第39話
全部話した。美月のこと。自分の気持ち。今の状況。怪しい人に付けられているかもしれないことも話したが,さすがに封筒の中のものについては話せなかった。
「それで,封筒の中身は何なの? あんなぺらぺらな薄いものにプリントやら手紙やら入っている訳ないじゃない。あんた,親のこと見くびるんじゃないよ。あんたのたった一人の親なんだから」
いつも適当なことを言って娘のことを放置しているかと思うと,本当に困っているときには私の助けになってくれる。これが私の母だ。
私の背中と背もたれにある封筒に手を伸ばした。
「触らないで!!!」
気づけば母の手を強くはたいていた。さっきまで頼りにしていたのに,このことになるとどうしても素直に打ち明けることが出来なかった。それは,自分の保身というよりは,大好きなお母さんを気付つけたくないという思いの方が強かったのかも知れない。どんなときでも私のことを応援してくれていたお母さんが,今度も私のことを応援してくれるとは限らない。私だったらどうだろうか。たぶん,娘が「女の人を好きになった」と言ったとしたら反対するだろう。少し前の私だったらきっとそう思う。私はお母さんに悲しい思いさせたくない。もうどうしたら良いのか分からなくなっていた。
お母さんなら,分かってくれる。そう思い,結局お母さんに写真を見せた。その茶封筒の中身を見るのは私も初めてではあったが,中身の検討はついていた。外れてくれたらよかったのに,やっぱり予想通り。
お母さんはしばらく呆然としていた。当然だ。娘が女の子と仲睦まじく抱き合い,キスをしているのだから。写真をソファの上に投げ出し,こちらを向いた。
「この人のことが好きなの?」
「うん。公にはできないけど,付き合ってる」
できるだけ抑揚のない声でさらっと口にしようとした。しかし,その思いとは裏腹に声は震え,乾燥した喉からはかすれた音がでた。
「きれいな人ね。きっと今だけの感情よ。なにか自分でも分からないうちに勘違いしちゃったのよね。すぐに普通の感覚に戻るわ」
「勘違いじゃない!私は本気で付き合っているつもり」
「つもりなのよ。だって,今まで普通に男の子と付き合っていたじゃない。あなたには普通な感覚が宿っているし,幸せな家庭を築けるの。一時の感情で間違った方向に進んだら,一生後悔するわ」
「何も分かっていないくせにやめてよ!! 一時の感情なんかじゃない!!」
「どうしてそんなことになっちゃったの。とにかく,お母さんは認めませんからね。その子にも,別れてもらいなさい」
もう知らない。そう言って自分の部屋に上がった。普通って何? 人を好きになるのに普通とか普通じゃないとかあるの? もしこの思いが一般的に認められないのなら,私は普通じゃなくていい。話したところで受け入れてもらえないことは想像していた。それでも,大好きなお母さんには認めてほしかったという思いが心の底にあった。
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