過去〜美月side〜



 周りと比べた時,自分に違和感を感じるようになってからは,それなりに振舞うようになった。年を経るごとに周りとうまくやっていくことの必要性は多くなったが,なにより周りに迷惑をかけたくなかった。この世界はとにかく周りと強調して癖のない,我を通さない生活をしないと袋叩き似合う。とかく生きにくい。

 自分を抑えながら生活することにも慣れたせいか,中学生に上がるころにはかなり自分のことを許せるようにもなったし,同時に少しずつ周りにオープンに接することができるようにもなっていた。

 それは,周りから特異な目で見られることも同時に受け入れることではあったが,順応しながら少しづつ自分というものを出してきた甲斐もあってか特に学校で問題視されたり,親を呼び出されたり,連絡が行ったりするといったことは無かった。それがないだけで私はなんだって構わなかった。

 しかし,しょせん10歳とちょっとしか生きていない人間だ。全てのことを自分でするわけにはいかないし,自分が良いと感じているときには,誰にだって迷惑をかけることはないというものではなかった。特に親には。

 私が頑張っている姿を見るのが好きな母は,学校行事は欠かすことなく足を運んで見に来てくれていた。私はそのことを疎ましく思うことはなかったし,仕事にわざわざ都合をつけて来てくれるのは嬉しかった。年頃の女の子にしては珍しいことかもしれないが,私は親が好きで,自慢で誇らしくて,いつもそばにいてほしかった。私を見て微笑んでいてほしかった。よく頑張っているねって褒め続けられたかった。

 しかし,そんな毎日のなかにあった希望とも言えない望みは土台から音をたてて崩れていった。しょせん,地盤は緩んでいた危険区域にあったのに,そこにいる私にはその感覚がなかったのだから情けない。

 事件はその思い出したくもない参観日。

 明かさないと決めた秘密。

 茜と菜々美に語ることは許されるのだろうか。

 誰にも打ち明けないと決めるでもなく,心の奥底にしまった記憶。転校するまでは,自分の悩みは誰にも打ち明けない。苦しみは自分の中だけに存在したらいい。深く友達と関わりすぎない。自分のテリトリーに必要以上に踏み込ませない。そうすることが円満で誰も気付つけないことだと表いた。でも,今は心から居心地が良いと思える友達がいる。大切な人がいる。伝えたい人がいる。その事実は何よりも自分を強く支えてくれる気がした。

 不安な気持ちはあるけれど,心を許した友達には全てを打ち明けたいという気持ちが勝った。きっと,彼女たちは私を嘲笑したり,理解不能なものとして遠ざけたり,恐れて蔑んだりすることは無い。その信頼は私に一歩踏み出す勇気を与えてくれた。

 それでも,茜にまで言うべきかどうかは分からず最後までは悩んでいたのだけれども,言おう。


 私はどうやら女の子が好きらしい。正確には,女の子も好きになれる。それは,友達としてではなく恋愛対象としてだ。

 男の子を好きになったことはあるし,初めは女の子に魅力を感じるなんて考えても見なかった。あの子はかわいいなあぐらいに思うことはあっても,それが恋愛対象になることは普通はないのだと思う。私もそうだと思っていた。

 自分の身体が成長するにつれて,ほかの人の体にも目が行くようにもなった。

 自分はこうだけど,他の人はどうなのだろう。比較をしたり,優劣を付けたりするのは人間生きていたらあることだと思う。それが良い方向に働くことがあれば,悪い方向に働くこともある。

 私の場合は完全に後者だった。

 太っていたわけではないが,丸みを帯びていた身体がしまってきた。それと同時に平らだった胸の部分は少しづつ丸みを帯びてきた。大人の女の人は丸くなるものだと思っていたから,嬉しかった半面服を着てからも主張するようになったり,乳輪の先端を浮かび上がらせるのは恥ずかしかった。

 トイレに入ったら隣の個室に入った女子の音を気にするようにもなった。その音に興奮を覚えていたのは確かだし,そんな自分に罪悪感と嫌悪感を感じていてもいた。学校のトイレを使えなくなったこともあった。


 自分が他の人とは違う,と認めるのはつらかった。

 それは,〝キモイ″対象だった。

 私は”キモイ”と言われるようになった。

 それでもよかった。

 ある程度時間が経てば,人はその環境に適応したり,逃げたり,無視したり,諦めたりできるのだ。自殺するほどの苦悩や絶望は感じていなかった。それよりも,自分と違う価値観の人間をたった3文字の言葉で非難し,侮蔑し,嫌悪し,そうすることで自分を絶対安全圏内に身を置く人間と一緒になりたくなった。


 そう思って自分を貫いていた日々を送っていると,参観日がやってきた。

 同級生はいつものように,私を見つけると


「キモ。同じ空気吸ってらんねえ。」


と言った。

 参観授業が終わって,私の様子をママに見てもらった私は満足感を得てトイレに行き,教室に戻るところだった。

 ほっとけよと思いながら教室に戻ろうとしたのだが,掲示物を見ながら役員会の打ち合わせ時間が来るのを待っていた母が,私の母ということを隠して涼しい顔をしてやってきた。


「それ,友達に向けて付き合う言葉ではないんじゃない? 一緒に生活する仲間なら大切にしないと」


こんな低能で低俗で,自己中心的で能天気な臆病者は放っておいたらいいんだと伝えたかったが,他人のふりをして素知らぬ顔をしている親を前にそんなことを言うわけにもいかない。

 もともと正義感の強い親だ。どういって切り抜けようと考えていたら


「だってこいつ,女の子を見て興奮するんだからキモイでしょ。この間スマホでとったけど,気になるんならおばさんにも見せてあげるよ。こいつが更衣室で,女の子の胸元もいてボーっとしているところとか,トイレで隣の個室に耳を当てているところとか」


 目の前が真っ暗になった。

 その真っ暗な目の前で,大人の女が激高している姿は鮮明に脳裏に焼き付いている。

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