アナバスと神々の領域【1】

舞桜

アナバスの王子

城内の廊下を、明らかにに不機嫌な表情で歩いている鎧姿の青年がいた。


    鎧姿といっても礼装のためのもので、装飾品が至る所にほどこされた形ばかりの鎧であり、戦闘には全く不向きなものである。

    額飾り、胴、手足の各部位の、一部分のみをおおったもので、それらには大小合わせたあらゆる宝石が散りばめられ、様々な植物や図柄の細かな彫刻が施されている。

    そして肩から広がる大きなマントも、礼装としての役割に花を添える装身具の1つとみなされ、かなり薄手なものに過ぎず、歩いているだけでひらひらと美しくたなびく。

    下に着用している鎧に合わせて縫われた衣類が、鎧に覆われていない部位と見事に調和し、王族に引けを取らない華やかな仕上がりになっている。

    そして鎧自体もとても軽量で、着用している者の動きの妨げにならず、自然な美を創り出す。

    ただ、腰に携えた長剣だけは、柄こそ装飾されてはいるが、抜いた時の刀身に関しては、よく磨かれた実用的なものである。


    青年は、額飾りを半ばわずらわしいとばかりに片手で取り外し、目的の部屋の前で足を止めた。

    扉の脇にある四角い人物認識センサーの読み取り部分に、左手首にめている通信型バングルをかざす。

    バングル型のそれには、自身の識別コード、各地の悪魔情報、城の兵士達の動向、通信機器としての用途など、彼に必要な情報が全て入っており、必要に応じてデータ化された情報が即座に引き出せる。

    今は、訪れた部屋の主に、自分の来訪を知らせるためにバングルを用いたに過ぎず、誰が来訪したかが、部屋の中の相手に伝わる仕組みだ。

「 開いてる〜 」

センサーを通じてでは無く、直接の声が扉の内側から小さく聞こえた。

    大きな溜め息を漏らして両肩を落とし、彼は施錠されていない扉の内側に足を踏み入れた。

    部屋の奥にある、決してきらびやかな造りではない、シンプルな装飾品のみで縁取ふちどられたベッドの上に、この部屋の主がいた。

    1人用としてはかなり広く、キングサイズよりも更に大きなベッドだ。


    身体をうつ伏せに横たえ、両足首をトントンと軽く揺らし、リラックスした体勢で本を読んでいる青年。

    この青年は、誰が見ても美しいと感嘆の声を上げずにはいられない不思議な魅力と、不可侵のベールに包まれたような雰囲気を持っている。

    その身体は、女性のようにしなやかで、若干柔らかな丸みを帯びている。髪は、ちょうどうなじが隠れるほどの長さで、夏の日差しに濃く広がった空のような、紺碧こんぺきの色だ。瞳は深海のような勝色かついろ、すなわち光の反射によって、黒色にも藍色あいいろにも変わる、吸い込まれるような色をしている。

    それ故に、男女問わず誰をも惹き付けてまない、中性的な青年だ。


    その魅力の持ち主は、自分の部屋に入って来たはいいが、無言で立ち尽くす彼へと目を移した。

「 おかえり。どうだった? 」

声を掛けた途端、それまで抑えに抑えていた不満が爆発したのか、

「 どうだったじゃねぇよ!!! 俺が王族嫌いなのはお前だって知ってるよな!? なんでお前はこんなとこでくつろいでんだよっ! 」

と、帰城した青年は怒声にも似た大声を張り上げた。

    しかしそれには動じず、ベッドに寝転がっていた青年は本を閉じてゆっくりと身体を起こし、

「 そんなこと言われても、俺だって王族は大嫌いだからさ …… 」

と、そのままベッドの上で胡座あぐらを組んで座り直し、アハハと笑った。

「 イヤイヤ、これ本来お前の仕事だからな? 俺らニアルアース・ナイトにゃ他にも溜まりに溜まった仕事があんだよ! たまには外交くらいしろよジェイ!」

    その言葉に黙り込むジェイに対し、少し眉をしかめながら彼はソファーにどかっと腰を下ろした。そして再度、肩で大きなため息をつく。

( 相当疲れたんだろうな )

と、ジェイは他人事ひとごとのように思いながらしばらく彼を眺めていたが、

「 …… あれ? パープルは? 一緒に帰って来たんだろ?」

ふと気付いて、部屋の扉に視線をやった。

    ジェイの部屋を訪れる時は、彼らはほぼ一緒にやって来るのだが、今は彼に続いてパープル・ナイトが入って来る気配は全く無い。

「 いや、あいつ律儀だろ? 俺なんか挨拶して早々、理由付けて帰って来たけどよ。リドアード星の王女たちがしつこくティータイムに付き合えってまとわりついてきてな。そのまま3王女に連れられて、謁見の間から出てったぜ。まだ帰って来れねーんじゃないか?」

「 おま … っ、ひど! パープルに押し付けて帰って来たとか、最低だなイエロー …… 」

わざと驚愕きょうがくした表情を見せるジェイに、イエロー・ナイトは口端をヒクヒクさせながら立ち上がった。

「 俺たちはお前の代理で行ったんだぞ!? …… まァ、俺らが行っても王女たちは感激して迎えてくれたけどもだな、だいたいな、各星々の全ての女がお前に惚れてると言っても過言じゃないんだからな!?」

    ハイハイ、もう聞き飽きた、とでも言いたげに片手にあごを乗せてそっぽを向くジェイに、イエロー・ナイトは負けじと続ける。

「 特に! 王族の姫たちはお前が目当てなんだよ! どこの王子とも比較にすらならないその容姿で、しかも全星最高位のアナバスの王子様と結婚したいんだろーがよ! 毎月毎月お前目当ての謁見えっけん申し込みや、やれダンスパーティーだの茶会だのの申し込みが、どんだけ殺到してることか! いい加減自覚しろよな!」

    なかば説教のような口調で声を荒らげるイエロー・ナイトに、ジェイは小さくため息をついた。

「 なーに馬鹿なこと言ってんだよ。アイツらは単にアナバスってゆー " 地位 " に惹かれてるだけなんだって。俺みたいな容姿の奴なんかそこらへんにゴロゴロいるし、第一俺はな、あんなゴテゴテに着飾った腐った性根の塊みたいな王族の女なんかに興味ないんだよ。

    たまに顔出したらベタベタくっつかれたりさわられたり、化粧濃い顔なんて寄せられてみろよ、どんだけ気持ち悪いか … 」

そこまで言って、ジェイは何かひらめいたのか、ぱっと明るい表情になった。

「 もうさ、今後はさ、俺宛あての招待状やら縁談とかが来たら、全部燃やしちまえば!? あ、でも各星から贈られてきた食べ物は絶対確保で! …… まぁでも、今回はリドアード星には行ったよーなもんだしさ、俺も頑張っ 」

言い終わらないうちに、ジェイはイエロー・ナイトの般若のごとく怒り狂った顔が間近にあることに気付き、ぎょっと後ずさった。

「 そんなこと出来るわきゃねーだろ馬鹿っ!!! それにな、もう1回言うぞ? お前の代理で今回出向いたのはな、オ・レ・た・ち、なんだよっ!!!」

だいたい、とイエロー・ナイトは思った。

( お前みたいな容姿の奴がごろごろ居たら、それこそ異常だぜ … 。ほんっとこいつ、ここまで自覚がないってのも厄介だよなぁ …… )

「 分かった、分かったって!」

イエロー・ナイトの怒りの形相にされて、ジェイはジリジリと後退あとずさる。


が、次の瞬間 ┄┄┄┄ 


「 アハハ、ちょっ、馬鹿やめろって! アハハ!」

イエロー・ナイトはまるで子供に接するかのような悪戯顔いたずらがおで、ジェイの脇腹をくすぐり始めた。

「 アハハハ、ひーっ、やめろって! …… 無理、もう無理、キブキブ! アハハハハ!」

「 お前みたいなヤツはな、こそばしの刑だボケ〜!!!」

「 アハハハハ、やめろイエローっ!!!」



この世界は、アナバスと呼ばれる星を中心に、その他8つの惑星で形成されている。

    星々による階級は無いが、唯一、他星の王族や一般階級の住人に至る全ての人々からうやまわれている星がアナバスである。

    アナバス星全体には強力な結界が張られており、悪魔が存在しない唯一の楽園の星とも呼ばれ、それが人々の羨望せんぼうを集める1つの要因だ。

    星々間での人民の移住は原則禁止で、旅行や観光においてのみ、他星に行くことが可能となる唯一の手段だ。しかしこれには、自星の許可が降りた場合にのみ有効、という条件付きである。

    だが、アナバス星への観光は例外だ。

 " 旅行 " という宿泊をともなうものは無く、当日のみの入星であることと、アナバスへ寄せられた観光希望者の中から、年に1回行われる抽選に当選しなければならない。

    つまりアナバスへの観光は、自星の許可ではなく、アナバス側からの許可が必要となる。

    当選確率は1億分の1とも言われ、また、このような措置そちを取っている理由は、人に紛れて悪魔が侵入するのを防ぐためとも言われている。


    アナバスを含む9つの星の文明は高度に発達し、統治に関しては、星全体のトップに立つ王族と、各地に散らばる王族の血筋を引く者たちによって治められている。

    王族以外の住人は、各地それぞれの王族がいた規則にもとづいて生活し、基本的に行動制限などは無いが、一度彼らの機嫌を損なうとまずあらがうことは出来ない。

    王族絶対主義であり、例え不当だと思われる些細なことや、あらぬ濡れ衣などを着せれた場合でも、まず主張すら受け入れてもらえず、厳しい処罰を受けざるを得なくなる。

    そういった理不尽なことが全く無いと噂されているのがアナバスであり、これもまた人々の憧れを強める要因だ。

    ましてや、アナバスの王位継承者である唯一の王子ジェッド・ホルクスが、この世の者とは思えないほど容姿端麗で、温かく柔らかな雰囲気に包まれており、男女関係なく人々を魅了してまない。

    これら全ての理由を総合し、アナバスでは王族からの不当な支配は無いとの信憑性が、人々の間ではほぼ確信されている。


    この世界には悪魔という、人を捕食する生物が数多く存在しており、その強さによって大きく分類が成されている。

    下級悪魔、中級悪魔、上級悪魔、そしてそれらの悪魔が太刀打ち出来ないほど強大な能力ちからを持つ、最上さいじょう悪魔が存在する。

    最上悪魔は他の悪魔と違い、ほとんど人前に姿を見せることは無いが、半年に1度ほどの間隔で、人肉を大量摂取する。

    ほぼ全ての悪魔の姿形は人とさほど変わらない。各星々での悪魔目撃情報は随時アナバスに送られ、得られた範囲での容姿と名前、強さに分類され、現在確認されている全ての悪魔の最新情報が、全星に広く公開されている。

    悪魔開示情報の専用機器は、余すことなく全星全ての住人1人1人にアナバスから無料支給された、小型の携帯機器である。ポケットに入るサイズであり、王族以外は大抵の住人が身に付ける生活必需品となっている。

    また、悪魔に関する最新情報が入れば、アナバスからの操作1つで自動的に更新される仕組みだ。

    そしてそれに貢献しているのが、全星各地に配置されたアナバスの兵士たちと、全星の住人がアナバスに直接転送することが出来る、通信型レター装置の存在である。

    通信型レター装置とは、助けを求める住人のための救済ポストであり、悪魔の被害や王族からの弾圧など、声を上げることが出来ない人々のために、アナバスが全星各地に設置している。

    無論、それら全ての要求に応えられることはまず無いが、明らかに急を要する助けは優先され、アナバスの兵士が動く。

    そういった様々な救済メールを一括管理しているのが " パープル・ナイト " の称号を持つ、現在、全星最強の兵士レイク・サウストールという人物だ。

    救済メールの大まかな仕分けは、彼の部署の兵士たちの仕事だが、基本的に彼はその性格上、ほとんどのメールに目を通し、その内容に適したアナバス兵を現地に派遣する。

    そのパープル・ナイトの次に位置するのが " イエロー・ナイト " の称号を持つヒューズ・カルナだ。

    全星各地に駐屯ちゅうとん派遣しているアナバス兵と、常に悪魔の警備で全星をまたぎ活動しているアナバス兵の管理、すなわち全星に出現する悪魔に対する警備兵たちを一括統括している。


    パープル・ナイトとイエロー・ナイトは、約2年前に同時に代替わりしたばかりで、能力ちからおとろえや任務に支障が出るほどの怪我をしない限り、基本的には半永久的にその任にく。

    ニアルアース・ナイトはその担当任務の重責じゅうせき故に、強さだけでなく人柄も重要視される。そのため、約1年を掛けて入れ替わり候補者たち数名の人となりを判断し、最終的に、現在その任に就いているニアルアース・ナイトとアナバスの王族たちに認められた者が、新たにその任に就く。

    勿論、ニアルアース・ナイト就任後でも、途中で彼らより強い能力を持つ候補者が現れた場合の交代も有りるが、最初の審査で厳しいふるいに掛けられた者が現在のニアルアース・ナイトであり、いまだかつて、途中でニアルアース・ナイトが交代したという事例は無い。


また、アナバスの兵士は他星と比べて役割が大きく異なる。

    他星の兵士はその星の王族を悪魔から守ることだけが仕事だが、アナバスの兵士はそれ以外に、全星の治安のため悪魔被害を最小限にとどめる全星警護の仕事をになっている。

    そして本来ならば、これらアナバスの兵士たちを統括する特別な任に就く騎士は、3人存在する。

それが、イエロー・ナイト、パープル・ナイト、そして、兵士最高位の称号を持つブラック・ナイトである。

    だが現在、ブラック・ナイトは空席であり、昔から実際に存在したのかどうかも、人々の間では知られていない。しかし現在にいては、パープル・ナイトよりも強く、重い責務を任せられる人物がいないというのも事実であるようだ。

    そしてこの3騎士を総称して、ニアルアース・ナイトと呼ぶ。

    彼らは正確にはどの星にも属さず、全星の王族のもとに仕えその身をまもる騎士として位置付けられているが、悪魔警備に於ける全ての業務設備がアナバスで一括管理されているため、主にアナバスを拠点に活動している。

    それ故に彼らはアナバス城内に個々の自室を持つ。

    他星の3~4倍の人数がいるとされているアナバス兵たちも同様に、2人部屋ではあるが、兵士宿舎塔が城内に完備されている。

    つまり、アナバスの兵士に就任出来た者は、特例として、出身星からアナバスへの移住が許可され、正式なアナバスの住人となる。当然それは余程のことがない限り、家族も同様の扱いを受ける。城外に家が与えられ、兵士は城内の宿舎か、城外の家族と共に暮らすかを選択出来るのだ。

    そのため、まれにあるアナバス兵の募集が全星に告知された際には、応募者は膨大な人数となる。

    その時々の応募者数により5〜10回の選別が行われ、まずは応募者同士での能力ちからを競い合うトーナメント戦が実施される。そして各ブロックで最後まで勝ち残った者や、ニアルアース・ナイトの目に止まった者たちの身元調査が徹底的に行われる。

    その上で、一般兵士の管理・訓練者、ニアルアース・ナイト、アナバス王族の前で能力を披露し、合否が決まる仕組みとなっている。


ジェイとイエロー・ナイトが、アハハギャハハとベッドの上でたわむれているところへ、

「 なにやってんの …… 」

と、静かな落ち着いた、しかしあきれた声が2人に降り注いだ。

「 どうせここにいるだろうと思って、無断で入って来たよ。中から笑い声も聞こえてくるし 」

あっ、とジェイが小さく声を上げ、するりとイエロー・ナイトをかわし、

「 おかえりパープル! なんかめっちゃ良い匂いがする!!!」

と彼に駆け寄った。

    そんなジェイに苦笑して、パープル・ナイトは両手で抱えていた大きな紙袋を手渡す。

「 リドアードの姫たちが、 " 少々体調を崩して寝込んでいる " ジェイにって、預かって来たよ 」

    パープル・ナイトが若干の皮肉を込めて言うその間にも、ジェイは紙袋の中身を確かめ、テーブルへと持って行く。

中には大量のケーキやクッキーが、綺麗なラッピングと共に入っていた。

「 マジ嬉しいっ! あの王女たちみんな、お菓子作りだけは最高に上手いんだよなっ♪」

    ジェイはひらりとテーブルに飛び乗り、片膝を立てて早速カップケーキを手に取る。とても全星の人々から憧れの眼差しを向けられる、 " 見目麗みめうるわしい王子 " とは思えない。

「 俺にも寄越よこせよなーっ 」

    イエロー・ナイトもベッドから降りて来て、クッキーのラッピングを開けている。

    やれやれと再度苦笑して、パープル・ナイトはふと廊下に気配を感じ、部屋を出た。

「 ありがとう 」

にっこりとたおやかな微笑みを相手に向けてから、ジェイの部屋へと戻る。

    彼の持つトレイには、3客のティーカップと、優しく心安らぐような香りの湯気が立ちのぼるティーポットがあった。

パープル・ナイトはトレイをサイドテーブルに置き、

「 帰った時にすれ違った侍女に用意して貰ったんだ。イエローの王族嫌いからのストレス緩和かんわのためにもね 」

    ティーポットから黄金色の液体をカップにそそぎながら、そう言った。

「 俺の好きなオレンジ・ペコ! さすがパープル〜、がさつな誰かとは全然違うよなっ 」

パープル・ナイトの首に両手を回し、ジェイはチラッとイエロー・ナイトを見遣みやる。

「 るっせぇよジェイ! 仮病使って俺らにうそまでつかせた罪は重いぜ!」

    ひょいとテーブルから降り、今度は長いテーブル周りを逃げるジェイを、イエロー・ナイトが追い回す。

「 … お茶をこぼして火傷しないようにね 」

    パープル・ナイトは1人ソファーに腰掛け、恐らく2人の耳には絶対に届いていないであろう注意をうながした。


    ニアルアース・ナイトも、全星から絶大な人気を誇る。男性からは強さの象徴として目指すべき目標となり、女性からは黄色い歓声が常に飛び交う。

    ジェイと大きく違う点は、強く頼もしい男性像と、それに加え一般女性からは高嶺たかねの花であるジェイよりも、はるかに身近な存在として " あわい恋の妄想 " にひたれることだ。ニアルアース・ナイト2人共が、他の兵士と同じように庶民の出だからである。

    また、パープル・ナイトの容姿も端麗だ。ふんわりと風に揺れる、淡い栗色のような、黄枯茶きがらちゃの短髪と、深くしぶ黒柿色くろかきいろの瞳。王族でもないのに優雅な振る舞いと、多くの民衆への気遣きづかいが出来ることで有名だ。そして、どうすればその細身の身体から強力な能力を出せるのか、そのギャップも魅力的な人気の1つだ。

    一方のイエロー・ナイトは、パープル・ナイトとは対照的な魅力を持つ。男らしい肉質の体格、濃い黄に赤みがかったような梔子色くちなしいろの短髪に、焦茶色こげちゃいろの瞳。その髪色から、見た目は遊び人のような少し派手な印象を受けるが、分けへだて無く誰にでも優しく接することができ、民衆受けもかなり良い。彼の容姿もまた充分に整っており、人々からのニアルアース・ナイトの評判はかなり良い。

    また、彼らは最年少のニアルアース・ナイトとしても有名で、現在18歳という若さだ。つまり、16のとしにニアルアース・ナイトに就任している。

    しかして、その強さや統率能力は申し分の無いものであり、古参こさんのアナバス兵管理者たちからも信頼と信用を獲得出来るまでに認められている。

    また、しくもジェイと同い年であり、3人の間でとても良好な関係が築かれていることは、アナバスの誰もが知る事実である。


    散々走り回った挙句あげく、さすがに疲れたのかジェイはベッドに身体を大の字に投げ出して息を整えており、イエロー・ナイトはパープル・ナイトのとなりで大きく首をって天井を仰ぎ、肩で息をしていた。

    呆れて少しの間はそんな2人を見ていたパープル・ナイトだが、おもむろにティーカップをテーブルに置いて立ち上がった。

「 イエロー、帰城して一息着けたことだし、そろそろこれから着替えて、カジュデイル星に行くよ 」

その言葉に、イエロー・ナイトは視線だけを彼に移した。

「 なに、悪魔か?」

「 そうなんだ。さっき部署に立ち寄って来たんだけど、今日の昼過ぎに届いたものでね。まだ4時間ほどしか経ってないから。詳細は行きながら話すよ 」

言いながら部屋を出て行こうとするパープル・ナイトの背後から、

「 俺も行くーっ♪」

と能天気なジェイの声が響いた。


    通常、多くの星の王族は、まず悪魔や悪魔による被害に積極的にたずさわろうとしない。

    自分たちさえ悪魔から襲われなければ、逆に喜んで生贄いけにえを差し出すほどだ。数多くの兵士たちを城のいたる所に配備し、悪魔に襲われる恐怖とは全く無縁の存在として、優雅に暮らしている。

    城外で暮らす人々の、いつ悪魔に殺されるか分からない不安と隣り合わせの生活など、王族には全く想像もつかないのだ。

    そのため、悪魔から襲われて助けを求める依頼は、ごく当たり前のようにアナバスに届く。

    その任務の中で、ニアルアース・ナイトが2人揃そろって出向く時に、たまにジェイも一緒に付いて来たがる。他星の王族とは真逆まぎゃくの行動ではあるが、単純に悪魔に対する恐怖心よりも好奇心の方がまさってしまうようだ。


    どの星でも、兵士には専用の戦闘服や、軽量の鎧などを支給しているが、ニアルアース・ナイトは主に礼装用の鎧しかあつらえていない。

    何故なら彼らほどの能力の持ち主は、自分に適した服装での戦闘を好む。戦闘服や鎧などで悪魔からの攻撃を防御するより、その攻撃能力に見合った防御能力を使う方が速いからだ。

    ニアルアース・ナイトが着替え終え、ジェイを含む3人がカジュデイル星に着いたのは、その後1分もたないうちだった。それは彼らのテレポート能力を使ったからである。

    他星での詳細は不明だが、アナバス城に関しては、瞬間移動装置が設備されている。

    最大10人までが1度に利用でき、これが5台設置されている。依頼のあった座標を入力すれば、一瞬で目的地に着く。

    アナバス兵といえど、全員が自力でテレポート出来る能力を持っている訳では無い。もちろん日々訓練をして能力の向上につとめてはいるが、パープル・ナイトが兵士個人の能力に見合う要請を的確に割り振るため、この装置は各星へ任務におもむく全ての兵士たちに大いに役立っている。

    また、テレポートにはかなりの能力を消費するため、悪魔との戦闘時に万全ばんぜんの態勢でいどめるよう、えてこの装置を使う者も少なくはない。


ジェイは、依頼のあった場所ではなく、ニアルアース・ナイトに指定された座標を入力し、彼らと落ち合った。

    被害にあったのは、カジュデイル星の主な都市からは随分とかけ離れた、深い森の奥に位置する村だ。

    が沈むにはまだ少し早い時間で、森の中の村へと続く一本道を、3人はひたすら歩き進んでいた。

「 要請があったのは、この先の村からでね。人口は100人足らず。今朝起きたら、その約3分の1にあたる、31人が亡くなっていたそうなんだ 」

村長の家へと向かいながら、パープル・ナイトが説明する。

    自給自足で暮らすこの村では、ほとんど街に出た者はおらず、高度な技術も取り入れていない。

    皆が開拓かいたくした田畑から仕事を終えた夕方までは、誰1人欠かすことなく元気だったという。それは生存者たちの話から確認が取れており、田畑を出て村で別れた時には、陽がほとんど落ちていたとのことだった。

    つまり、真っ暗になった昨晩から今朝までの間に、悪魔が現れたことになる。

    悪魔が一度に人を喰らうのは2〜3人とされている。このことから、れた大量の下級悪魔が " 食事 " のために村を襲ったのではないか、というのがパープル・ナイトの推測だ。そして、腹を満たすために再度襲来する可能性がある。

    下級悪魔は能力ちからも弱く、特に人をう時には群れる習性があり、見張り役と喰う側とに別れて行動をすることが多い。

    つまり、今夜は昨晩見張り役だった悪魔が、喰う側になって襲来する可能性が高いのだ。

    このように下級悪魔が敢えて同じ場所を襲うには訳がある。1つは、最初の捕食で、見張り役の悪魔たちがその場所の周辺建造物や道の入り組みなどを把握し、退路を確保出来ること。2つ目は、最初の襲撃人数を増やし、2回目は喰う側の人数を減らす。それにより見張り役は前日より増え、同じレベルの悪魔に横取りされないような体制を取り、早々にその場を離れることが可能になるからだ。

┈┈┈┈ ただ、

とパープル・ナイトは続けた。

「 下級悪魔じゃない可能性もある。俺たちの今日の大きな予定は、リドアード星への外交のみだった。だから、その可能性を見極めるためにも、俺たちが直接来た方が早いと思ったんだ。こうして動けて、ちょうど良かったよ 」

「 だな、現場を見てみなきゃ分からないけど、中級悪魔が連れ立って現れて、面白半分に喰い散らかしたとか、上級悪魔の可能性もあるしな 」

イエロー・ナイトもうなずいて、さらに続けた。

「 ま、最上悪魔じゃないことだけは確かだな。アイツらは人を喰う間隔が長いから、一度に30〜50人は当たり前だしよ、そこにヤツらの下僕しもべたちの食事も加わるからな……こんな少ない被害では治まらねぇよ 」

    イエロー・ナイトがそう言い終えたのと同時に、先頭を歩いていたパープル・ナイトが急に走り出した。慌ててジェイも後を追い、その後からイエロー・ナイトが続く。


    恐らくここが村の入口であろう。

道をはさんだ両向かいに、住居がずらりと並んでいる。その住居はひどく荒らされ、道端に飛び散った血飛沫ちしぶきは地面に染み込み、黒い土に変色している。

    家から引きずり出された人は、臓物ぞうもつが外に飛び散り、四肢ししのほとんどの骨が向き出ていて、その周りの肉が喰われたことが容易にうかがえる。

    その惨状が数百メートルにも渡って続いている様は、まさに地獄絵図と表現しても過言では無い。

「 … 俺、ちょっと無理 …… 」

入口で立ち止まり、ニアルアース・ナイトがその惨状を検分している様を、ジェイは遠巻きにながめた。だが、なるべく死体からは目をらすようつとめているようだ。


    ある程度の状況を把握したのか、パープル・ナイトは立ち上がった。

「 …… やっぱり、下級悪魔の仕業しわざが濃厚だね 」

「 ああ、俺もそう思う。だとしたら、今晩あたり、必ず第二弾が来るな 」

まだ死体のそばに片膝を着いたままだったイエロー・ナイトも、確信したかのように立ち上がった。

「 行くよ、ジェイ 」

パープル・ナイトに声を掛けられたジェイは、あからさまに眉をしかめた。

    下を見ないようニアルアース・ナイトに近付き、そして、意を決したように、おずおずと右手を差し出した。

「 目をつむって行くからさ、パープル、手を引いてくんない?」

「 はァ!? なに甘えてんだジェイ! ふざっけんなよな!!!」

イエロー・ナイトが目を吊り上げて声を荒げる。

「 ごめん、王子で …… 」

能力ちからを持っていなくて、とまでは言葉に出来ず、きゅっと唇をめる。

    全くよォ …… とブツブツつぶやいているイエロー・ナイトに若干じゃっかん苦笑したパープル・ナイトは、ジェイの手を引いた。

「 とにかく急ごう。今夜の計画を村長に伝える。だからジェイ、目を開けても大丈夫になったら言うから、そこからはスピードを上げるよ?」

「 分かった!」


    陽がだいぶかたむいてきた頃には、3人はすでに村長の家に着いており、パープル・ナイトが今回の悪魔の動きについて、説明を終えたところだった。

「 まさかこんなに早く、それもニアルアース・ナイト様にご対応頂けるとは …… 」

高齢の村長を始め、集まった10人の村の男たちは、感謝と安堵あんどのためか、深々と頭を下げて涙を流していた。

「 いえ、当然のことですから、どうかお顔を上げてください 」

パープル・ナイトは穏やかな微笑みを浮かべ、村長のかたく握られたこぶしの上にそっと手を置いた。

「 我々は最悪の事態を想定して来ました。亡くなられた方々は残念ですが、これ以上の被害はふせぎます。アナバスへの通信ポストで知らせて頂いたことが、賢明けんめいなご判断でした 」

その言葉に、村人たちは更に泣きくずれた。

「 村の若いしゅうをポストに走らせたのです。ここから街へは距離がありますから …… 」

( そうか、それで要請が届いたのが昼過ぎになったのか )

イエロー・ナイトはそう思いながら、そっと村人たちを見回した。

    悪魔による被害を受けた者たちの、大きな悲しみが伝わってくる。昨日の夕方まで共に笑い合っていた仲間が、一晩明けてみれば変わり果てた姿になっていたのだから。

「 村長、皆さん。もし今夜も悪魔が来るとすれば、それは昨夜より早い時間に来ると覚悟してください。何故なら今回の悪魔は、我々に知られないよう、素早すばやくことをげて立ち去らなければならないからです。もしかしたら我々がすでに動いているかもしれないと、念頭に置いている可能性もあります。これから成すべきことを話すので、どうかご協力ください 」

パープル・ナイトはえて、下級悪魔が群れで襲って来ること、そして同じ場所で2度狩りをする習性があることについては、一切話さなかった。

    能力を持たない一般人にしてみれば、悪魔の強さなど関係ない。常に悪魔は捕食者であり、自分たちは捕食される側という、決してくつがえることの無い図式が成り立っている。

    そこへ、悪魔が単体でないことや、悪魔の習性を話したところで、ますます村人たちの恐怖心をあおるだけだ。

    パープル・ナイトは、これから村人たちの取るべき行動について話を進めた。


    まず第一に、無事生き延びた村人の家に、夜を迎えるための明かりをつけること。これは、悪魔がもう襲って来ないだろうと通常生活をしていること = 悪魔討伐のために誰も来ていないと、間接的に信じさせるためのものだ。

    第二に、明かりをつけた後はすぐに自宅をはなれ、村から少し離れた集会所へと移動すること。村人が全員避難するまでイエロー・ナイトが待機、確認出来次第、集会所の明かりを消す。万が一それまでに悪魔が襲って来た場合は、村で悪魔を迎え撃つパープル・ナイトが、逃げ遅れた村人を集会所へとみちびく。下級悪魔の気配ならば、ニアルアース・ナイトには容易に感じ取れ、村に近付いて来ることも察知出来るからだ。

    そして最後に、おとりの必要性。群がる下級悪魔たちを素早く一網打尽いちもうだじんにするために、最初に目を付けられる村人が必要となる。

    当然ニアルアース・ナイトにとって下級悪魔など相手にならないが、群れで来る悪魔たちが散らばれば、如何いかに小さな村であろうと、1人ずつ倒して回るのに多少の時間は掛かる。何しろ昨夜の被害人数から推測するに、最低でも20人前後の悪魔が来る。囮を家の外に置いておけば、下級悪魔ならばまずそちらに目を付けるはずだ。

    また、この村を目指してやってくる下級悪魔全てを、村に入る前に迎え撃つ方法もあるが、それにもわずかなデメリットがある。

    万が一にも近くを上級悪魔やそれに近い中級悪魔が通りがかった場合、村人が身をひそめている集会所を面白半分で襲ってくる危険性があるからだ。そうなった場合、もし相手が上級悪魔だったなら、ニアルアース・ナイトが二手ふたてに別れていれば、必ず村人の何人かは殺されたり傷を負わされるだろう。

    悪魔にとってはかぐわしい血のにおいが、他の悪魔を引き寄せる。今までにも、被害者たちを守りながら交戦していた際に、その悪魔よりも強力な悪魔が割り込んで来たケースが多々あったからだ。

    故にニアルアース・ナイトは、村人の近くで安全且つ確実に悪魔たちを一網打尽いちもうだじんにする方法を選んだのである。

「 で、では …… 囮になる者は … 死を意味することとなるのでは ……?」

ざわつく村人と村長の不安をかき消すかのように、パープル・ナイトはにっこりと微笑んだ。

「 ご安心を。囮にはこの者がなりますので 」

と、小1時間程度の正座で足のしびれを気にしていたジェイの背中に手を回す。

「 …… っは!?」

突然振られた話に、頓狂とんきょうな声を上げる。

    その隣りではイエロー・ナイトが笑いをみ殺し、村人たちにそれを悟られないよう小刻こきざみに肩を震わせながらうつむいていた。

「 あ、あの …… 失礼ですが、そちらの方は … 」

心配そうにジェイを見遣り、村長がおずおずと口を開く。

「 この者は、アナバスの兵士見習いです。心配には及びません。それに、」

とパープル・ナイトは続けた。

「 この者はすぐには殺されません。この容姿ですから、悪魔でさえも魅了みりょうされます。万が一逃げ遅れた方がいらっしゃっても、ある程度の時間は稼げますので 」

┈┈┈┈┈ 確かに!

村人たちは大きくしっかりとうなずき、この計画を、この場に居ない村人たちに伝えながら、避難準備を始めた。


( なんだよ、なんなんだよ、パープルの奴っ! 俺は王子だぞ!? なのに守る気全然ねぇじゃん!)

    そんな不満といきどおりとは裏腹に、ジェイは1人、村の中を歩かされていた。

    あのあと3人になった時に猛烈もうれつに抗議したのだが、当然のごとく全く取り合って貰えなかった。それどころか、村人の真夏の普段着である、袖無そでなしの羽織はおりを腰紐こしひもで結び、腰布こしぬの膝上ひざうえになってしまう服に着替えさせられた。

    今の時期だとこの服装でもまだ通用する上、実際に、集まっていた村人の中にも同じ服装の初老しょろうの男性が居たのだから、何もおかしいことは無い。

    ただ、中性的なジェイが着ると、あらわになったしなやかな腕や足が、誰の目にもとてもなまめかしく写るのは、仕方の無いことかもしれない。

    だが、ジェイ本人に全くその自覚が無いことがさいわいし、パープル・ナイトの作戦はほぼとどこおりなく立てることが出来たと言える。


    ザワザワと嫌な風が吹き荒れた。

来たな、とパープル・ナイトはジェイが見える位置で待機するが、肝心かんじんのイエロー・ナイトからの通信が来ない。つまり、村人がまだ全員避難出来ていないということだ。

ギリ、と歯を食いしばった瞬間、

「 ひゃあっほーう! 俺が一番乗りだァ!!!」

木々の間から屋根を伝い、盗賊のようなで立ちをした悪魔があらわれたかと思いきや、ジェイの首を押さえ付け、そのまま家の壁に激しくたたき付けた。

「 …… ぐっ!」

されるがままのジェイに、ふとその悪魔はピタリと動きを止めた。

後から村に入ってくる仲間をチラ、と後ろ目に見遣みやり、悪魔は素早すばやくその家にジェイを連れ込んだ。

    かたや最初に悪魔が乗り込んだと同時に、パープル・ナイトの耳にどこかから小さく短い悲鳴が届いた。ハッと気配を探り、たけの長いしげみになっている場所へ瞬時しゅんじに移動する。

( 子供だ!)

悲鳴の正体は、5〜6歳くらいの少女だった。親とはぐれたのか、1人逃げ回っていた様子でひどおびうずくまっている。

    パープル・ナイトは小さく舌打ちした。村人たちが避難して行く中で、この幼子おさなごの気配がまぎれて気付けなかった、自分の失態しったいを責める。

    そしてそのことにより、パープル・ナイトはジェイがとらえられた瞬間を見逃していた。

   

「 イエロー、幼い女の子を保護した 」

小声でバングルの通信機能を使う。

「 了解、最後の村人だ。ここの明かりは既に消してる。俺が村に出る、入って来た悪魔は9人、仕留しとめて行く 」

「 分かった 」

短い会話を終えた瞬間、少女をかかえたパープル・ナイトの姿は消え、入れ替わるようにイエロー・ナイトの姿が村に出た。ただその場所は、ジェイが引き込まれた家からは随分ずいぶんと離れた場所だった。


    ニアルアース・ナイトや兵士たち、すなわち能力ちからを持つ者は、 " 気 " と呼ばれる、他人の気配を感じ取る能力がある。

    " 気 " を感じ取ることは、能力者にとっては一番底辺に位置する、基本中の基本能力である。もちろん能力の強さに比例して、感じ取れる " 気 " の数は違うが、これにより、敵が何人いてどこにいるのかを判断し戦闘を行う。

    自分より弱い能力を持つ相手の気はたやすく察知さっちでき、逆に自分より強い能力を持つ者の気は、相手との能力の差により、かすかに感じ取れるか、最悪の場合は全く感知出来ないことになる。

    今、ニアルアース・ナイトは確実に悪魔たちの居場所全てを把握はあくしていた。


    一方、家の中に連れ込まれたジェイは、テーブルの上に上半身を叩きつけられ、仰向あおむけの状態で両手首を頭上で鷲掴わしづかみにされ、そのまま強い力で固定されていた。

「 んん〜? この家は明かりがあるのに不在かぁ?」

悪魔はキョロキョロと周りを見渡したが、すぐにジェイに目を戻した。

「 離せ!」

ジェイは悪魔に怖気付おじけづくことなく、真っ直ぐににらみつけた。

    しかしそれは、どうやら逆効果だったようだ。悪魔はにやにやと下卑げびいやらしい笑みを浮かべた。

「 お前 ……… 喰い物のくせに、随分ずいぶんと色っぽくて威勢いせいがいいなァ 」

「 はぁ?」

悪魔の言う意味が分からず、ジェイは眉根を寄せた。

「 お前みたいな上玉じょうだま、女でも見たことねェ。たっぷりたのしませてもらうぜェ。お前の身体をしゃぶりくしてよォ、お前から腰を振って、自ら俺を求めるようになるまでしつけてから、ゆっくりと喰らってやらァ 」

    テーブルに乗せられていない、床に足が着かない状態のジェイの両足を、悪魔は容易たやすく広げ、自身の体をり込ませた。これでジェイは足を閉じる事が出来ず、悪魔をることさえ出来ない状態におちいった。

    ジェイの首筋に、悪魔の生暖なまあたたかい息が掛かったかと思うやいなや、舌でべろりとめ上げられた。

「 ちょ… 、」

ジェイの全身に、ぶわっと鳥肌が立つ。

    悪魔の顔が近付いて来ただけで、そしてその息がかかっただけでも、ものすご嫌悪感けんおかんおそったのに、ましてや舐められるだなんてジェイにとっては初めてのことだった。

( アイツらっ、なにやってんだよ!!! マジで俺を見捨てるつもりか!? こんな頭のおかしなヤツ …… もう、限界かも ……っ )

    ハッとイエロー・ナイトは顔を上げた。ちょうど6人目の悪魔を倒した直後だった。村には残り3人の悪魔、だが、見張り役の悪魔たちの気配が、突然一斉いっせいに消えたのである。ただ、1人だけはまだ息があるようだ。

( 感じていた見張りの悪魔は12人。俺の動きを読んで、パープルが倒したのか? 村の悪魔は瞬殺しゅんさつ出来るからな )


「 ガ、ハッ……! 」

    突如とつじょ、悪魔の頭が何者かにつぶされ、そのまま宙に持ち上げられていた。

    ジェイを拘束こうそくしていた悪魔の手がはなれ、ジェイは咄嗟とっさに身体がずり落ちないよう、身を半身捻ねじって、テーブルに着いた両手に力を込めた。

「 あ ……… 」

    気付けば、悪魔の姿は一瞬にして真っ黒な炎に包まれ、まばたき一つの間に骨も残らず消滅していた。

    代わりに冷たくジェイを見下ろす、端正たんせいな顔立ちの漆黒しっこくの男がそこに立っていた。

「 なにを遊んでいる、ジェイ 」

「 ルトこそ …… なんでここに?」

疑問を投げかけながら、ジェイはゆっくりとテーブルから降りた。ふぅ、と一息つく。

「 さっきの体勢、かなりキツかったからさ …… 」

そして、目の前の男を正面から見上げた。

「 … なに怒ってんだよ?」

「 いいから俺の質問に答えろ!」

ルト、とジェイが呼んだ男は、思わず怒声どせいを上げてから、しかし、まるで自分を落ち着かせるかのように天井を一瞬仰あおいだあと、低い声で続けた。

「 お前はさっき、あんな低俗ていぞくな奴に何をされようとしていたか、その口から答えてみろ 」

    え? と、ジェイはきょとんとした表情で首をかしげた。

「 なにを … って、味見あじみだろ? 俺が美味うまいかどうかの 」

「 ジェイお前 ………… 」

愕然がくぜんとして一瞬大きく目を見開いた男は、大きなため息と共にジェイの腰を自分に引き寄せ、その肩にコツンとひたいを落とした。

「 頼むからいい加減に自覚しろ ……… 」

彼が発した小さなつぶやきに、

「 え、なんて? おい、… ルトアミス? 」

彼の言動の意味が分からず、そしてただただ今の状態に動揺どうようしたジェイは、

「 とりあえずもうイエローが来るから!」

と、自分でもよく分からない言い訳をして、彼からはなれようとした。

「 大丈夫だ、ときを止めている 」

「 え 」

すごいことをさらりと言ってのけ、ルトアミスは顔を起こし、ジェイのあごの下に片手を入れてクイッと持ち上げた。

「 お前が抵抗しないのなら、さっきの馬鹿がお前に何をしようとしていたか、今から丁寧ていねいに教えてやろうか 」

無表情且おどしにもた彼の言い方に、ジェイは少し気圧けおされた。

┄┄┄┄ が、

らねぇよ! 離せって!」

ルトアミスをしのけようとした瞬間、ジェイはさらに強く腰を引き寄せられ、くちびるを深く合わせられていた。

「 ん … っ」

まゆをしかめながらも一瞬瞳ひとみを閉じたジェイだったが、次の瞬間、思い切りルトアミスを押し返していた。

「 なんなんだよ、もう! さっきの悪魔といいお前といい、意味分かんないことばっか俺に押し付けんな!」

続けて、

「 さっさと行けよ 」

そう言い捨て、ジェイはルトアミスに背を向けた。

    ルトアミスはやり切れないようなため息を小さくついて、前髪をかきあげた。

「 …… すまなかった 」

低く呟くようにそう言って、ルトアミスはパチンと指を鳴らす。時を止めていた術を解除したことは、ジェイでも容易よういに分かった。

    ハッとジェイはルトアミスをかえり、気付きづけば彼の黒いマントのすそを両手でつかんでいた。

ルトアミスがわずかに半身をジェイに向ける。

「 ルト、あの、…… 助けてくれてありがとう 」

その言葉に、彼はふっと優しい笑みを浮かべ、しかし次の瞬間にはその姿は消えていた。


    「 ここにたのか、ジェイ! 一応聞くけど、大丈夫か?」

ルトアミスとほぼ入れ替わるように、イエロー・ナイトが走り込んできた。

    イエロー・ナイトの無責任な問いかけにジェイはムッとほおふくらませ、

「 ……… あぁ、この通りな 」

仏頂面ぶっちょうづらで答えた。

「 それより …… 見張りの悪魔の気配が急に消えた。今、パープルが調べに行ってるぜ 」


パープル・ナイトは、見張り役の悪魔たちの気配が消えた時、すでにイエロー・ナイトが残り3人にまで悪魔を始末しまつえていることから、もはや村人たちに危険がせまることは無いと判断して集会所を離れていた。

    当然、虫の息である悪魔が1人いることは分かっていたが、念のため、悪魔の気配があった場所を1つずつ回っていた。

    結果、パープル・ナイトが目にしたのは、木々から大量の血がしたたっている状態の、下級悪魔たちの残骸ざんがいだった。

    腹を切られ、飛び出た内臓の一部をみきに巻き付けられている悪魔、四肢ししすべてをもぎ取られ、胴体を大きな幹に串刺くしざしにされている悪魔、大小様々な肉塊にくかいだけになっている悪魔など、殺し方は違えど、流石さすがのパープル・ナイトでももよおすものがほとんどだ。

   それも、殺されたばかりの生々しい血のにおいがあたり一帯に充満じゅうまんしている。

    パープル・ナイトはその惨状さんじょうと血肉が発する特有の臭いをなんとかこらえながら、まだ息のある12人目の悪魔に近付いた。

    無数の木の茂みの細い枝が顔以外の体全体にびっしりと突き刺さっており、その肉体は枝葉えだはからわずかに見える程度しかない。

    かすかにビクッビクッと痙攣けいれんを起こしており、その表情は明らかに底知れぬ恐怖を物語っていた。

    まだ話せるだろうか、とパープル・ナイトは近くの枝に飛び移る。と、微かに口元が動いていることに気付く。

「 な、な……ぜ、ヒクッ、じ…、まを、す、る。オれ、は、ジ、ジヌ……クハッ…… 」

吐血とけつし、生きていること自体が不思議な状態だ。あと数分も持たないだろう。パープル・ナイトは無駄だろうと思いつつも、問いかけた。

「 ここで何が起こったの?」

その声が下級悪魔に届いたかは分からない。分からないが、次に悪魔の口から吐き出された言葉は、衝撃的しょうげきてきなものだった。

「 ガ、グ、グ、な…ぜ、なぜ、ル、ルル……ミス、ゲボッ、…じゃ、まを、われ、ラ、しょくじ、ル、ミス、……し、も、べ………が 」

下級悪魔はそこで息絶いきたえた。

血走ちばしった両目を大きく見開いたまま。

    そして、悪魔のその最期さいごの言葉に、パープル・ナイトは背筋がこおるような感覚を覚えた。


    なんとか動揺をかくし、パープル・ナイトは集会所へ戻った。

    昨夜に続き今夜の悪魔襲撃に、疲弊ひへいを隠せない村人たちが、眠ることもままならず恐怖にふるえていた。朝にはまだまだ時間がある。

    すでに服を着替えたジェイと、息一いきひとみだれていないイエロー・ナイトがそこに居た。

「 パープル、村の方々には報告済みだぜ。… とは言っても、すぐには恐怖はやわらがないだろうけどな 」

「 そうだね … でも、ありがとう。それで、今後はどうされるって?」

「 ああ、今回亡くなった方々のとむらいをしながら …… なんてーのかな、その方たちを置いてこの地を離れられないってな 」


    今回のように、村や町全体が悪魔の被害に合ったり、例え1人、つまり個人でねらわれた場合でも、救済にあたった兵士から管轄かんかつの王族への被害状況や発生場所、悪魔の階級などを報告をすることは、全星で義務付ぎむづけられている。

    それに加え、被害者(生存の場合)やその親族、近隣住人、被害場所に遭遇そうぐうした人々などの転居希望の申請も可能だ。

    兵士たちがその希望者を取りまとめ、移住申し立てを代理申請することにより、王族から同星内にいての転居許可が与えられる。

    今回は村人全員が、同じこの土地で暮らして行くと決断したようだが、過去に見てきた被害者の中には、転居を希望する者は決して少なくはない。


    長老がジェイたち3人の前に進み出た。

「 最後にお助け頂いた幼子、リーヌは、昨夜両親を亡くしたのでございます。皆で代わる代わる様子を見ていたつもりが、ここに来るまでにはぐれたようで、申し訳ございませんでした。…… 今朝から口がきけなくなっております。本当にお助け頂いて、何とお礼を申し上げて良いのやら …… 」

自分たちがこの村に来た時から今にいたるまで、終始しゅうし涙を見せる長老に、パープル・ナイトはにこりと微笑ほほえんだ。

「 必ず全員お守りすると、お約束しました。礼など、とんでもないですよ 」

    ふと、ななめ後ろからパープル・ナイトの様子を見ていたジェイは、彼の顔をのぞき込んだ。

「 どうしたんだよ? なんか、真っ青な顔してる?」

心配そうにそっと指摘してきされ、パープル・ナイトはハッとした。

どうやら先程さきほど見てきたおぞましい光景は、いくらパープル・ナイトでも、すぐには消化出来なかったようだ。

    長老にバレやしなかっただろうかと危惧きぐしたが、おそらくはジェイとイエロー・ナイトにしか分からない程度には取りつくろえているだろう、とパープル・ナイトは思った。

「 イエロー、ごめん、至急しきゅうアナバスに連絡して、事後処理の要請をお願いしてもらってもいいかな?…… なるべく討伐とうばつ経験の多い兵士を、ねんのため12人ほど 」

「 え? 事後処理って …… なんの? 俺はヤツらの死体が残らないよう、霧散炎上むさんえんじょうさせたぜ?」

そう答えてから、イエロー・ナイトは、まさか、と続けた。

「 パープルが調べに行った見張りの悪魔、確か12人だよな。炎上してなかったのか? てか、何があったか分かったのか?」

途端とたん、パープル・ナイトは口元くちもとを押さえて両膝りょうひざを着いた。12人それぞれの殺され方の違い、そしてその全てが残虐極ざんぎゃくきわまりないもの。あの異様いような光景はただの殺戮さつりくだった。最後の悪魔の言葉が本当なら、殺した下級悪魔の後始末などする理由わけがない。

    イエロー・ナイトの言葉によって、その光景が鮮明に思い出され、パープル・ナイトは必死で吐き気をこらえる。

「 ごめん、それについては、帰ってからで …… 」

そう途中まで言葉にしてから、パープル・ナイトは自力でゆっくりと立ち上がった。

「 …… ほんと大丈夫かよ?」

ジェイが不安げにパープル・ナイトを見上げる。

    大丈夫、と答えるかのように、彼はジェイの頭にそっとれ、そして覚悟を決めたようにイエロー・ナイトに向き直った。

「 ごめん、さっきの言葉は撤回てっかいする。ただ、イエローにも手伝って欲しい。ちょっと俺1人では、精神的に少し … 持ちこたえられそうになくて …… 」

「 え? そりゃもちろん付き合うけどよ …… 」

戸惑とまどうようなイエロー・ナイトの言葉に、パープル・ナイトはクスと自虐的じぎゃくてきな笑みを浮かべる。

「 俺がどうかしてた …… 。あんな地獄絵図状態の後処理を、アナバスの兵士にやってもらおうだなんて。…… ニアルアース・ナイト失格だな 」

そして、真っ直ぐにイエロー・ナイトを見据みすえた。

「 俺たちにしかあの死体は片付けられない。イエロー、正直に言うよ。今まで俺たちが見てきた、悪魔の餌食えじきになった犠牲者の方々の遺体いたいとは全く比べものにならない、吐き気すらもよおすほどの残骸ざんがいに、見張りの悪魔たちはなっていたんだ 」

それを聞いたイエロー・ナイトは、ゴクリと生唾なまつばを飲んだ。

┄┄┄┄ が、

「 状況は分かった。パープルがキツそうな理由もな。よし、一緒に片付けに行こうぜ!」

ニッと強い眼差まなざしをパープル・ナイトに見せ、彼の背中をポンポンとたたいた。


    集会所に1人留とどまったジェイは、村人たちの様子を1人1人、ゆっくりと見渡した。

後からこの場所に合流したジェイも、やっと真っ暗な広い集会所に目が馴染なじみ、全体が見えるようになっていた。

    もはや悪夢は過ぎ去ったとはいえ、村人たちは家族や仲間の命を一瞬のうちにうばい去られ、まだその現実を受け入れられずにいる者がほとんどだろう。

    暗い影が、彼らの心の内に大きな広がりを見せていることは明白めいはくだった。

    ジェイは長老のもとに行き、静かに声を掛けた。

「 ここの明かりは、どこでつけられますか?」

あぁ、と長老は小刻こきざみに震える手で入口を指差した。

    恐らくは老体と恐怖による手の震えだろう。ジェイは村を支えてきた長老のしわだらけの腕に、あたたかな眼差まなざしを向けた。そして立ち上がり、明かりをともすボタンの場所から、村人たちに声を掛けた。

「 少し、明かりをつけたいと思います。一度目を閉じて頂き、少しずつ開けて目をらしてくださいね 」

ジェイのんだやわらかな声が、集会所にひびき渡った。

    村人たちが一度閉じた目を再び開いて最初に目にしたものは、先程の声の主、ジェイであった。

   人工的な光とはいえ、紺碧こんぺきの髪やたまのような肌の色、深い勝色かついろの瞳を持つジェイに、皆は思わず息を飲んだ。

    最初にジェイと対面した長老や男衆おとこしゅうでさえ、まさかここまで美しい青年だったとは認識していなかった。パープル・ナイトの後ろにひかえていたジェイをおとりに使うと説明された時には、既に陽が落ち薄明うすあかりだったせいもある。

    誰もがジェイの一挙手一堂いっきょしゅいちどうを、固唾かたずんで見ていた。目が離せなかった、という方が正しいかもしれない。


    ジェイはゆっくりと長老の前に正座し、身をただした。

そして、静かな口調で話し出す。

「 皆さん、夜明けまでにはまだ時間があります。どうか今夜はこの集会所で、皆さん全員でお休み頂くことをおすすめします。

悪魔はニアルアース・ナイトが確実に除去しました。ですが、まだ恐怖や悲しみ、心痛しんつうは長引くことでしょう。これからも特につらい時は、皆さんで集まって、たくさん話をしてください。くなられた方々のお話も、たくさんしてください。そこで涙があふれても、それはとても自然なことです。決して1人でかかえ込まず、かなしみを隠さないでください。

朝にはがアナバスの兵士たちが、破壊された住居などの補修のお手伝いに参ります。ですが、他にもこちらでご協力出来ることがあれば、遠慮なくおもうし付けください 」

    パープル・ナイトの柔らかな話し方とはまた違った温かさを持つ、心に澄み渡るような美しい声だった。

あとは … 、とジェイは更に続けた。

「 皆さんがこの地にとどまると仰ったその意志を、我々は心から尊重致します。並大抵のおもいではそのご決断は下せません。被害者となった31名の方々のご冥福めいふくを、せつにお祈り申し上げます 」

    一つ一つの言葉をゆっくりと丁寧にべたあと、ジェイは村人たちに向けて深々と頭を下げた。

「 あ、の …… もしや、もしや貴方様あなたさまは、」

長老がなんとか言葉をしぼり出すのと同時に、村人全員も、まさかと、生唾を飲む。

    しかしジェイは、そんな村長の言葉をあわててさえぎった。

「 あ、すみません! 見習いなのにえらそうなことを ……! でも、悪魔の被害を乗り越えて前に進もうとしている皆さんを見ていたら、俺も頑張ろうって思ったんです 」

先程の真摯しんしな表情や話し方とは打って変わり、ジェイはあどけない笑顔を見せた。

    村人たちはジェイの笑顔と言葉に、やっと少しばかりの安堵の表情を見せた。

    ジェイは彼らの強張こわばっていた表情が少し和らいだことを確認し、集会所の入口へ向かった。歩きながら、ニアルアース・ナイトの持つそれとは大きく異なった、かなり細いバングルから直接アナバス城へと回線をつなぐ。

    今回の件を簡単に説明したあと、朝日が昇る頃までにはこの村に来て、補修作業と村人たちのケアを行なうよう指示を出す。また、3日間この任務を続けることと、そのために派遣する兵士は引き継ぎをして交代制で行うことの許可を与えた。

    通信を終えたジェイは、明かりのボタンに手をかけた。

「 明かりを消しますね!ニアルアース・ナイトが戻り次第、我々はここを去りますが、どうかお休みになっていてください。アナバス兵も十数名、こちらにうかがう準備をしていますので 」

    言い終わり村人たちを優しい瞳で見回してから、ジェイは集会所の明かりを消し、再び暗闇が辺りをおおった。

    しかし、今まで村人に恐怖と不安の影を落とし続けていた闇は、少しではあるがうすらいでいるようにジェイは感じた。



アナバス城に戻ったジェイたちは、パープル・ナイトの希望で、ジェイの部屋で休養していた。

    城の中でも特に厳重な警備が敷かれ、ジェイの部屋に続く廊下を行き来出来る者は最小限の人数と、それを許された者だけに限られている。

    つまり、いくら平和なアナバスにあっても、ジェイの部屋は一番情報がれることのない場所である。


    村の集会所で待つジェイの元にニアルアース・ナイトが戻ってきた時、やはり下級悪魔たちの惨殺死体は、今まで彼らが見てきた " 悪魔が喰い散らかした人々の死体 " とは全く比較にならない、トラウマになりそうなレベルであったらしい。

    とりあえずは淡々たんたんと悪魔たちの残骸を霧散処理してきたのであろう。2人が精神的にも肉体的にもかなり参っているのは、一目瞭然いちもくりょうぜんだった。

    アナバス城の専属医に処方して貰った安定剤を飲み、ジェイの部屋のダブルベッドに、ニアルアース・ナイトは2人して横になっていた。

    こちらのベッドはジェイ自身が利用することは無く、たまにニアルアース・ナイトどちらかが利用している。言い換えれば、それほど3人の仲の信頼度が、身分を超えて高いということだ。


    パープル・ナイトは、まだ息のあった下級悪魔の最期の言葉、恐怖に戦慄わななきながらはっしていた、つぶやきとも取れる言葉を、ジェイとイエロー・ナイトに伝えた。

    〝 ルトアミス 〟とも取れる途切とぎれ途切れの単語と、最期の〝 しもべ 〟。こちらはハッキリと聞き取れた。

「 それ …… もう確定だろ? 最上悪魔ルトアミスの下僕しもべられたってことだろ …… 」

イエロー・ナイトは張りのない声でそう言って、更に続けた。

「 本人が居たかどうかは不明だとしてもよ …… 下級悪魔たちは突然、何らかの理由でルトアミスの下僕しもべられた …… そーゆーことだろ? 」

「 でも …… 最上悪魔の下僕しもべが下級悪魔を相手にするかな?」

「 んー、だいたい最上悪魔と下僕しもべのことなんてよく分からねーから、今、俺たちが考えても答えは出ねぇし、仕方ないことかもだけどなー …… 」

    ニアルアース・ナイトが下級悪魔惨殺のことについて話をしているのを、ジェイは自身のベッドの上で片膝を抱え、静かに聞いていた。

「 そう言えばジェイ 」

イエロー・ナイトに話を振られたジェイは、

「 んー?」

と、彼らの方を見ることなく、返事をする。

「 お前は何も見なかったか?お前、俺が村に入って来た悪魔を倒して行った時、最後の悪魔の気配がある家に居ただろ?」

「 俺は … 」

と、ジェイはそこでニアルアース・ナイトに目を向けた。

「 一番最初に大声上げて入って来た悪魔につかまってたんだ。そのまま家に引きずり込まれて、なんかよく分かんないこと言われてさ。とにかくめちゃくちゃ気持ち悪いことされて。

…… お前ら全っ然助けに来ないから、俺マジでどうしようか、すんごいあせってたんだけど!」

ぷいと不貞腐ふてくされたように、ジェイはまた彼らから視線をはずした。

    あ … 、とニアルアース・ナイトはたがいに顔を見合わせる。そして、おそおそるイエロー・ナイトはたずねた。

「 ま、まァそれはあやまるけどよ …… 気持ち悪いことって? お前、有り得ないとは思うけど、何か変なことされてないよな???」

「 されたって!!!」

ジェイは勢いよくベッドの上で立ち上がった。

    その言葉といきなりの大声に、ニアルアース・ナイトは、えっ!?とジェイを見上げた。

「 悪魔に首をめられたんだからなっ!? 気持ち悪くて鳥肌立ったっつーの!」

そう続けたジェイに、

「 な、なんだ … 、ビビらすなよ、それだけか …… 」

ニアルアース・ナイトはホッと安堵の息をつく。

    そんなイエロー・ナイトの顔面がんめんに、ジェイが投げつけた枕が命中した。

「 悪かったって!」

慌てて謝るが、ジェイの怒りは収まらない。

ベッドに仁王立ちして、声をらげた。

「 ほんっと、俺をおとりに使うとか! 有り得ねーんだけど! 俺はすぐには殺されないとかさ、あァ確かにパープルの言った通り、殺されなかったぜ!」

「 それは … うん、ごめんジェイ ……… 」

今はどんな言い訳をしても仕方がないと判断したパープル・ナイトは、素直に謝った。

    はァ、と勢いをがれたジェイは、ベッドに横になり、天井を見上げた。

   

    全星の人々が最も恐れ、そして悪魔からは畏怖嫌厭いふけんえんされているのが、7人の最上さいじょう悪魔だ。

そして、その最上悪魔の中でも特に1、2を争う能力ちからを持つのが、ルトアミスとファズであり、多くの一般住人たちでさえ、最上悪魔7人の名前はインプットされている。

    ただ、とにかく最上悪魔に関する情報は少ない。ゆえに、当然顔も公開されてはいない。

    しかし、アナバス兵にだけは、わずかに入手出来た最上悪魔の姿が公開されている。他の悪魔とは異なり、はっきりと顔をとらえたものこそ無いが、それでもマシな方である。それほど最上悪魔の情報を得られる機会などまず無いのだ。

    頂点に立つルトアミスとファズが直接ぶつかったことは無いと推測されてはいるが、その能力はほぼ互角と噂され、 " 双璧そうへきの悪魔 " としょうされている。

    また最上悪魔には、下僕しもべと呼ばれる、彼らの手足となって動く悪魔たちが常に付きしたがっている。彼らが従える下僕の数は未知数であり、その能力も分かっていない。

    ただ唯一分かっていることは、下僕しもべと呼ばれる悪魔たちは、己が認めたただ1人の最上悪魔にのみ、純粋に付き従っているという情報だ。他の悪魔とは全く異なる性質を持ち、自身が悪魔の中で認められたいという欲は無く、己の全てをその最上悪魔にささげる、言わば命を落としてまでも最期さいごまでおのれの最上悪魔にくす。

    アナバスでの、悪魔を研究する部署の一部の者たちからは、下僕は上級悪魔さえ上回る能力を持っているのではとの声も上がっているが、それはあくまでも推測の域を出ない。


「 …… ルトアミスは、あの村に居たんじゃないかな 」

    ぼそっと呟いたジェイに、ニアルアース・ナイトはゆっくりと体を起こした。

    ジェイは相変わらず天井を見上げたまま、続けて言った。

「 だってさ、よく分からないけど … 下級悪魔はルトアミスの下僕しもべられたって言ってるんだろ? だとしたら、下僕しもべがその主人である最上悪魔の知らない所で勝手な行動を取ることは、御法度ごはっとなんじゃないかなって思ってさ 」

ニアルアース・ナイトは互いに顔を見合わせた。

「 確かにそれは考えられるよなぁ。…… けどよ、だったらなんでルトアミスみたいな大物が、あの村に居たんだ?」

ゆっくりと再びベッドに横になったイエロー・ナイトは、当然の疑問を口にした。

    何せ、あの村にルトアミス本人が居たとしても、そして悪魔の底辺である下級悪魔を殺した下僕しもべにしても、メリットは皆無かいむのはずだ。

    その証拠に、村人は誰一人喰べられていない。そして、ニアルアース・ナイトとも一切遭遇していないのだから。

「 そんなの俺に分かる訳ねぇだろ?」

そう答えたジェイを見て、パープル・ナイトも再びベッドに体をゆだねた。

    彼は、もしかしたらルトアミスはあの村でジェイと何かしらの接点を持ったのではないかと、ひそかに考えていたのだ。

    この位置からではジェイの表情は全く見えないが、先程のジェイの言葉から、その可能性は単なる自分の憶測おくそくに過ぎなかったのかと、彼のかんが大きくらぐ。深く考え過ぎだっただろうかと。

    気付けば、隣りでイエロー・ナイトは寝てしまったようだ。つい今しがたまでジェイと会話をしていたのに、と、パープル・ナイトは苦笑した。

    今回の任務には、全く想定すらしていなかった最上悪魔ルトアミスが、何らかの理由で関わっていた。それによる下級悪魔の残骸処理の負担は、イエロー・ナイトが半分背負せおってくれたからこそ成しげられたといっても過言かごんではない。

    互いの仕事以外ではほとんどの時間を共に過ごし、ニアルアース・ナイトとしても友人としても、気の合う信頼出来るパートナーである。

    パープル・ナイトはそのことを、今回の件によって強く再認識し、彼が " イエロー・ナイト " で本当に良かったと心からその有り難さを噛み締めた。


    ジェイは両腕を枕替わりにして、ぼんやりと天井を見つめながら、ルトアミスのことを考えていた。

    ( あの時、あのタイミングでルトが現れたのは、果たして偶然なんだろうか。城外に出れば、高確率で彼と遭遇するのは何故なんだろう。偶然にしては、多過ぎる。ましてや最上悪魔は滅多に人前に姿を現さないはずなのに …… )

    そしていまだにあまりれなく苦手なのは、彼が毎回口付けをしてくることだ。

    最初は少し驚きこそしたが、互いの唇が軽く触れ合うものだったため、悪魔同士のスキンシップなのかと思い、ほんの少しずつではあるがその行為に慣れていった。

    しかし、徐々に唇が合わさる時間が長くなり、それに加え抱擁ほうようされながら唇を軽く吸われるようになったりと、口付け方が変わってきている。

    そしてここ最近、突然口の中に彼の舌を入れられたのだ。

さすがにジェイは驚いてルトアミスからのがれようと身を引いたのだが、片腕で強く肩をつかまれ、ジェイより大きなてのひらで首下から下顎したあごにかけて彼の望み通りの角度で固定され、強引に口内こうないおかされた。

    ルトアミスが村でジェイを助けた時も有無うむを言わさず舌を入れられそうになり、それでジェイは慌てて彼から離れたのだ。彼の舌を入れられる深い口付けを拒否することが出来たのは、2回目となる今回が初めてだった。


( ルトは …… 何が目的で俺に近付くのかな ……… )


    そう考えを巡らせていると、徐々に襲い来る睡魔に勝てなくなり、ジェイはベッドにやんわりとその玉姿ぎょくしを沈めた。



┄┄┄┄  完  ┄┄┄┄ 



    現在、【2】巻まで公開中。ジェイのアナバス城内での様子を書いているのと、ルトアミスとの絡みが増えます。

    【3】は悪魔界へ行く話で、前編後編に別れる予定で、執筆中です。


次巻もよろしくお願い致します。                                                           

舞桜

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アナバスと神々の領域【1】 舞桜 @MA-I

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