あの日の夢を見た
この日はなぜか,ご飯を食べてシャワーを浴びると吸い込まれるようにしてベッドへと向かい,早く眠りについた。いつもの私はご飯を食べた後にだらだらと酒を飲む父と一緒になり,ソファで寝っ転がりながらお菓子をむさぼりながらテレビを見ていた。「のびたみたいにダラダラしていると,お父さんみたいになっちゃうよ。早く食器を持ってきなさい」というのが口癖のお母さんも,あまりにもいつもと違う生活をしていたこの日は「どうしたの? どっか具合でも悪いの?」と言って心配していたほどだ。
リビングにいる家族に「おやすみ」と言って部屋に上がった。かばんを開いて勉強道具を取り出し,明日の予習をする,なんてことをするはずもなくそのままベッドにダイブした。特に何かをして疲れていたわけではないが,いつ意識が無くなったのかもわからないほど早く深い眠りに落ちた。その日の晩,夢を見た。それは3年前,中学生の時に転校生が来たときと全く同じ内容の夢だった。
中学2年生の頃,私にとって初めての転校生がきた。私にとって初めてということは,私と同じ時間を過ごした同じ小学校の生徒や多くの同級生にとっても初めての経験ということだ。たとえ転校生がきたことがあるといっても,そう頻繁にあるものではない。中学生にもなると,どんな子が来るのだろか,どんな容姿をしているのだろうか,何の部活に入るのだろうかといった話題で持ちきりになる。私が過ごした中学校もその例外ではなかった。
私のクラスに,緊張した顔で転校生が教室に入ってきた。担任の先生が簡単に紹介をして,続いて転校生が自己紹介をした。その子の席は私の隣だった。
担任の先生からは「分からないことがたくさんあると思う。移動教室とか,時間割のことで困ることもあるだろうから気にしてやってほしい」と事前に言われていた。初めての環境で戸惑うことはあるのに,周りを頼れない,聞くことが出来ない。そんな気持ちは容易に想像することが出来たから,私は積極的に声をかけ,行動を共にした。そんな生活をしていたのだから,その転校生と仲良くなるのに時間はかからなかった。
お昼ご飯を一緒に食べ,教室の移動も一緒にした。体育で活動するときや,授業でペアを作るように指示されたときも,真っ先にその子のところへ行った。先生にお願いされたからとかじゃなくて,寂しい思いをさせたくなかった。初めての環境で,気を遣われながらも二人組なるときにはいつも最後にペアが出来上がる。そんなことほど辛いものはないだろう。私がそんな経験をするよりも,そうして悲しく辛い思いをしている,そんな人を見る方が辛いんだって,その時は本気で思っていたんだ。多分。
「茜,最近私たちと一緒にいてくれないよね。」
いつも行動を共にするメンバーを「イツメン」と呼んでいたその当時,私はイツメンから外されるようになった。私がしていることは,イツメンの気に障っていたらしい。私には全くそんなつもりは無かったが,「茜が私たちに愛想をつかした。転校生には気疲れして居づらいって言ってるらしい」だとか根も葉もない噂が流れていたと後から知った。
人に好かれたなんて思っていない。もちろん,悪意なんて全くない。しかし,人にやさしくしてたつもりが,人が離れるという矛盾した事態を招いていた。おばあちゃんっ子だった私はよくおばあちゃんに「人にやさしくするということは,人に愛されることなんだよ。茜は人に愛される子だ。人にやさしくすると,もっともっと人に大切にされるよ」と言われて育ってきた私にとってはこの展開は予想外だった。
一人がこんなに寂しくてみじめなんだって初めて知った。
一人であることを認めたくなくて,転校生には一層優しく,面倒を見るようになった。
ある日,転校生には彼氏ができた。
「今日は一人で帰ってくれる? あと,移動教室も彼氏と話しながら行きたいから,悪いけど別々に行ってくれる?」
うん,わかった。と答えた。と思う。うまく答えられたのかは今となっては自信がない。
「茜って,本当にいい子ぶっているっていうか,いい子なのか分んないけど,しんどくないのかな。まじでああいうのごめんだわ」
友達にも突き放された。
夢から目覚めると,パジャマの襟がじっとり嫌な汗をかいて濡れていた。
何を責めたらいいのか分からないけれど,善意は時に自らを苦しめることがある。
人にやさしくすることが出来る人は,自分も必ず優しくされるんだ。って言っていたけれど,それは嘘だった。
自分が一番かわいいわけではないけれど,あんな辛い思いは散々だった。
幸い,中学校三年生で迎えた進路選択では,そこそこ勉強にも集中できて,女子野球部がある校区から離れた高校を選択することにしたことで中学校の同級生はほとんどいない。地元から少し離れた市内の進学校に進学することが出来たことは私にとっては幸運だった。
こんな中学生時代を送ってきたから,高校でやってきた転校生を毛嫌いするつもりはないけれど,あえて距離を詰めるような行動はしないと決めていた。
自分にとって良いことなんて何もないのだから決して仲良くするまいと決めていた。その時までは。
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