第3話 自分だけが知っていることってあるのだろうか ~綱取り物語~

 そばで他人が話していることの内容が気になり、モヤモヤしたことはないだろうか。大抵の場合は口を挟まない方が無難だと分かっているので、あまり何も言わないようにしているのだが、あのときもそんなモヤモヤを感じた。


「大関、関脇、横綱だっけ。」

「違うだろ、小結が入っていたはず。」

「じゃあ、大関、横綱、小結か。」

部室で相変わらず歌代と星川が話している。

 これを聞いてモヤモヤしないだろうか。自分は相撲の番付について突っ込みたかった。

「相撲の番付は、横綱、大関、関脇、小結だろ。」

しかし、この場合その突っ込みは正しくないのだ。江戸時代以前の相撲番付に横綱は無かったとかそんなことではなく、正解は次の順番なのである。

「十両、金星、小結だろ。」

平和のモード式デジパチ綱取り物語には攻略法があった。


 あなたは攻略法という言葉から漏れる妖しい魅力に粟立つだろうか。裏技というさらに妖しい言い方もあるのだが、どちらもファミコン世代の人間には否が応でも体が反応してしまう言葉なのである。攻略法とは、ゲームを有利に進めるための、中にはそうでもないまるで意味のないものもあったが、普通では気付かないような知識や操作のことである。例えば、ゲームの元祖インベーダーゲームのUFOや名古屋打ちなどがその代表だろう。

 それら攻略法は二通りに分類できる。一つは、制作側が意図的にプログラムを仕込んだものである。(メーカーが意図的なのではなく個人の仕業というやばいものもあるが…。)これには、ゲームをやっていればたまたま見つけられるレベルのものからコナミコマンド(上上下下左右左右BA)のような裏技ありきのものまで幅広く存在する。制作側の心意気と茶目っ気が伝わってくる。もう一つは、制作側が意識せずにプログラムに入り込んでしまったもの、取り除けなかったものである。バグと呼ばれたりもする。要はプログラムのミスなのだが、想定外の操作から起こる有り得ないことは、時にファンタスティックな結果を生む。これらの中にはレースゲームのショートカットや格闘ゲームの戻り動作キャンセルなどゲーム性を著しく向上させるものも少なからず存在した。ここまで来ると、ミスではなく新たな領域への抜け道となる。これらが奇跡的に絡み合ってファミコンやアーケードのゲームには突然変異的進化が起こった。攻略法とはそういう作用をもたらすものなのである。そう考えてみると、動物の進化も似た構造で起こることに気付き、進化とはそういうものかと思わされる。

 また、攻略法に対する現代の人たちと我々のときめきの違いは、インターネットの普及にも原因の一端があると思われる。あの頃はパソコン自体が先進的で、敷居も値段もお高いものだった。インターネットも天界か魔界かで行われている会議のようなイメージだった。少し言い過ぎだが、実際に虚実の真偽があいまいで、アンダーグラウンドな場所だったのだ。つまり、主な情報は口コミや雑誌の特集から得るのが普通の時代であった。現代のようにほぼタイムラグなく正確な情報がネットに用意されている時代ではなかった。正確性、速度、距離がスペースシャトルと三輪車くらい違っていたということが攻略法の価値を高めていたと考えられる。情報のありがたみは利便性に反比例するのかもしれない。おしゃべり社交マダムからより職人肌の堅物親方から聞いた話の方がありがたみも重みも実用性もあるというものなのだろう。

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 90年代に平和が制作した傑作、物語シリーズの一つである綱取り物語は、その名の通り大相撲をモチーフにしたモード式デジパチである。大当たり毎に天国モード(大当たり確率1/37)、通常モード(1/247)、地獄モード(1/988)という三つのモードを行き来する。モード移行はシンプルで、大当たり後に1/2で天国モードに、1/10で地獄モードに移行するという振り分けだった。つまり、勝つためにはとにかく大当たりさせて、天国モードに移行、それを1/2でループさせるという流れになる。ただ、外からモードの見分けはつかない。早く当たれば天国、嵌まれば地獄という曖昧な後付けになる。結果として、地獄モードは当たらないのでほっとかれ、次第に地獄モードの台ばかりが残っていき、夕方には誰も寄り付かないという、店にとってそれ大丈夫なのか、メーカーもよく企画通ったなという仕様の台だった。まあ、そんな台ほど人気があるのだが。

 さてこの台の攻略法だが、天国モードに強制移行させる!大当たりさせずにモードを移行させる!外からモードを見抜く!…いや、そんな派手な攻略法ではない。ズバリ、通常モードを打つ!という攻略法があったのだっ!!…とにかくその攻略法を指南しよう。

 一日を終え全台地獄モードになっている綱取り物語たちは、リセットして通常モードに戻すことになる。綱取り物語は台の電源を切り、リセットすることによって通常モードに戻るシステムになっていた。しかし、日が変わっても台をリセットしないという悪徳店もあった。エンドレス地獄モードという恐怖である。この悪行を見抜くのが、そう、十両、金星、小結という液晶デジタルの出目なのである。綱取り物語はリセットすると必ずこの出目からスタートする。この出目の台さえ打てば通常モード、というのが攻略法である。…地味だ。高校生の自分ですらそう思った。

 しかし、幼馴染の松浦がこれをやりたいと言うので、そんなに乗り気はしなかったが、綱取り物語が入っている三平という店に開店前に並ぶことになった。地味な攻略法と高を括っていたので、開店10分前くらいに店に着くと、前におっさんたちが七人並んでいた。すぐ前のおっさんはしきりに自分の順番を数えている。そして、店が開店すると前に並んでいたおっさんたちは一目散に綱取り物語のシマに走って行った。綱取り物語は七台しかなかった。つまり、全員綱取り物語のリセットを打つために並んでいたのだ。おっさんたちは馬鹿丁寧に指さし確認で出目を確認すると、うんうんと頷いてから1/248で大当たりを引き、1/2のモード移行に勝つという作業に取り掛かっていった。

 その最盛期は過ぎていたがパチンコ、パチスロの世界にも、もっと効果的だったりスキルが必要だったり無茶苦茶な攻略法もたくさんあった。それらも含めて、いい時代だった。スペースシャトルで月に行くのも魅力的だが、三輪車で裏路地を旅するのも趣があるというものだ。

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