第7話 帝王切開手術

「どうです?痛みを感じたりしますか?」

「大丈夫…ですね」

この会話は、局所麻酔が効き始めてから数分が経過した瞬間ときのものだ。

私の周囲はブルーシートで覆われているので実際は見えていないが、橋本医師がメスをお腹に当てながら局所麻酔が効いているかの確認をしていたのである。

 メスで触られている感覚は確かにあるけど、痛みは全くないな…

私は、医師せんせいとのやり取りの中でそのように感じていた。

局所麻酔の効き具合は、歯医者で使用されている麻酔と似ているかもしれない。妊娠中、虫歯の治療で何度か歯科医院へ通ったのもあり、その時の記憶と感覚は鮮明だ。

渡久川医師とくがわせんせい!麻酔の方、効いているようです!」

「わかりました。…では、△△さん(=筆者)」

麻酔の効き具合を確認した橋本医師は、渡久川医師とくがわせんせいに声をかけていた。

「はい」

渡久川医師とくがわせんせいに声をかけられた私は、ブルーシート越しに応える。

「今から帝王切開手術を開始しますね」

「宜しくお願い致します」

医師せんせいの声音から察するに、今度こそ手術が開始する事を私は悟る。

寝転んでいるので元気にとはいかなかったが、はっきりと答えたのは今でも覚えている。

こうして、人生初の手術が開始する事となる。


局所麻酔が効いているので痛みを感じる事はないが、メスが私のお腹に触れる感覚はすぐに解った。この後の出来事は、私がブルーシートで覆われて視えていない事に加え、記憶が曖昧な点も多いので割愛しますね。

余談ですが、先日再放送をやっていたTVドラマ「JIN-仁-」で帝王切開手術をする場面シーンがあります。あの場面シーンに近い光景ものだと思って頂ければ、解りやすいと思います。

 おー…何か、お腹が不思議なかんじだ…

手術中、前述で述べた通り痛覚はないため、私は仰向け状態の中で不思議な感覚に陥っていた。

私の入院していた産婦人科医院では、帝王切開手術や普通分娩の際、自身の好きなCDやテンションのあがる曲が入ったCDを持ち込んで手術中等でかける事ができる。今回、私は持ちこまなかったので、医院に元からあった嵐の曲(曲名は覚えていません。ごめんなさい)が、手術中はずっと流れていた。おそらく、平常心でいられたのもよく知った曲が流れていたからだと思われる。

余談だが、CDを持ち込んでいたとしたら、テンションあがるという意味ではOLDCODEXみたいなゴリゴリロックになっていたと思うので、少し遠慮した次第です。次の機会があった際は、CDを持ち込もうかなと後日夫と話していたのを覚えています。

「はい!もう少しですよー!」

ともあれ、渡久川医師とくがわせんせい台詞ことばが聞こえた頃、私に変化が起きる。

 何これ、メッチャ引っ張られているー!?

医師せんせいの声が聞こえた直後、下半身がものすごく引っ張られている感覚を覚える。痛みはもちろんなかったが、全身を揺さぶられているようで、下手すれば酔いそうなぐらいの振動だった。おそらく、赤ちゃんを取り出す場面ところだったのだろう。


「おぎゃぁぁぁぁっ…おぎゃぁぁぁぁっ!おぎゃぁぁぁぁっ!」

揺さぶられるような感覚がしてから数分後―――――――――――――――ついに、我が子の産声がブルーシート越しに響いてくる。

 わ…。やった…ついに…産まれたんだ…!!!

私は、少しだけ意識が朦朧になりながら、自分が母親になる事を改めて実感する。

当然、ブルーシートで覆われているため、今の私はこの目で視る事は叶わない。へその緒の処理等もあるため、ブルーシートが剥がれるのを待っていた。

「おめでとうございます!元気な女の子ですよ…!!」

その後、ブルーシートが剥がれ、私から見て右手側に娘を抱っこした看護師がそう告げてくれた。

「女の子…ですか…。…ありがとうござい…ます!」

看護師の台詞ことばを確認するように、私も声を出す。

この瞬間ときは、それ所ではなくて気が付かなかったが、全身の疲労感や意識が少し朦朧としていた。しかし、理由は一応判明したのである。それは帝王切開手術の時に、一般的な量よりかなりの出血があったからだ。そのため、出血過多として後日薬を処方される事となる。確かに、流れ出る感覚があったのは気付いていたが、そんなに出血しているとは思わなかった。

尚、帝王切開手術時の出血量は1000ml程と云われているが、私は1395mlも出血していたようだ。


娘との初対面を終えた後、今度は縫合に入る事になる。その前に、母親の負担を少しでも減らすため、全身麻酔が施される事となる。

 痛くはないけど、麻酔が注入されている感覚がするな…

意識が朦朧とする中、麻酔が入る感覚だけは何となくわかった。

因みに、この後意識を失う事になるので、実際に身体のどの部位から入って来たのかは覚えていない次第です(ごめんなさい)。

こうして次第に全身麻酔が効いていく事で、私の意識はあっという間に闇の中へと包まれていく事となる。



前述した文面はよく、皆麻わたし小説さくひんで用いる文面ものではあるが、この当時の私はそれと全く同じような状態になっていた。

意識はないはずだが暗い「無」といえる状態はあり、その時頭から時計回りに勢いよく反転した感覚がしたのは、夢のようで実際に感じた感覚ものだ。


「…!」

「じゃあ、○○…」

意識が少しずつ戻る私の頭上では、夫と看護師らしき人間ひとの声が響いてくる。

私は重たくなった瞼をゆっくりと開くと、そこには左側に看護師。その隣に夫が立っているのが見えた。

「●●ちゃ…(=夫)」

私は、夫の名前を呼ぼうとしたが、声が枯れていたのか上手く出なかった。

しゃがれた声に気が付いたのか、二人の視線が私の方へ向く。どうやら、私の声が聴こえにくかったのは酸素マスクを着けていたからのようだった。手術中は洋服を全部脱いだ状態だったが、いつの間にか医院の備品ものと思われる服を身にまとっている。

「子供は……ちゃんと、元気に動いていた…?」

私は、恐る恐る夫に問いかける。

「しっかり動いていたよ…!●●ちゃん(=筆者)が寝ている間に、硝子越しで映る赤ちゃんを動画にたくさん撮ったので、後でLINEのノートにあげておくね…!」

夫は、まるで子供のように無邪気な表情かおを浮かべながら、そう述べていた。

「そっか…よかった…!」

その台詞ことばを聞いた私のはこの時、感極まってかなり潤んでいたのである。


「では、私はこれで」

「ありがとうございます」

その後、看護師が夫に何と告げたかは覚えていないが、彼に声をかけた後に病室を去っていく。

気が付くと、夫と私の二人きりになっていた。

呼吸が落ち着いたくらいに酸素マスクを外してもらっていたので、私はいつもの雰囲気に戻って夫に話しかける。

「●● (=夫)のご両親や、うちの両親らは…?」

「うん。●●ちゃん(=筆者)が眠っている内に、帰ったよ。今日は朝も早かっただろうしね」

私は、その場にいない両親らの事を問いかけると、夫はすぐに答えてくれた。

「…お疲れ様」

「ありがとう。●●(=夫)も、お疲れ様。両親達みんなへの対応、ありがとうね」

その後、夫と私はお互いを労い合う。

こうして無事、帝王切開手術は終わりを告げるのであった。


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