進路は北へ
明日は定期テストの一日目。
高校二年生にもなると,大学入試を意識するというのは私にしてみれば少し言い過ぎだが,受験勉強にせかせかしている先輩を見ると少しでも早くスタートを切らなければ自分も追い込まれてどうしようもなくなるのではという恐怖感もあった。事実,意識の高い生徒はすでに予備校に留年している生徒に触発されながら一年以上先の受験に向けて精を出していた。
そんな私たちの前に立ちはだかるのは,夏休みに突入する前の一学期最後の試験。
将来どんなことをしたいとかがあるわけではないけれど,安定した職について,子どもも授かって,それなりに幸せな暮らしをしていきたいだとかざっくりした思いはあった。正社員になって,福利厚生のしっかりしたところが一番っていうのが母さんの口癖だったから,「いつか」は勉強にも力を入れて大学に行こうと考えていた。もちろん,その「いつか」がいつくるのかは分からないが,いつかはいつかだ。そのうちにやって来る。私立大学だけは勘弁してくれと高校に入学したころから口うるさく言われていたこともある。国公立大学に入学して,私は子どもにそんなプレッシャーをかける親にならなくて済むぐらいの稼ぎは欲しいというのが今の私の夢と言ってもいい。
いろいろな思いが交錯して,特に今回の試験には力を入れて臨んで,満足の結果を残したいと思っていた。これまでのように赤点ぎりぎりをせめているようでは話にならない。公立大学の北大に行くと親に宣言した手前,定期テストごときでコケるわけにはいかない。
「茜~。明日の試験終わり一緒にうちで勉強しよ!明日の試験は何とかなりそうなんだけど,その次の理数系がどうにもならなくてさ。頼むよ,元理系!!」
薬剤師になりたいと考えていた時期もあって,二年生に進級するときには理系に進学しようと考えていた。しかし,実際には一年生が終わるころには全く理数系の科目についていけなくなり,薬剤師の夢は諦めて文系に進むことにしたのだ。私のあの高い志を汚いガムのついたような靴で踏みにじってステップを踏むようにしてなじるあの性悪根性はどうにかならないのだろうか。とにかく,菜々美は私がかつて語った夢と理系に進もうと考えた話を覚えていたのだろう。
だから実際には理系から文系に転校したわけではないのに,菜々美はいじらしくいじってきているのだ。しかし,明日は私が都合がどうしてもつかない。おじいちゃんの三周忌が当たっていて遠く離れた片田舎へといくことになっている。明後日は? というと今度は菜々美の都合が悪いようで,結局一緒に勉強するという話は流れた。お互いの健闘を祈りその日はそのまま別れた。
家に帰ると,母さんから,明日は三周忌が中止になった,という報告があった。喪主を務めていたじいちゃんの弟さんが体調が悪く,今回は見送ることになったらしい。こんなことなら菜々美と勉強会が開けたのに,と思ったが,今から約束を取り付けてもいいだろうと携帯電話を開くと,メッセージが一つ届いていた。
茜~! 明日,もし空いていたら明日家で勉強しない? たまたま菜々美にも会って聞いたけど,明日は急用が入っちゃったから難しいみたいだけど,茜はどう?
ナイスタイミングすぎる。菜々美は用事が入ったのか。何があるか分からないものだな,と思いつつ,二つ返事で美月のメールに了承の返信をした。美月の家にまた遊びに行けるのは楽しみだった。あの豪邸と豪華なおやつを想像するだけでよだれが溢れる。いや,目的は勉強だけれど,それでも美月の豪邸に行くという事実に変わりはない。菜々美には悪いが,私は美月と二人で勉強会を開くことになった。
バス停から少し進んだところにある道を入っていくと,閑静な場所に豪邸が建っている。
この場所に来るのは二度目だ。
前回と違うのは,私の隣に菜々美がいないこと。そして,美月と二人で家に向かっていることだ。
三時間の試験が終わったら帰宅なのがありがたい。
今日は菜々美が来れないということだから,今日のテストの報告会と別れの挨拶ぐらいはしておこうと思ったのだが,「12時までに店頭に行けば半額でチェーン店のハンバーガーが半額で食べられる」という誘い文句に押されてトイレに行った菜々美には何も言わないまま学校を飛び出す形になってしまった。
明日は事情を説明しないとな。いや,今日メッセージぐらいいれておこう。
そんなことを考えながら歩いていると,目の前のガレージ付きの立派な家が見えてきた。
玄関入ると,菜々美は急いで部屋へと促した。
なんだろう。
まるで何かに追われているみたいだ。
時間には十分すぎるほど余裕はあるし,おうちの人にあいさつだって済ませていないのに。
「急いで,ママに見つかっちゃう」
そんな言葉が美月の口から洩れた時,私は聞き間違いだと思い込んで聞き流していた。
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