ヒーロー
この文章には「性的な表現⚠」・「残虐な表現⚠」が含まれています。
まだ15さいになっていない
よくわからない
ヒーロー
自身は朽ち果て土となり未来に開く花の糧となる、
落ち葉風
あなたに、ヒーローはいますか。
俺にはいる。
ずっとずっと、昔から。
俺が彼女と出会ったのは、まだ俺が小学生にも上がらないくらいの歳の頃だった。
当時、俺はボロボロの古いアパートに住んでいて、父親からは毎日のように虐待を受けていた。 殴られ、蹴られ、怒鳴られ、縛られ、熱湯をかけられ。たった一人の親に、父親に、俺は暴力を振るわれ続けていた。
俺の母親は、物心ついた頃にはもういなくて。俺にとっての親は、頼れる存在は、父親だけだった。
父親も、常に暴力を振るうわけではなかった。普段は優しくて、食事の支度も、炊事も洗濯も、家事は全部やってくれていたし。毎日のように仕事に出かけて、お金を稼いで、何より俺を育ててくれていた。
しかし、仕事から帰って来た後。食事の時間が終わる頃になると、父の様子は一変した。一たび酒を飲むと、普段の優しい父はいなくなり、かわりに恐ろしい鬼が現れるのだ。
当時の俺は、本当にそう思っていた。あれはお父さんじゃない。お父さんの姿をした鬼なんだって。そんな風に思っていた。
しかし、そんな地獄の日々に。ある日、変化がおとずれた。
父が、女の子を連れてくるようになったのだ。ほとんど毎日のように。俺と同い年ぐらいの、小さな女の子を。
そして、父が女の子を連れてくる日は、俺が暴力を振るわれることは決してなかった。その代わり、俺はいつもより早く布団に入れられ、寝かしつけられた。
不満はなかった。やっと俺に、平穏な日々がおとずれたのだから。女の子が家に来ない日は相変わらず殴られたが、そんな日はまれだった。そして、その内に、暴力を振るわれることは完全になくなった。
俺は、鬼は退治されたんだと喜んでいた。もう、恐い目にあわずにすむと、安心しきっていた。
でも、ある日俺は見てしまったんだ。
布団の中から、父が鬼になる光景を。
それは、俺が暴力を振るわれている時よりも地獄のような光景だった。当時の俺には、なぜだかわからなかったけれど。それはなぜだかおぞましく、とにかく恐かった。
一度それを目撃してしまった俺は、次の日から眠れなくなってしまった。目をつむると、頭の中にあの地獄が、鮮明に蘇るのだ。
俺はそれから何度も何度も、その地獄を目の当たりにすることとなった。しかし、恐ろしいことに人というのは慣れる生き物であるようで。次第に俺は、普通に眠れるようになっていった。
しかし。ただ一つ。ただ一つだけ、ずっと変わらないことがあった。それは、彼女への思いだった。
彼女が来る日は、俺は殴られない。彼女が来るようになって、俺は殴られなくなった。彼女の存在は、俺の救いだった。
それは、その地獄を見る前も。その地獄を見た後も。その地獄に慣れた後も、変わることはなかった。決して揺らぐことも、薄れることもなく、むしろ日に日に強くなっていった。
彼女は俺がそんな風に思っていただなんてことを、きっと知らないだろうけれど。ひょっとしたら、俺がそこにいたことすら覚えてはいないかもしれないけれど。
でも、確かに彼女は俺の救いだったのだ。
彼女は、そう。俺のヒーローだった。
彼女はただただ無抵抗に、撫でられ、舐められ、殴られ、
毎日毎日父親に殴られていた俺を救ってくれた。布団の中で息を押し殺してただただ怯える俺を救ってくれた、ヒーローだったんだ。
結局その地獄は、俺が中学に上がるまで続いた。
俺は彼女に、ヒーローに何もすることはできなかった。ただ助けられるだけ助けられて、俺はそのまま、家を出た。
中学進学を機に、俺は一人暮らしを始めた。父親も、このままではいけないと感じてたんだと思う。何の反対もされず、俺はすんなりと一人になることができた。
後で聞いた話だが、父親はそのしばらく後に恋人をつくって、同棲したらしい。今はその人と再婚し、二人で生活をしているという。
父親の再婚相手は、歳の近い女性だったという。今考えると、父親は別に、幼女趣味があったというわけではないのだろう。ただ、やり場のないストレスを、抑えきれない苦しみのはけ口を、自分の息子から他人の娘へと逸らしたというだけだったんだろう。
そんな父を、俺は微塵も尊敬などできないし、二度と関わりたくないとすら思っている。でも、そんな父を責めることは、俺にはできない。
もしかすると。俺にとって彼女がヒーローだったのと同じように、父にとってもまた、彼女はヒーローだったのかもしれない。
その彼女はというと、父に恋人ができた頃。俺と同じように一人暮らしを始めたという。しかし、中学生の少女に一人で暮らすだけの経済力なんてあるはずもなく、父にだってそんな彼女を援助するほどの経済力はあるはずがなく。
調べてみると、彼女はその後。援助交際や風俗で生計を立てているようであった。
俺はというと、中学に上がったものの学校に行くことはほぼなかった。
一人暮らしを始めてすぐ。俺は、近所にあった個人経営のお店に何度も頭を下げに行った。働かせて欲しいと。何度も何度も頭を下げて、ようやくお手伝いという形で働かせて貰えることになった。
そこからはひたすら働いて、生活費を切り詰めて、とにかくお小遣いを貯め続けた。
彼女が体を売らなくても生活をしていけるように。そのためのお金を、俺は稼ぎ貯め続けた。
何の力もない無力で馬鹿な俺には、そのぐらいのことしか思いつかなかった。そのぐらいのことしかできなかった。
そうして、一年が過ぎた頃。俺は考えた。お金だけでは彼女は幸せになることはできない。
俺は、育ちの良い同年代の男と仲良くなろうと、必死に考えた。お金を稼ぐかたわらで、地元で評判のいい男子生徒に会って回った。簡単ではなかった。でも、数カ月費やして数名と知り合うことができた。突然訪ねてきた金も学力もない俺なんかにも優しく接してくれるような、そんな奴らと俺は交流を深めた。
こんなことをしたって何にもならないんじゃないか。俺が用意できる幸せなんて本当の幸せじゃないんじゃないか。俺は間違っているじゃないか。何度も何度も考えた。
でも、俺にはそれしかできなかった。何度考えても、やっぱり俺にはそれしか思いつかなかった。
頭も悪く、金もない、学もない、教養も夢も何もない。あの日、あの地獄から逃げ出した弱い俺は、ヒーローとはほど遠い。
それでも何かしたかった。何かせずにはいられなかった。
そして。中学を卒業して少し経ったある日、ついに俺は動きだした。
俺は彼女が働いていると思われる店に、電話をかけた。そして、彼女と思われる女性を指名した。
あっけなかった。拍子抜けするほど簡単に、その電話は終わった。
しかし、電話を握るその手は震えていた。
まだ確実ではなかった。指名した女性が確実に彼女であるという自信はなかった。
それでも、彼女に会えると思った瞬間。俺は全身を強い感覚に襲われた。
会いたい。早く会いたい。
これから彼女と仲良くなろうというわけでもないのに、彼女との関係に未来などないのに。俺は彼女に会いたくて仕方がなかった。
俺はこの後、何をするのか。それは全くぶれなかったし、それはしっかりと俺の頭の中にあったけれど。それと同時に、俺の中では強い感情が溢れ出していた。
予約した時間を目前に、俺は早足で待ち合わせの場所へと向かった。今にも走り出しそうになるのを抑えて。胸の高鳴りは抑えきれず、俺は早足で汚れた街を歩いた。
俺は頭の中で、冷静にこの後の計画を何度も確認していた。しかし、それと同時に、俺の頭の中には冷静ではない感情が溢れていた。
彼女に会いたい。
俺はついに、待ち合わせの場所に到着した。
俺の目は、一瞬で一人の少女をとらえた。
薄汚れたアスファルトの上でにっこりと笑った彼女。
――それはまさしく、ヒーローだった。
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二〇一六年 五月二五日
二〇一六年 七月 六日 最終加筆修正
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