第11話 手記⑤

 高校を卒業し、私は進学を選び、士道さんが教授をしているK大学の理学部に入った。進学はけっして安くないお金がかかるし、諦めようとも思ったのだが、母がやりたいことがあるのならやりきりなさいと言ってくれた。私は母に感謝した。同時に腹も決まったのだ。私は天文学者になる! と。


 士道さんの授業を受けるようになり、書斎に招かれ話をしてもらうのとは違う、楽しさがあった。専門的な勉強もできて、知識が増えていくのが嬉しく、近所の子供ではなく、士道さんの教え子となったのがなによりの喜びだった。

 大学では、現在はK大学で教授をしている鈴木清武という友人と知り合うことになる。今でも親交は続いており、私と同じ天文学者だ。鈴木は大学のベンチに座り、熱心に星の図鑑を読んでいた。図鑑は子供の頃から何度も鈴木に開かれたようで、傷んでいる。まるで士道さんみたいだと思った。わざわざ構内で読むということは、鈴木も星が大好きなのだろう。士道さんの講義も目を血走らせ聞いていた。


「図鑑、面白いよな」

 と私は声をかけた。

 鈴木は顔を上げ私を見ると、にこっと笑った。無邪気な子供のような笑みだ。そんなところも、士道さんを彷彿とさせた。

「うん、めっちゃ面白い。定期的に読みたくなんねんな」

「でもそんな分厚い本を、持ち歩くの大変だろ?」

 鈴木は声に出し笑った。

「苦労して持ってきて読むのが、ええんやんか」

「なるほど」


 私も声に出し笑った。そのあと私たちは多くのことを話した。星の素晴らしさ、コンピューターの発展における天文学の今後、そして最後には宇宙人の話にまで発展し互いに熱くなった。傍から見れば、喧嘩しているように見えたかもしれない。

 必然的に私たちは一緒にいることが多くなった。趣味も合い、映画や音楽のコンサートなども見にいった。互いにガールフレンドはいたのだが、プラレタリウムも二人で見にいき、二人して恍惚とした表情を浮かべるのだった。

 鈴木もまた士道さんの信奉者だった。士道さんの授業を受けるためK大に入ったのだと語った。出版されている本は全部読み、その中で書かれていた、日本の天文学のレベルを上げるために観測所がもっともっと必要なのだ、という考えに感銘を受けたらしい。言うだけでなく、その努力をしているのも一流だと崇めていた。


 大学生活の中で、私はアメリカへの思いをますます強めていった。中学、高校、大学に上がるにつれ、漠然から明確になっていったのだ。アメリカは、私の夢だった。


 高校の頃だろうか。私はジョン万次郎氏のことを調べたことがあった。江戸幕府が鎖国していた時代、十四の万次郎氏は漁へ出かけたのだが遭難してしまう。無人島へ辿りつき、その百四十三日後、アメリカからやってきた捕鯨船に救助される。だが幕府が鎖国をしていたため国へは帰れず、アメリカへと向かい生活することになるのだ。

 私は驚愕していた。なんとロマンがあり、そして恐ろしいことなのだろうと。英語を会得するのにも大変な時間がかかったはずだ、文化に馴染むのにも一筋縄ではいかない。それに東洋人の数なんて極わずかだ。必然的に人種差別も受けていたはずだ。その当時と現在では状況が決定的に違う、なんの知識もなく宇宙へ出向くようなものである。

 ジョン万次郎氏を、尊敬していた。私のアメリカへの恐怖なんて、ちっぽけなものである。私もアメリカへ渡り勉強し、人と触れ合い懸命に生きたい。ジョン万次郎氏に、ある種憧れようなものがあった。


 アメリカのS大学院に留学したい。

 私の成績だと、特待生枠として学費の免除も受けることができる。お金がまったく必要ないわけではないし、母に頼ることになるのだが、問題はお金ではなく留学を許してくれるかだった。心配するだろうし寂しがるだろう。私自身も、母を一人にしてしまうのは辛かった。けれど、士道さんと初めて出会ったとき、送ってくれた言葉を思い出したのだ。


「君の目は本物や、なにがあっても好きなことを貫きや。ぼくにはわかる、君は大きな人間になる」


 その言葉に背中を押された。貫きたいと、子どもの頃からの夢を叶えたいと。

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