シャッター音
「美月,話があるんだ。」
話をしながら,涙が頬を伝った。正直に自分の気持ちを伝えるのが,美月を前にしてですら辛かった。怖かった。自分がどれほど卑怯な生き方をしてきたかを思い知らされた。美月はどんな思いで私と菜々美の前で思いを告白したのだろう。そして,返事をもらうことすらできずに別れた。その時の心境と言ったらどんな言葉で表すことが出来るのだろう。取り返しのつかないことをした。なんてひどいことをしたのだろう。許されなくても仕方がない。どこまでいっても底が見えない深い溝が二人の間に生まれたかもしれない。それでも,もう私には逃げることは許されない。そんなことは自分が許さない。もしかしたら深くえぐれるような傷が私につくかもしれない。それはとても怖いことだった。ただ,私が本気だということだけが分かってもらえたらあとは時が傷をいやしてくれるだろう。そう信じるしかなかった。
恐る恐る美月の顔を見た。美月は無表情な顔を徐々に柔らかく崩し,口を開いた。
「分かってたよ。茜が私と同じだってこと。」
「どうして・・・・・・?」
「だって,私のことずっと見てた。それが興味とは別のところから来ているっていうのはすぐに分かった。私の体のことも見てた。他の女子のことは盗み見しないくせに私のことだけはときどきいやらしい目で見てた。駅にいるおじさんみたいに。スカートの中にスマホと一緒に手を入れるおじさんとお伊那路匂いがしたよ。まあそれはさすがに冗談だけど。でも,私にはすぐに分かった。だって,私も同じだから。」
普通の感覚で普通に生活していたら,自分が女の子にどのように見られているかなんてそんなに意識しない。おしゃれだとか,かわいいだとかは思うことはあっても,性的な目で見られているだなんてだ絶対に考えない。実際に私はそうだった。それでも美月は気付いていた。それは美月に女の子をそんな目で見る性質を持っていて,そして私も同じくその感覚を持っていることを意味していた。
私は怖いもの見たさで聞いてみた。仕方がないと割り切っていながらも,怯える気持ちもあった。
「美月,私美月のことが好きなの。でも,どうしたら良いのか分からない。こういう時は・・・・・・どうしたらいいのかな」
「どうしたら良いのかなんて誰にも分からないよ。でも,自分の思うとおりに生きたらいいんだと思う。だって,自分の人生なんだから。親を泣かせるのは悲しいけどね。私は何度も泣かせてきた。茜にはその覚悟がある?」
そう言いながら美月は私の腰に手を回しながら顔を近づけてきた。親を泣かせる覚悟があるか,と言われても私にはよく分からない。でも,もう自分の気持ちには嘘をつきたくない。そのことで誰かに咎められるなら,仕方がない。親に反対されるなら,説得するしかない。それでもだめなら・・・・・・,それでもだめなら,私はどうするのだろう。もうどうでもいい。私は美月に身を任せた。
私は美月にされるがままの状態だった。腕と共に絡んでくる舌を拒み切れず,上唇に吸い付いてくる感触に脱力する。いや,拒む理由なんてなかった。むしろ私はそれを求めてすらいた。歯の形に添って舌が張ってくる感触に鳥肌が立った。そしてそれをさらに求めている自分が大きくなっていくことにも気付いていた。手が胸元に近づいてきて,触れてきた。同じことをしてやろうとしても,身体がうまく動かない。私は受け身の状態でそこにい続けることしかできなかった。腕が私の胸をまさぐってくる。夏服の上からなので手の感触がじかに伝わってくる。冬は女の子を二割増しにかわいくするけど,人と肌を重ねるなら夏がいい,そう思った。
不意に,ここが公共の場であるということに思い至った。だめ。これ以上はできない。私は美月を押しのけて,顔を見つめた。押しのけたその行為自体は,嫌悪感を示すものではない。そのことは伝わっていると思う。美月は物足りなさそうな顔をしていたが,こんな人目のつくところでイチャイチャできないという私の思いを察してくれたはずだ。バカップルですら軽蔑の目で見られるが,女の子同士で抱き合ってまさぐり合っている姿を見られると噂になるだろう。結局私は,世間の目を気にしながら生きていかなければならないのだと自覚するとみじめになる。女の子を好きになるって恥ずかしいことなのだろうか。
美月はバス停まで見送ってくれた。バス停のベンチに座って最近の学校でのことを話したりしていた。ふいに美月が抱きついてきた。そのまま頬にキスをした。さっきのような濃厚さはないが,私は満たされていると感じた。もうすぐバスが来る。このまま一生バスが来なければ良いのにと思った。
これからはもっと素直になれそうな気がする。このまま何も気にせず,幸せな時間が続けばいいのに。でも,周りは私たちを自由にはしてくれなかった。
遠くでシャッター音がしていることに,私たちは気が付かなかった。
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