一途

 







一途
















摘みとったことを枯れてから後悔し、

灰になった花に捧ぐ








 あなたにとって、一途とはなんですか。

 誰かへの思いを抑え込んで、誰かを思い続けることですか。

 誰かへの思いを選ぶために、誰かへの思いを捨てることですか。

 上手くいかなくなったからと、気に入らなくなったからと、相手を変えて移り変わってゆく思い。それが一途と言えるのでしょうか。

 人は。今だけ、だとか。限定、だとか。そんな言葉に弱いとよく耳にしますが。期間限定の一途さに、いったいどんな価値があるというのでしょうか。

 一途とはいったい、なんなのでしょうか。それは、美徳なのでしょうか。それは、高尚なものなのでしょうか。それは、大切なものなのでしょうか。

 私には、わかりません。

 わからない私は。無知で愚かな私は、過ちをおかしました。

 償っても償いきれない、取り返しのつかない過ちを――。

 私には、好きな人がいます。

 その人はとても魅力的な方です。優しくて、可愛くて、綺麗で、頭もよく、運動神経もよくて。まるで物語の世界のヒロインのような、そんな魅力的な少女でした。

 私のような人間にも笑顔を向けてくれるような、そんなあの人に、私は次第に魅かれていきました。

 しかし、私のような人間があの人と結ばれるはずもなく。私はあっけなく、ふられてしまいました。最初からわかっていたことです。あの人が私を好きではないからといって、私があの人を好きでなくなることなどありませんでした。

 私はそれからも、あの人に恋をし続けています。今も、ずっと。好きです。

 今の私にはもう、そんなことを言う資格など、一片もありはしないのですが……。

 私はあの人を好きになった時。もう、あの人以外の女性を好きにならないと、そう決めました。いえ。それまでにも好きになった人はいましたが、あれは違ったのだと。本当の恋ではなかったのだと、そう思いました。

 私はあの人以外のことを好きになることはないと、好きになりたくもないと。もしもそんなことが現実に起こったとしたならば、そんな現実はいらないと。そんな現実、無理矢理にだって変えてやると。そう強く、思いました。

 そんな私の前に、彼女は現れたのです。

 彼女と私は、同じ大学で知り合いました。彼女とは驚くほどに趣味が合い、私たちはすぐに仲良くなりました。一緒にいる時間は、とても楽しい時間でした。

 彼女はとても可愛らしく、優しい女性でした。

 しかし、だからといって、私が彼女を好きになることはありませんでした。なぜなら私は、あの人以外に恋はしないと。そう、決めていたからです。したくないと、そう思っていたからです。

 それは彼女も知っていました。あの人以外の女性を好きになりたくもないと言う私を、彼女はよく、一途だねと言って笑いました。

 そんな彼女と私は、とても趣味が合いました。だから、仲良くなるまでに、そう時間はかかりませんでした。

 知り合った頃は、学内ですれ違えば多少談笑する程度の関係でしたが、その内。講義の合間や大学の帰りに、頻繁に会っては話すようになりました。

 もちろん、私も彼女も互いにそれぞれの友人がいましたから、毎日というわけではありませんでしたが。それでも、週の半分は彼女と二人で昼食を食べていたような気がします。

 その内に、休日にも彼女と会うようになりました。彼女とは色々なところに行きました。ファミレスや映画館、水族館やショッピングセンター。本当に、色々なところに行ったものです。

 その中で、一番の思い出を上げるとするならば。それは、……それもやっぱり、あの公園でのことになるのでしょうか。

 私と彼女はよく、大学近くの公園を散歩しました。園内は中々に広く、花壇やそれなりと大きな池もあって。私と彼女はその公園を散歩しながら、昨日見たテレビの話や今朝見た夢の話。課題がどうだとかアイツがなんだとか、そんな他愛もないことを話しました。

 彼女はよく、なんとかという花が咲いただとか、なんとかという鳥が鳴いているだとか。ちいさなことに気がついては嬉しそうに微笑む、そんな女性でした。

 そんな他愛もない日々が、一番の思い出です。

 私には、そんなことを言う資格など、微塵もありはしないのですが……。

 彼女とは本当に、長い時間を共に過ごしました。いえ。期間にしてみればほんの数カ月でしかありませんが。その密度が、私にそう思わせるのでしょう。

 それだけの日々を共に過ごして。きっと、彼女はわかっていたのだと思います。私がどんな風に思っているのか、その考えを。思いを。心の奥底まで。きっと……。

 あれは、彼女と出会って最初の秋のことでした。

 ある日、彼女は言ったのです。もう、我慢できないと。彼女は私に言いました。私のことが好きだと。友達としてではなく、異性として私のことが好きだと。彼女はそう言いました。

 私はその気持ちには答えられないと、そう伝えました。私はあの人のことが好きなのだから、それは当然の答えでした。彼女ももちろん、それはわかっていると。ただ、隠しているのが辛かったのだと。そう言って、彼女は謝りました。

 その時、私は。嫌な感覚に襲われました。私はその感覚から逃げるように、彼女と距離をとりました。

 彼女からは、今まで通りといかないまでも、これからもそばにいたいと伝えられました。しかし、距離をとる私に対して、彼女はそれを無理強いすることはせず。彼女と口もきかないまま一週間が過ぎました。

 私は嫌な感覚から逃れるために彼女から離れたはずなのに、会わない時間はその感覚を、より増大させていきました。私の中で、次第に彼女の存在は大きくなっていきました。

 このままではまずいと。嫌だと、私は思いました。

 そしてあの日、私は彼女を呼び出したのです。

 公園のベンチに並んで座り、一言も喋らない私と、いつになく饒舌な彼女。

 あの日のことは、今でもよく覚えています。何度も夢に見ました。

 私はあの公園で、彼女の首に手をかけました。

 彼女は最初、苦しそうに顔をゆがめました。しかし、その後。彼女は苦しそうにしながらもどこか嬉しそうに、切なげに、儚げに、微笑んだのです。私はその笑顔が恐くて。さらに手に力を込めました。

 どれ程時間が経ったでしょうか。力なく横たわる彼女を私はベンチに寝かせ、まぶたを閉じさせました。

 私はその時になって、ようやく気づいたのです。ここまでしなくてはいけないほど、私は彼女のことを思っていたのだと。ここまでして私が抑えこまなければと、抑えこもうとしていたものは、何だったのかと。

 そして何より、そこまで思ってしまった時点でもう、遅かったのだと。

 しかしもう、その時にはすべてが遅かったのです。

 私は最期の彼女の微笑みの意味をようやく、頭で理解し、そうしてその場に崩れました。彼女はきっと、私の全てをわかっていたのです。

 あの時の首の感触を、私は忘れられません。何度も何度も、私はこの灰色の部屋の中で夢に見ました。何度も何度も、思い出しました。何度も何度も何度も何度も。あの日のことを。彼女のことを。あの感触を。そして、あの微笑みを。

 自首などしなければ、私は死刑になれたのでしょうか。

 いえ、苦しむことが罰なのでしょう。苦しんで苦しんで苦しんだ末、死ぬことが罰なのでしょう。しかし、それももう終わりです。

 後、少しで。やっと。やっと私は、最期の罰を受ける時が来るのです。

 それでも罪は消えません。それでも取り返しはつきません。それでも私にはわかりません――。

 一途とは、なんなのでしょうか。



――――――――――――――――――――



二〇一六年 六月一五日

二〇一六年 七月 六日 最終加筆修正

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