第2話 月城くんと嘘 (1)

 



「検査の結果、特に異常はなさそうですね。良かったですね、早乙女さん。今日退院できますよ。」


 若い男の先生が、白衣をなびかせながら笑って言った。爽やかで薄っぺらい笑顔。

 嘘つき。異常大ありのくせに!癌なのにどこが異常ないんだよ?!全く良くないよ?!


「そうなんですか?良かったです!先生、お世話になりました!!」


 だから私も、先生に負けないくらい綺麗な笑顔を顔に張り付けて感謝の言葉を返した。


「はい。お大事に~。」


 上手くいったみたい。先生は満足そうに笑うと背中を置向けて去って行った。


 ロビーに着くと、お母さんが椅子に座って待っていた。ぼんやりと下を向いている。そんな暗い空気を撒き散らさないで欲しい。私がもう長くないこと、隠す気があるんだろうか。不器用なお母さん。


「お母さん。検査終わったよ!もう帰れ・・・・。」


「早乙女さんのお母様ですね?少々宜しいですか?」


 帰れるってって言おうとしたのに看護師さんに邪魔された。どうせ検査結果の話でもするんだろう。本当、隠すのが下手くそだ。


「凛ちゃんはそこで待っててね。」


「はい!わかりました。お母さん、早く戻ってきてね?」


「えぇ、すぐに戻ってくるわ。」


 私の横を通り過ぎる瞬間、お母さんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。バッグをぎゅっと抱き締めるようにして歩くお母さんを見送っていると、不安になる。


 ―――――私の病状って、そんなに悪いのかな?

 実は思っていたよりも進行していて、1年も生きられそうにないとか?

 そんな筈、ないよね?

 あぁ。私はあと何日生きられるのだろうってそんな、意味のない事ばかり考えてる。


 どうしようもないから、ロビーにいる人の人数をひたすら眺めていた。

 若い女の人。小さな男の子を連れたスーツの母親。腰の曲がった老人たち。お腹の大きな妊婦さんとその夫。   

 本当に、色んな人が居る。


 入口のドアを見たとき、見慣れた人物を発見した。

 その人は、私とほとんど同じくらいの年齢で、ちょっと日に焼けた肌が健康的な男の子。月城 玲央くんだ。月城くんは同じクラスで、サッカー部に所属している。勉強もスポーツもできる、とってもすごい人だ。

 そんな月城くんが、どうして病院に来ているのだろうか。よく見ると、月城くんは左腕をかばっていた。骨折かな?原因は部活だろうか。ちょっと見詰め過ぎたのかもしれない。ふと視線を上げると、月城くんと目が合ってしまった。

 

 ―――――――――しまった!

 こういう時って、どうすればいいんだろう。っていうか、何を話せばいいの?

 あ―――!!!気まずいよ―――――!!!!あっヤバい!月城くんがこっちに来る!ど、どど、どうしよう?!


「早乙女じゃん。何かあったの?病気?怪我?」


 わっヤバい!えーっと、何だっけ、、、、


「あ――――――えっと―――喘息!喘息の発作が出ちゃって!」


「喘息?!マジか!早乙女大丈夫?」


 慌てて心配してくれる月城くん。ごめん。喘息じゃないんだよ。何か居たたまれなくなってきたから話題を変えよう。


「うん!もう平気だよ!!そんなことより、月城くんこそどうしたの?骨折?」


 見たらわかる気もするけど、聞いてみた。


「おう!良く分かったな!実は、部活の練習試合で相手選手とぶつかっちまって。手の突き方が悪かったみたいで、左腕をちょっとな。」


 恥ずかしそうに説明してくれる月城くん。耳がちょっと赤くなってて可愛い。っじゃなくて!恥ずかしがることなんてないのに。


「えっ?!月城くんの方が重症じゃん!痛くない?って痛いに決まってるか。早く治るといいね。」


 駄目だ。私ってば、気の利いたこと一つ言えないなんて。自分にがっかりだ。もう、本当に使えない。


「心配すんな。これくらいどうってことねぇよ。もう慣れたし。」


 いやいやいや、骨折に慣れるってどんな生活してるんだよ?!凄い!真似できないししたくもない。私、骨折なんてしたことないよ。


「いやいや。なれちゃ駄目だよ月城くん!もっと自分を大事にして?ね?」


「おう!心配してくれてありがとなっ!早乙女も気を付けろよ?」


 使い古されたセリフで説教じみたことを言ってしまった。ウザかったかな?って思って月城くんをちらっと見上げると、なぜか月城くんは笑顔でそう言った。セーフだったのか?まぁ良かった。


「ところで、さ。前から気になってたんだけど、早乙女、姉妹とか居たりする?」

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