第7話 現実世界で親孝行初めてみた

 探偵助手になると決意したモミジは、クロードとイーサンに住所を提示することになる。後日、専用のヘッドギアがモミジの元に送られてくることになった。どうやらそのヘッドギアにはすでに複数の違法ツールがダウンロードされている状態になっており、探偵業をやる上ではそれを使用するしかないようだ。


 事務所のルームから出る前にクロードに声をかけられた。


「反復して何度も考えろ。自分が使うものと自分がやることの意味を。俺たちは誰にもバレちゃいけねえ。いいな?」

「わかっているよ」

「俺たちは違法する。俺たちは正義を振りかざす悪人だ。お前も明日からそうなる」

「…………おやすみなさい」


 そしてモミジは事務所のルームから飛び出した。一歩出ればルームの内外では声をかけることができなくなる。

 もし、送られてくるヘッドギアを使用していることが警察にバレれば、もしかしたらアカウント停止を食らうかもしれない。それでも、モミジは自分以外の被害者を出すなんてできない。そう考えた。


「それに…………VRSNSの犯罪はVRスリだけじゃないし」


 モミジはマタタビ☆キャットのことを思い出す。自分からのこのこ釣られたことでもあるが、逃げられない空間で、接触される感覚に、ぞわぞわと背筋が凍り付いたことも思い出す。触れられた部位の触られた感覚も生々しく、未だに脳裏にこびりついている。

 あの時、違法ツールによる侵入と攻撃で、モミジは助けられたのだ。自身を助けるために使われた違法ツール。もし、それの使用者がクロードだとばれてしまえば、クロードも捕まるだろう。


「…………よくないことをしようとしている。それはわかっている。けど、この違法ツールは誰かの辛い記憶をなくすことができる。この国がVR犯罪に対して未だに立ち回れていないのなら、誰かが泥を被らなければいけない。クロードはその選択をしたんだ」


 探偵事務所を後にしてモミジはログアウトをする。葉子ようこの体に意識が戻り、一気に現実の感覚が葉子を襲う。仮想空間から現実世界に戻る時はいつもこうだ。一定までなら室温も感じない。


「探偵か。できるのかな?」


 葉子は特にすることもなく、その日はそのままベッドで眠りについた。葉子は未だに昼間のVRスリの件とVR痴漢の件を思い出す。夢でうなされ、汗をびっしょりとかき、目覚めの悪い朝を迎える。寝苦しい暑さでもないのに、そんな感じの夜を味わった。

 日曜日の朝。普段なら適当に用意されている朝食があるはずだが、今日は葉子の母親がキッチンで何かを焼いている。


「葉子? 貴女、休みの日なのにもう起きてきたの?」

「え?」


 葉子が時計を確認すると、時間は五時半。普段なら眠っている時間である。改めて母が起きる時間を知った葉子は、母に尋ねる。


「どうしてこんな時間から朝ご飯を用意しているの? 私なんて十時起きだよ?」

「どうしてって。そうね、お父さんは私が作ったご飯じゃないとインスタントとかゼリーでご飯済ませちゃう人でしょ? 倒れちゃったら嫌だし、それにあの人の為に料理するの好きだから」


 母親の誰かの為という主張に対し、葉子は自分がやろうとしていることは、母親の行動と違って違法であることを理解しつつも、それでも誰かを救える自分。正義の味方の自分を想像すると、自分の選択は間違っていないと思い込むようにした。

 母の料理している姿を見つめていたら、何かしようと思った葉子は、手伝いを申し出ると、にんじんと皮むき器を渡された。皮むき器のスロットににんじんを入れると、にんじんの皮は綺麗にむけた。


「お母さん、手伝いこれだけ?」

「そうね、ありがとう。今はなんでも便利になっちゃったからね。でも、仕込みとかは自分の手でやりたいじゃない?」

「やったことないんだからわからないよ」

「そうかもね、やったことない葉子じゃわからないよね」

「すーぐ昔の話!」

「嫌い?」

「…………いや別にそこまでは」


 葉子には野菜の皮向きをピーラーでやっていた時代など知らない。家庭によっては野菜を切ることすら、専用のベジカットという、レンジのような大きさの家電に野菜を入れるだけで、指定の形にカットしてくれる。一色いっしき家にもベジカットは置かれているが、基本は葉子しか使わない。母親である珠子たまこはいつも包丁で野菜を切るから、ベジカットは不要なのである。


「ねえお母さん、私も料理手伝ったら、お父さんは喜ぶかな?」

「間違いなく気持ち悪いくらい喜ぶと思うよ」

「…………そっか」

「なあに? もう少し手伝いたいの?」

「うん、できることだけ」

「そう、それじゃあ鍋をみててくれる?」

「わかった」


 母親からお玉を渡された葉子は、それを鍋に突っ込み具材をかきまぜた。

 葉子は頭の中で、考えた。今だけはいい子でいよう。お父さんとお母さんの自慢の娘でいよう。これから私は悪い子になるのだから。せめて今だけは優しい両親の自慢の娘でいよう。


 これから行う正義は、悪いことに手を出す必要がある。いずれ、バレるかもしれない。その時に両親につらい思いをさせてしまうかもしれない。勘当されるかもしれない。その前に親孝行なることはなるべくやっておきたい。葉子はそう考えていた。


 あの日、事務所を出る前に正義の為とはいえ、手段は悪事でもある。それだけは反復して考えろとクロードに言われた。

 私は届いたヘッドギアを装着した瞬間から正義の為に悪事こぶしを振りかざす正義の味方いほうしゃになるんだ。

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