第38話

 ため息をつく。ソファに座り,ローテーブルに封筒を置いた。きっと,この中には写真が入っている。その写真には確実に私が映っているのだが,どこか私ではない感覚でもある。まだ自分のことを受け入れることが出来ていないのだろう。

 しばらくぼうっとしているとガチャっと玄関が開く音がした。恐怖で再び鳥肌が立った。なに,今度は。私が何をしたっていうの。玄関に確実に人の気配がする。まるで自分の気配を隠す様子もなく,ばれても良いという意思の表れだろうか。だとすると,私はこれからどうなるのだろう。逃げるということすら頭をよぎらず,私はただ,開かれるであろう扉をじっと見つめていた。すぐ無効に人がいる。扉に手をかけたのが分かった。


「・・・・・・お母さん。」

「何よ神妙な顔して。あんたやっぱりどこかおかしいんじゃない? 頭の勉強が関係ないところとか。」

「びっくりしたよ? 仕事は?」

「バカは病気にならないっていうけど,今日はあんまりにもおかしいから心配して早く切り上げてきたよ? 具合はどう?」


テーブルに荷物を置いてソファに腰を掛ける私に近づいてきた。視線がローテーブルの茶色い封筒に移る。


「なにこれ?」

「ああ,さっき菜々美が持ってきてくれたの。授業で使うプリントとか,連絡事項を持ってきてくれた。」

「まあ,菜々美ちゃんったら、家が近くなわけでもないのにほんとに優しい子よね。いいよね~若いのは。それどれ,どんな勉強しているのか見せてごらん。こう見えてお母さん,勉強はそこそこできたんだから。」

「だめだよ。絶対わかんないんだから。それに,手紙とかも入っているんだからさ。」


震える手で茶封筒を背中に回した。違和感のある行動に母が目を細めた。私の勉強や世生活に無関心な母が封筒の中身を確認しようとした。仕事も休みを無理やりとったのだろう。何かを気にしているに違いない。ただ,私にだって触れられたくないことはあるのだ。

 母は私の隣に腰かけた。


「茜。何かあるのなら,いってんごらん。」


じっと私の目を見つめていった。母の目を決して見ようとはしなかったが,しばらくの沈黙の後,口を開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る