第10話 VRSNSで探偵助手合格しました
イーサンとの勉強が始まって一週間が過ぎた。探偵助手としてクロードに認めて貰うために、今日も
「さーてと、さっさと事務所に向かわないと」
街を走っていく。『ウロツイター』内部においてユーザに体力は存在しないが、風景を認識することを脳に強いる為、疲れが発生すること自体は現実と変わらない。
その上で走るという行為は、一瞬の間に認識する情報量が徒歩の時より多くなり、現実とは違った感覚の疲れを感じることがある。しかし、幼子の頃からVR空間で遊んできたモミジにはそのくらいの加減は問題なく、ジャンプスポットのある駅に難なくたどり着く。
駅の端末を操作し、改札を通り抜けるとそこはもう目的地の駅。モミジは一週間毎日通った道を真っすぐ進んで行く。最寄り駅から徒歩数分。探偵事務所のあるアドレスまでたどり着くと、
「おはようございます!」
「あらモミジちゃん早いわね」
イーサンがいつも通りフロントリラックスの姿勢でこちらに近づいてくる。その光景に見慣れたモミジはもう何も言うことはなかった。
モミジはクロードを探すと、ソファの上で横になってぐったりしているクロードを見つける。
横になって眠っているクロードを見つけたモミジは攻撃アプリからグローブを選択し、プリセットから手袋を選択した。
選択後、一瞬でモミジの手は薄い手袋が装着される。それに気付いたイーサンは慌ててモミジを止めに入ろうとしたがもう遅い。
モミジは攻撃アプリにより具現化された手袋を装着したままクロードの脇腹をくすぐり始めた。
「ギャハハハハハ!? てめえ何しやがる!?」
くすぐられたことによりクロードは飛び起きる。通常、VRSNS『ウロツイター』では、接触許可設定を自分から指定したユーザーに対してオンにしない限りは触れることができない。クロードはモミジを非接触と設定している為、触ることはできないはずだが、攻撃アプリにセットされているプログラムは別である。
それに気付いたモミジはこっそり手袋状のプリセットを用意して攻撃アプリに登録していたのだ。
「お前…………そのモデル自分で作ったのか?」
「え? そうですけど?」
モミジがあっさり答えると、クロードとイーサンは目を合わせる。そして二人の口角はおもちゃを見つけた子供と表現される悪い大人たちのようにあがった。
「な、なんですか? 今時モデリングとか義務教育の範疇じゃないですか」
「あー、そうだなそうかもだわ。俺できねーんだわ」
「私こう見えてモミジちゃんのパパママと同い年くらいだから義務教育の頃にVRSNSなんて存在しなかったわ」
「えええ!? イーサンさんそうだったんですか!? クロードって見た目より馬鹿?」
「……モデリングは頭の良さ関係ねーだろ。それに得意不得意があって普通だ。お前こそ馬鹿だろバーカ」
「はいはい、子供みたいな言い争いしないで頂戴!」
モミジとクロードの間にイーサンが入り、くだらない言い争いはヒートアップする前に幕を下ろす。
「モミジ、お前手伝いの他にモデリングもやってくれねーか?」
「え? 全然良いですけど? お金は?」
「報酬は勿論出る」
「やります!」
モミジは食いつくように身を乗り出し、その勢いのままクロードのアバターを貫通して床にぶつかりそうになる。その前にとっさに手袋をしたままの手でクロードの腕を掴んだ。
「ひどい絵面ね」
イーサンの視界には、モミジの上半身がクロードの背中から生えているような光景。クロードもモミジも完全に苦笑いである。
「体制立て直したらとっとと起き上がれ」
「えっと、ごめんなさい」
「いや、そこまでは気にしてねーよ」
「クロードはモミジちゃんと密着して照れ臭いのよ。早く離れてあげて」
イーサンが冗談っぽく発言すると、モミジは飛び跳ねるようにクロードから離れ、クロードは一瞬で顔が紅くなり、モミジとイーサンの方をぐわんぐわんと首を動かしながら動揺した。
「はぁ!? そんなことねーから! おい、モミジテメェも勘違いしてんじゃねぇ!!」
「いやぁ! ごめんねクロード! 私、頼れる男の人が好みなの!」
「フラれちゃったわね」
「勝手にフってんじゃねえ!! そうじゃねーわ!」
その後、クロードから筆記と実技のテストを受け、無事にモミジは探偵助手として働けるようになった。
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