第5話 助手席に幽霊

 藁は助手席に座っていた。霊を乗せドライブというのは、言いようのない変な心地だ。霊体なので、車が走り出せば体がすり抜けその場に置き去りになるのだが、どうやらシートにとり憑くことによって、一緒に移動できるみたいだった。藁は時々新幹線に取り付き、他県へ遊びに行っているようだった。誰よりも霊であることを楽しんでいた。

 高速に乗ったところで、十和田は訊ねた。


「どうして突然、成仏しようと思ったんです? なにかきっかけがあったんですか」

「いや、ただの気まぐれや、気まぐれ」藁は右手をひらひらと振った。「それよりも、なんで兄ちゃんは霊の相談なんて乗ってるんや? お金にもならんやろうに、慈善活動か?」

「そんなええもんちゃいますわ。いいことをすれば見返りがあるというか、神様仏様が見てくれてるんか、運気が上がるです」

「運気?」

「ええ、運気が。それで株を買うと当たるんですよ。爆発的にお金は増えませんけど、通帳見てにこっとしてしまうほどには入りましてね」

「ふうん、なるほどな」

「ですんで、百パーセント善行でやってるわけやないんです」

「自分の特性活かして金儲けできるんなら、大したもんやなぁ」と藁は感心したように言った。「霊は子供の頃から見えてたんか」

「物心ついた頃からです」


 前の車が遅く、十和田は車線を移しスピードを上げ追い越した。一つ車を越したからといって、その前に車が詰まっていれば意味はないのだが、性分なのか前に行きたくなるのだ。追い越すときにペダルを強く踏み、ぐんとスピードが上がりエンジン音も変わるのが、わくわくするという理由もある。


「生まれたときからか……そら苦労も多いやろうなあ、大変やろうに。本来は見えたあかんもんが、見えてるんやもんな」

「子供の頃から見てますから、それが普通なんですよね。やからあんま大変やと思ったことはないですよ。ただ腹が立ったのは、母親が亡くなったときに姿が見えなかったんですよ。血だらけの惨い霊は見えるのに、一番見たい人が見えへんのかいって」

「すぐに成仏できたんやな、ええことやないの。それだけ、お袋さんは後悔なく満足して逝けたってことやして」

「そうなんですかねえ」

 カーブが多くなり、スピードを緩めた。高速の下には街が広がり、息づいているのを感じた。車メーカーの大きなビルが立ち、その窓はブルーに反射し高速道路を微かに写している。


「いきなり会いに行って、話を聞かせてくれますかね?」と十和田は訊ねた。

「鈴木はいまK大で教授してるから、教え子いうことにするか。息子も定年して暇やろうし、ぼくに興味を持ったと言えばたぶん話してくれるわ」

「ならそうしましょか。スピード上げますね」


 カーブが終わり、道路は一直線になっていた。車線を変更しアクセルを強く踏んだが、後ろにパトカーがいるのが見え、減速し元の車線に戻った。廊下を走っているのを、怖い体育科の教師に見つかったときの心境だった。

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