第7話 修学旅行と届かない手
「はい。じゃあプリントの提出は金曜日が締め切りなので、それまでにどこに行きたいかをちゃんと考えておいてくださいね。今日の掃除はありません。居残りも程々にね。解散。」
担任の言葉と同時に一斉にざわめき出す教室。話題はもちろん修学旅行だ。と言っても来年の。
「ねぇ凛、どこ行くか決めた?」
早速訊かれちゃった。
「うーん、そうだねぇ。北海道は行ってみたいかなぁ。でもね、海外も行ってみたい。先生のお薦めは沖縄だよねー。あっでも、関東の東京が自由時間は一番長いよ。」
悩むなぁ。行けたらいいのに。
「だーかーら!結局どこなの?!」
そう言って私の肩をつかみ、揺すってくる凪。脳が揺れていそう。
「もー、揺らさないでよぉ凪。どこに行きたいかって?そんなの・・・」全部行きたいよ。
だって私、選択肢の場所どこにも行ったことないもん。だけど、来年の冬じゃ遅すぎるよ。そんな日付は私の未来に存在しない。
「ん?」
「そんなの、まだ決められるわけないでしょ?そう言う凪はどうなのさ。」
「奇遇だねー。私もさっぱり。」
「ほらね。そんな簡単には決まらないよ。来年だし。」
「確かに、来年の冬の事なんてわかんないしねぇ。締め切り今週は早すぎるわ。ま、一緒に行こうよ凛。」
「・・・・・・・・・・。」
一緒にか。行きたいなぁ。
「え?どうした!?まさか、嫌だったり?・・・・あ!もしかして先約があった?相手は月城?」
「はぁ?何でここで月城君が出てくるの?!」
「違った?私はてっきり――――――凛を取られちゃったのかと。」
凪は何かをぼそっと呟いたけど聞き取れなかった。
「何て言ったの?聞き取れなかった。」
「あーいや。何でも無いよ?ただ月城に同情しただけ。可哀想な奴っ。はははっ。ざまぁみろっ!」
何が可哀想なんだろう。そう聞いたら、残念なものを見るような生暖かい視線を向けられた。何なのよ。
「凛、鈍すぎ。」
「何が!私は鈍く何て無いの!!」
ほんと、凪は失礼だ。私が鈍いはずがないじゃない。
「あーハイハイ。大丈夫大丈夫。何でも無いです。」
「うんうん。それで良し。今度お菓子奢ってくれたら許す。」
「はいはい。――――――――修学旅行、楽しみだなー。」
未来のことを当たり前のように話す凪は、とても輝いて見えた。
ここに居る人たちは簡単に手が届く未来。
私がどんなに頑張っても、指先さえ掠りもしないのに。
「――――い、お――――い、り――ん!聞こえてるー?」
「あっうん。大丈夫。ちょっと考え事してただけ。」
いけない。ぼんやりしすぎた。
「なんかあった?ねぇ、ひどい顔してるよ?最近よく咳もしてるし、大丈夫?」
「――――――あ――――。実はー、喘息になっちゃったみたいなの。」
「え?マジで?!大丈夫?治るよね?それ。」
『治る』かぁー。だったらいいのに。
もう、手遅れなんだろうな、私。
もっと早くに気がついていれば、違う結果になっていたのかな。
もし、もっと早く病院にいっていたら、治ったのかな。
――――――ねぇ誰か。
私は一体、どこで何を間違ってしまったの?
私はどうすれば良かったの?
「なっ――――――ゲホッゲホッゴホッ・・・・・なお・・る・・・・よ。・・・あ・・りがと。・・・・・ゲホッゴホッ――――――――」
何でこのタイミングで咳が出るの?!
「あ――もうっ。絶対病院行った方が良いと思うよ?凛。」
凪はそう言いながら、そっと背中を擦ってくれた。凪は本当に優しい。そんな凪に嘘を吐くなんて、私は何て最低な人間なのだろう。
真実を閉じ込める私の口は、錆びた鉄の味がした。
『8月5日。残り346日?
修学旅行。行きたいなぁ。
私、旅行なんて中学校で京都に行ったきりだから。
北海道も、沖縄も、台湾も、東京も、全部行ってみたかったのに。
なのに、来年の冬なんて遅すぎるよ。
私だって皆とスキーしたり海に行ったりしたかったのに。
なんで、こんなことになっちゃったんだろう。
神様。もし居るのなら、お願いです。
どうか私に時間をください。助けてください。まだ死にたく無いんです。怖いよ。ねぇ、たすけてよ!
なんて、私は何をやっているんだろうな。そんなことに意味なんて無いのに。』
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