】


「はーい。あれ?あれってなに?」


 ツムリが向ける指の先には黒い霧のようなものが二人に向かって迫ってきている。


【……時間をかけすぎたな。無事であることを祈っていろ】


「え?どういう……っっ!!?」


 黒い霧が、ツムリを襲う。その霧の正体は冷夜の心の怒りや悲しみ。


【ここは主の心の中。先ほどまでは抑えていたが、本来であれば怒りや悲しみ。主の中にある黒い感情がくすぶる場所だ。長い時間滞在していればその感情が襲ってくる。戻った時無事だといいな】


 ヤミは黒い感情に押しつぶされそうになっているツムリに触れ、冷夜あるじの意識の中から追い出した。





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