第5話 VRSNSで探偵事務所尋ねました
夕食を終えた
ホームページには事務所の営業日と営業時間が記載されており、事前にアポイントメントを取ることで、ある程度は融通が利くようになっているらしい。
「定休日は火曜日と水曜日で営業時間は朝十時から午後七時までか」
本日は土曜日、明日は営業日であることを確認した葉子は、ひとまずアポイントメントなしで行こうと判断をした。ベッドに倒れ込みながら、ヘッドギアを装着する。新たにインストールした『フェイスマップ』のアプリケーションを眺め、一応アカウントだけ残すことにすると、葉子はいつも通り『ウロツイター』内部にログインするのであった。
VRスリにあったばかりだが、スリにあったばかりだから街を歩かないという訳ではなく、この時代においてVR空間を歩くと言うことは、現実の街を歩くことに等しかった。
それもVR空間故、夕飯後や入浴後も気軽に出歩けるようになり、現実の夜は、都会ですら仕事帰りのものや夜勤の者、コンビニにでかけるものくらいしか歩かなくなった。
『ウロツイター』内部では、時間間隔を失わないように、ログインポイントを基準に時間ごとに昼の風景と夕方の風景、夜の風景に切り替わるようになっている。
現在は夜仕様の風景になり、空は黒く染まり、建物の窓が光源になっている。また、月明かりに照らされているようになっているため、周囲に建物がないエリアをうろつくことも可能である。
午後七時はとっくの昔に過ぎているが、連絡先はある。早速名刺を渡してきたクロードにメールを送ると直ぐに帰ってきた。今、事務所にいる。それだけの文章だ。
葉子はモミジのアバターを使い、事務所のある東京エリアに移動する為に駅に向かった。
駅に向かって指定のジャンプポイントを入力すると数十円のエリアサーバ移動税が徴収される。そしてモミジは東京都葛飾区にあるお花茶屋ステーションから出ていった。
「事務所の場所の住所を入力っと」
『ウロツイター』の機能には、アドレスを入力することで、使用者の視覚にのみ道案内の矢印が路上に浮かび上がるようになっている。あとはそれを辿りながら歩くだけだ。
『ウロツイター』内部ではデフォルトで非接触モードになっているため、前方不注意とかはない。
そしてナビゲート通りに歩いていくと、とある建物で足が止まった。
「ここか」
葉子が見上げた先にある店には、クロードからもらった名刺に書かれていた探偵事務所の看板を出していた。間違いない、ここだ。そう思った、モミジはドアをノックする。
閉ざされたドアをノックすると、建物内にいる所有者設定されているアバターに通知が行く。
しばらくしてドアが開かれた。
「歓迎するぜ」
中から出てきたのは、黒に近いグレーのスーツを着た男性アバター。ワインレッドのシャツにスーツと同色のネクタイをしている。髪の色は黒髪のウルフカット。目つきはするどく少しかっこよく造形されている印象だ。
「あの私の依頼は」
「VRスリの件でいいか? まさかさっきのマタタビなんとかの件じゃねーだろ?」
「え? なんでそれを? 名推理?」
「推理もいらねえ。お前は昼間にVRスリの被害のことを掲示板に書き込んでいただろ。それであのへんな奴に呼び出されてのこのこついていったじゃねえか」
「ああ、あれですか。はいそうですその件でご相談がありまして」
モミジが相談内容として日中の出来事をなるべく詳細に説明すると、クロードは何かに気付いたようだ。
「おいモミジって名前でいいんだっけか?」
「はい、モミジです。何でしょうか?」
「ちょっとこっちにこい?」
「?」
モミジはクロードの近くまで行くと、クロードの手がモミジのアバターを通過するように横薙ぎに払われた。その瞬間、日中のショッピングモールで感じた違和感。アバターが一瞬だけ重く感じる感覚を感じた。
「預金のチャージ額を確認してみろ」
「え? えええ!? なくなってる!?」
「これがVRスリの手法だ。お前はショッピングモールでこの感覚を感じたんだよな? 今、盗った金は返すよ」
「ありがとうございます。でもどうやって? てゆうかなんでクロードさんもそれができるの?」
モミジはさきほどのマタタビ☆キャットの件もあり、少しクロードを疑い始めた。だが、クロードはモミジに疑われたと気付くと嬉しそうに笑った。
「いいリアクションだ。お前はこっち向きかもな。別に悪さに利用する為じゃねーよ。これは相手が何を使っているか知る為にこちらも手に入れたまでだ。使い勝手や制約までわからないと、調査のしようがないだろ? それに実際に受けた時に重くなる感覚がある。だから確実に同じものを使われたかどうか判断するには、同じものを体験して貰う方が早い。どうやらお前は非合法のツールでVRスリを受けたみたいだ」
「非合法? なんだか、悪い雰囲気」
「…………まあ、そうだな。今俺が使ったツールは同一座標に接触したアバターからチャージマネーの情報を書き換えて、自身のチャージに上乗せするツールだ。つまり、VR空間内で非接触状態で座標が重なった相手のチャージマネーを盗める」
「それがVRスリの正体?」
「そうだ。お前はショッピングモールの人ごみ内でターゲットにされたんだろう。大勢の人間から奪い取ればいつ盗られたかバレちまうから、ショッピングモールに入ってまだ一度も買い物をしていない客の中から一人を選んで、人ごみにぶつかったタイミングで接触して起動すればお前のチャージマネーは空っぽだ」
「そんな」
モミジがVRスリの正体が非合法のツールであると知り、それではどうやって取り返せばいいんだろうと考えていたら、モミジの目の前にいたクロードが近くにあったソファに深々と座ってこう呟いた。
「それでどうする? せっかくだから犯人まで特定してやってもいいぞ? ただし、依頼料は貰う。盗られた金が返ってくるかは運次第だ。依頼するか? しないか?」
依頼料を取られる。しかし、当然だろう。何せクロードは探偵だ。モミジは自身のお小遣いの残りを考えている。依頼したところで犯人が捕まる保証も、お金が返ってくる保証もない。ただ依頼料を取られるだけかもしれない。
「お願いします。確かに依頼料は痛いですけど、それよりもこんなことをする人がVR空間にいることが許せない」
「受けたぜお前の依頼」
クロードは近くにあった帽子を深々と被り、モミジからは口だけが見える状態になった。その口はニヤリと笑っているようにも見えた。
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