第6話 砂時計と呼び捨て

 終わらない課題に追われながらも、月城くんや凪、佐山くんと他愛たあいのないことで騒ぐ。

 毎日毎日下らないことで笑って居られる日々が、今では私の日常になってた。

 いつも勉強に追われて生活リズムなんてグチャグチャなのに、それでも毎日が楽しくて仕方がなかった。


 私は我儘わがままだから、与えられ続けるそんな日常の有難みを忘れていたんだ。


 だから、なのかな?


 私が傲慢ごうまんだったから、バチが当たったのかな。




 ―――――――砂時計の砂は私の気付かぬ内にも着々と吸い込まれ続けていた。





「はい。じゃあ今から記録取りまーす。急いで移動してー!」


『はい!』


 私達の声と、ボールを突く鈍い音が体育館に響き渡る。

 みんなはそれぞれに割り当てられたゴールに向かって走っている。最近、前よりも少しだけ疲れやすくなった。走り込みの後で既に疲れてしまった私は、走るみんなの陰に隠れて、ドリブルに失敗した風を装って歩きながら息を整える。


「―――――ッゴホッゴホッ!―――――ゴホッゴホッゴホッゴホッ―――――」


「早乙女さん、咳凄せきすごいけど大丈夫?」


「うん。大丈夫だよ。ちょっと風邪引いちゃったみたい。ありがとう中村さん。」


 息切れと咳。そんなの原因はわかっている。私の残り時間が減ってきている証拠だ。私が忘れていても、癌は静かに私の体を蝕み続けている。


「凛ちゃん!急いで――—!」


紗季さきちゃん、ごめん!今行くねー!!」


 咳払いをして、体育館の角の方にあるゴールへ走った。


「一分で18本もシュート打てるなんてすごいよ紗季ちゃん!私なんて13本で精一杯なのに。」


「何言ってるの凛ちゃん。18本打っても入ったの5本じゃ意味ないよ!私より13本で5本入った凛ちゃんの方がすごいに決まってるでしょ?」


 そう言った紗季ちゃんにバシッと背中を叩かれた。


「―――――ッゲホッゲホッゲホッ」


 ヤバい。咳が帰ってきてしまった。


「わっ大丈夫?!ゴメン凛ちゃん!」


 慌ててる紗季ちゃん、ビックリさせてごめんね。


「ゴホッ・・・うん・・・・・だいじょ・・・ゴホッ・・・・ぶ・・・・・・・・・ゴホゴホッ・・・ちょっと、風邪気味、なの・・・・・ゴホッ」


「風邪にしては咳凄いよ?早乙女さん保健室行く?」


「ンン”ン”ッ――――拗らせちゃっただけだから大丈夫だよ、中村さん。そんなことよりも早く片付けて着替えないと現社に遅れちゃう!」


「確かに、そうだね。早乙女さん、キツくなったらすぐに言ってね?保健委員に任せなさい!」


 そう言って背中をさすってくれた。


「ありがとう中村さん。頼りになるなぁー。」


「えへへ。」


 可愛いな、中村さん。頼りになるって言っただけで照れちゃった。耳まで真っ赤だ。こんなに可愛いのに彼氏いないなんて、絶対モテるんだろうなぁ。私なんかとは大違い。


希美のぞみばっかりずるい!凛ちゃん!私は保険委員じゃないけど、何かあったら言ってね?もっと頼ってくれていいんだよ?」


 中村さんも紗季ちゃんも優しいなぁ。何でみんな、こんなに優しいんだろう。私が死んだら、みんなは悲しんでくれるのかな?でも、泣いて欲しくはないなぁ。この子たちは笑顔が似合うから。


「あ~~~~~暑い!体育の後は制服が暑く感じるー。」


 そうぼやく紗季ちゃん。まあ、確かに暑いよねー。


「ふっふっふ。2人とも、これを見るのだ!!」


 そう言って何かを取りだそうとしている中村さん。何だろう。

 出てきたのは、何とパステルグリーンの扇風機だった。


「テッテレ――――!!!小型扇風機ぃ―――――!どうだ、ビックリしたでしょ?」


 青い猫型ロボットを彷彿とさせる台詞に思わず笑ってしまった。


「なるほどー。その手があったかぁー。さっすが希美!準備がいいねぇ。」


「うんうん。でも、私持ってないわぁ。欲しいなぁ。」


「そうでしょう。だろうと思ってこの中村希美さんはちゃんと準備してきました!ジャジャーン!ほらほらぁ、2人とも私に感謝しなさい!!」


 中村さんの手には3本の扇風機。まさか私の分まで準備してくれていたなんて。


「希美うっざぁ!でもありがとう!」


 紗季ちゃんは笑いながら中村さんから黄色い扇風機を受け取った。


「紗季、ウザいは余計!!じゃあ早乙女さんは、これね?はい。」


 渡されたのは水色の扇風機。可愛い。


「ありがとう!中村さん!」


「それだ!!」


 突然私をビシッと指さした中村さん。それ?


「そのっていうの止めようよ!これからは早乙女さんのこと凛って呼んでいい?で、私は希美ね?」


 なんだ。そういうことか。


「了解でーす!じゃ、改めてよろしく!希美!」


「こちらこそ!よろしく!凛!」


 希美は輝くような満面の笑みだ。喜んでくれたのかな?良かった。


「やったね!凛に名前で呼び捨てしてもらえる人2号は私だ―――!」


 2号って2人目?!そんなに少なかったっけ?あ、凪しかいないわ。


「凛ちゃん!私も紗季でいい!だから凛って呼ぶ!3号は私!!」


「え?!あ、うん。いいよ。」


 何を競い合ってるんだ?紗季と希美って、仲いいなぁ。

 

『7月30日。残り352日?


 最近、咳が止まらなくなる。

 あと、息切れがすごい。

 どうやらカウントダウンは止まってくれないらしい。


 名前を呼び捨てしてる人が、3人になった。

 今まで凪しかいなかった事実にビックリ。教室に戻って凪に言ったら、あんたらしいって笑われちゃった。


 あーぁ、こんな時間がずっと続けばいいのに。』

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