美月side~忘れられない過去~

 時々,自分が何者かわからなくなる。幼いころは思うままに生活をしていて,自分と他の人との違いなんて考えたこともなかった。やりたいことをやりたいようにして,期待服を着たいように着て,性別なんて関係なしに近くにいる人と楽しく遊んでいた。この地球に生きる人たちはみんな仲間で,私たちはみんな同じ感性を持っている。だから自分の期待と違う行動をとられたら涙が出るほど悲しいし,許せなかった。だって,小さい子どもってそういうものでしょう。

 

 私って普通じゃないのかも


そのことに気付いたのは小学生の頃。アイデンティティなんて言葉はもちろん知らなかったけれど,これが私って言いきれる何かが不安定であることは自分なりに認識していた。そして,自分を証明する何かを強いられることに辟易していた。私たちは,こうでないといけない,という何かに縛られて生きている。大人たちはよく子どもに向かってこう言う。


「子どもなんだから」

「お姉ちゃんでしょ」

「普通そんなことはしないよ」

「笑われるよ」


初めは,「いけないことなんだ」と感じて素直に従っていた。大人が言うことはいつだって正しい。だからそれが正しいことだと信じていた。小学生と言っても,高学年ぐらいになると自分がしたいことや生き方が少しづつではあるがはっきりとしてくる。自分がやりたいこと,着たい服,やりたい遊び・・・・・・ありとあらゆるすべてのことを「らしくいない」と否定される。こんな言葉を言われるたびに,枠にはまらないといけない世界にうんざりしていた。


周りのやりたいことに合わせないといけないの?

私のやりたいことは聞いてくれないの?

女の子が昼休みに男の子とドッヂボールをしたらダメなの?

どうして入れてくれないの?

本を読んでないとだめ?

普通って何?


毎日毎日,生きて生活しているだけで,たくさんの不思議に出くわした。それは、勉強している中で「学びたい」と感じる探求心とは全く違う,奥歯に食べ物のカスが詰まったような不快感の塊だった。いつかこの感覚を取り出して噛み砕ける日が来るのだろうか。そんな日が来ることは予想だにできない。

 考えれば考えるほど,生きれば生きるほど,私は生きづらさを感じた。

 行事や授業のたびに,男子と女子がペアを組む機会がある。当然私は男子とペアを組む。運動会の行進や,プールの授業でバディを組むと,手を繋いで一緒に行動を共にする瞬間がある。同級生は中学年にもなるとペアについて不平不満を持った,そもそも男子と手をつなぐことに抵抗感を示したりもしていた。私は,女子と手をつなぐことの方が照れ臭いし,ドキドキするし,同時に嬉しくもある。そのことを同級生に話すと,ひどい反応だった。「冗談でしょ?」という人もいれば,「気持ち悪い」「レズってやつじゃない?」という人もいた。私も含め,ほとんどの同級生はレズという言葉を知らなかった。その子の説明によると,「女の子が女の子を好きになること」と言っていた。そうかな。私は男子のことを良いなって思ったこともあるし,テレビでみる男の芸能人を見てかっこいいなとも思う。私はそれでもその”レズ”に当てはまるのだろうか。そんなことを考えていたのもつかの間,物知り女子から”レズ”の説明を聞いた女子には「気持ち悪ーい」と言われてその場で私から距離を置いた。

 そんな経験を何度も何度も繰り返した。

 そして,数えきれないほどの失敗体験を経た私は,周りが認識している枠組みとは違う,はみ出した存在なんだと気付いた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 小学校では何度も痛い目を見てきた。思い出すのもつらいくらい,いろいろあった。それでも,私は自分を大切にしたい。周りを気にして生きていくなんてあほらしい。どんなことが起きたって,自分が納得するならそれでいい。そう思っていた。

 それでも,事件はいつどこで起きるか分からない。

 新しい場所では上手くやっていけるかな。

 別に私はどこでもよかったんだ。

 自分がどんな風に思われたって,どんな風に言われていたって,割り切ることが出来ていたのだから。

 このまま生きていくんだって思っていた。

 だけど,状況は私を自由にはさせてくれなかった。



 参観日の日,母は私の学校での立ち位置,置かれた状況,好奇の目で見られている実態を感じ,ヒステリックを起こした。


 なんだっていい。

 私は自由で,やりたいようにやるんだ。


そんな風に思っていたけれど,その思いは一瞬で足元から崩れ落ちた。

私が自由に振舞うことで,お母さんがあんなに悲しそうな顔をして,自分が苦しんでいるかのような思いをしているのは嫌だった。あの時の,学校の廊下でお母さんの周りを包んでいた闇を,私は忘れることはないだろう。だから,次の学校ではヘマはしない。


私は私を隠す。

影が表情を見せないように。

そうして生きることにする。

お母さんが苦しむくらいなら。


そう決意して,私は新しい高校の制服に身を包み,新しい世界へと踏み出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る