第4話 本当の出会いは第一印象を越えたところにある ~フィーバークイーンⅡ~
連続真夏日の記録は継続しているものの、お盆を過ぎると日差しはどこか物悲しい。いつの間にか部活も終わり、深く考えることなく受験生になった。ある日、突然なってすぐ終わるのは蝉に似ていると思った。受験生としての体裁を取り繕うために、図書館に行くと言って家を出るものの、勉強なんてまったくしていなかった。外では蝉が朝から一生懸命鳴いているというのに。
することがないので必然的に、幼馴染の松浦と新たな台や発見を求めて近隣のパチンコ屋を開拓していくことになる。もちろん、受験科目にパチンコはない。私と松浦の家は、四つの駅のちょうど真ん中くらいにあったのだが、それぞれの駅の周りには数店舗ずつ様々なパチンコ屋が存在した。客がたくさんいる店の方が優良店であるという理屈に納得し、とにかく満席になっている店を探したり、建物が豪華で店内が派手な店にそそられ、華やかで大型な店を探したり、自分では大した出玉を出したこともなかったので、最も多く箱を積んでいる人をさがしたりしたものの、このときのパチンコ屋の印象は秘宝館みたいなものだった。珍しいものを見たい、影響されるほどのことではない、そんな程度のものだった。そんなある日、良い店を見つけたと松浦が言った。
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その店は、最寄りの駅の一つにほど近い商店街の終点にあった。駅の近隣といってもいいようなとろにあったのにそれまで気付かなかったのは、やや奥まった立地と地味な外観が理由だろう。これのどこが良い店なのかと思いながら店内に入ると、広くない店内に客付きは半分ほど、中高年の客が多く身なりもどこかみすぼらしく感じられた。そして最も印象深かったのは、店内に設置されている台が他の店では見たことのないものばかりだったこと。液晶付きの台が全盛を極める中、赤色のデジタルドットで出目を表す台、または、実際にドラム(スロットのリールの様な感じ)が回って出目を表す台など、店の外観に勝るとも劣らぬ地味な台ばかりであった。まったく気持ちの上がらない自分に、松浦はけろっと言った。
「この店、10時45分までドリンク飲み放題なんだぜ。」
その両手にはジュースのカップが一つずつ握られていた。一つくれるのかと思ったがそうではない。自動販売機まで案内され、その仕組みを指導された。
しょうもない店だと思った。パチンコ屋が哀愁漂ったら駄目だろうと思った。でも、これが本当のパチンコの始まりだった。十代なんて自分のことを何も分かっていない。自分はあっち側ではなくこっち側であった、ただそれだけなのだ。(幾つになってもそんなことに気付かされ愕然とするばかりだ。)
とりあえず、育ちの良いというよりびびりの自分はコーラを一つ入手し、店で最も客が付いているドラム式の台に座った。ドラムにはトランプの絵札を模した図柄が並んでいた。微妙にブランク(空白)があるのが変な感じだった。目で追える速さのドラムが回転するのを見ながら、微妙な気持ちで打っていると、隣の台を打っていたおばちゃんが大当たりした。スーパーリーチのようなアクションは見当たらず、当たり方も地味だった。しかし、その大当たりの後、保留玉3回転目でリーチがかかり、またも地味に当たったのだ。おばちゃんというやつはやっぱり引きが強いなと思った。結局、自分の台は当たらず、その日は店への懐疑心で満たされたまま帰ることになった。
その後立ち寄った、本来ならば朝から行くべき図書館で店の感想を話した。店に悲壮感が漂っているだの、台に華やかさがないだのぐちばかりを言ったような気がする。そして、先程のおばちゃんの話をした。
「隣のおばちゃんが引き強で、大当たり後3回転でまた当たってたんだ。」
「ふーん、そういえば俺の隣の台も2、3回転で当たってたな。」
「なんだそりゃ、みすぼらしそうに見えて引き強の集まりか。」
ドラムアクションと保留玉連チャンが魅力の三共が誇るフィーバークイーンⅡ。そう、この一見ノーマル機にしか見えない地味な台は保留玉連チャン機だったのである。それに気が付いたのは次の日、自分が保留玉3回転目で当たって、これはおかしいと思ったときだ。そして、アホみたいに毎日この台を打つことになる。保留玉連チャンに惹かれたものある。後から気付いたのだが、この店では他にも保留玉連チャン機がたくさん稼働していた。ドットならではの美麗な演出が売りの花鳥風月、フィーバークイーンの兄弟機であるフィーバーキングⅡ、他の店ではダービー物語やフィーバーパワフルも打った。どれも普通に面白い台だった。しかし、フィーバークイーンは刺さった。別格だった。
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パチンコで最も大切なことは『間』であると思っている。阿吽といってもいいかもしれない。当たるか当たらないか、リーチがかかるのかかからないのか、その期待感を最大限に高める『間』が、パチンコの粋なのだ。フィーバークイーンはこのことにおいて他と一線を画していた。左のドラムと右のドラムでリーチがかかると、効果音が変わり、中ドラムがスロー回転になる。効果音が高まると共に当たり絵柄まで回転してそのまま当たるノーマルとそこから発展する三種類のリーチアクションがある。体感的に大当たりの40%がノーマル、それ以外が20%ずつといった感じだろうか。
イレギュラーアクションの一つは、中ドラムの絵柄が大当たりの一コマまたは半コマ手前で止まってしまう。が、次の瞬間ドラムが一コマ滑って(落ちて、絵柄がストンと落ちたように感じる)当たるというものだ。打ち手はリーチがかかり、大当たり絵柄が近づいてくると、緊張し呼吸が止まる。外れるとその緊張が解け、同時に溜息を吐くことになる。このアクションの絶妙な『間』は、打ち手が諦めて息を吐く寸前で絵柄が落ちるのだ。この『間』が絶妙としか言いえない。緊張が解ける寸前でもう一度緊張に戻すというこの演出は筆舌にし難い。
もう一つのアクションは、中ドラムの絵柄が大当たりを一コマ通り過ぎて止まってしまう。打ち手の緊張は最も長く引っ張られることになる。勿論これで外れることもあり、外れるときはここで効果音と光が止まってしまう。が、このまま効果音も光も鳴りっぱなしで中ドラムの絵柄が一コマ戻るのだ。最大限に緊張を引っ張った後に更なる緊張の維持を強いるのがこの演出なのだ。息のできない苦しみも大当たりによって快楽に変わる。この長い時間も『間』であろう。
最後のアクションは、中ドラムの絵柄が大当たりを一コマ通り過ぎて止まり、効果音も光も止む。が、次の瞬間、真っ暗なドラムが静かに一回転して大当たり絵柄で止まるのだ。打ち手が諦め、緊張を完全に解き切ってから静かに当たるというこの演出は、安らかな『間』を与えてくれる。
四つの演出が素晴らしいバランスを織り成し、期待感が止むことはなかった。今だから思うのだが、これらはドラムというデジタルではない、物理的なものだったから感じられたものなのかもしれない。現在はこの『間』について相当研究されていると思われる。各メーカーが持っているデータや恐らくアカデミックな心理学的研究も行われているのだろう。とても良くできている。しかし、フィーバークイーンを超えることはない。
ドラムは回転を見ることでリーチがかかるか予想できる。各ドラムの絵柄の配置も絶妙で、大当たりの期待値が本当に二倍というダブルリーチのかかり方も秀逸だった。無駄なゲームがなかった。リーチ後に大当たり抽選をしている、保留玉でリーチがかかっても書き換えられない絵柄ラインパターンがあるなど、どこを取っても奇跡の台であろう。柳沢センターは1玉2.5円だったから釘もよく回った。朝からドリンクを二杯持って、とにかく打ちたおした。ただ純粋に、出会えてよかった。
外ではたぶん蝉が鳴いていた。
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