第40話


 お父さんも交えて話をしようと言われたが,とても丸く収まるとは思えなかった。結局晩御飯も食べず,お父さんの顔をもいることなく自室にこもり,顔を合わせないように学校にきた。親にも見放された。視線も必要以上に感じる。周りに見方はいないように思えた。どうしてもこの不安感を誰かに共有してほしかった。大丈夫だよと言ってほしかった。私にそういってくれるのは,菜々美しかいない。学校に着いたら菜々美に話そう,そう決めていた。

 いつもより早く着いた教室に菜々美の姿はなかった。荷物を置いて,廊下の窓から校門の方向を眺める。まばらに人が自転車をこいでいるが,顔の識別はつかない。ありのような大きさでぞろぞろと人が行き来しているが,それでも菜々美がいたらわかる気がした。


「なーにたそがれてんの?」


後ろから声をかけられた。顔を見なくてもわかる。菜々美だ。ちょうど廊下の窓に顔を出すのと入れ違いで登校してきたのだろう。残暑が残る暑さの中自転車をこいできたからか,額にはわずかに汗をかいており,髪の毛がへばりついていた。菜々美の顔を見ると自然に涙が浮かんできた。


「ちょっ,なに泣いてんのよ。私が泣かしたみたいじゃない」

「菜々美~。会いたかったよ~。今日一緒に帰ろ」


気持ち悪っと口では言ったものの心配そうな顔つきで私を見つめ,一緒に帰ることを承諾してくれた。



 しかし,その日私は人を信じることが出来なくなった。信じていたのに。あれだけ信頼を寄せていた人に裏切られることになるなんて。私を支えていたものが崩れ落ちた。そんな一日となった。

 菜々美と一緒に帰ったその日,昔帰り道でよく使っていた公園に寄った。ベンチを覆うように木の葉が生い茂っており,暑い日でもくつろぐのに最適で重宝していた。

「見てほしいものがあるんだ」

つぶやくようにそう言って,かばんの中から例の封筒を出した。一枚の写真が入った茶封筒。お母さんに見せるか見せないかでさんざん悩みに悩んだ後が,汗と皺となって刻まれていた。その茶封筒を菜々美に手渡した。菜々美はそれを開けるでもなく眺めると,視線を遠くの方へ移した。何かあるのだろうかと同じ方向を目にやったが,太陽が雲を隠したりまた出てきたりとを繰り返しているだけで特に何も見るべきものはない。話を聞いてほしかった私は菜々美を促した。

「その封筒の中身,開けてみて。私,ここ最近ずっと悩んでいることがあったの。菜々美なら聞いてくれるかなって」

すると,衝撃の言葉を菜々美は口にした。

「知ってるよ。その中身。写真でしょ?」

なんで知ってるの? 親と美月以外には言っていないのに。そう考えた瞬間,怒りで体温が上昇したのを感じた。エロがっぱ。あいつしかいない。あいつがクラスメイトに写真を見せたんだ。面白おかしく,小ばかにするように,見せしめにしたに違いない。そうでなければ私たち以外があの写真を見ることなどないのだから。

 言葉にならない怒りが体中を駆け巡る。頭の中の血管が血を巡らせているのが分かる。許さない。絶対に許さない。どうして人をこんなに傷つけることが出来るのか。何が面白いのか。犯人が分かったのなら,徹底的に戦ってやる。

「なんで封筒の中身を知っているの? って思ってる? その写真撮ったの,私だからだよ」

汗が引いていくのを感じた。夏の終わりを告げていた時季の風が,背中を無情に撫でて遠くの方へと去っていった。

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