第4話 VRSNSで変な人に会いました
突如モミジの目の前に現れた男は、吹っ飛ばされたマタタビ☆キャットの頭部に触れる。
「何をしているのですか?」
「ああ、強制ログアウトだ。この弾丸を受けたアバターは不具合を起こし、ユーザー保護の為に運営が強制ログアウトを遂行する」
だが、ログアウトしたにも関わらず、そこにはアバターが転がったままだった。困惑しているモミジは更に困惑する。マタタビ☆キャットの頭部の着ぐるみのような部分がはがされたと思ったら、中からおっさんが出てきたのだ。
「うぇ!? え? もしかしてそれマタタビ☆キャットさん?」
「そうだ、こいつはVR痴漢の常習犯だ。しかもほとんどが被害届が出ていねえ。おそらく脅されていたんだろう」
もし、それがマタタビ☆キャットの素顔だというなら、先ほど自身の体をアバターとはいえ、触ろうとしてきた男は、この男だということだ。そう考えただけでも身震いしそうになった。
今まさにモミジはVR痴漢という初めて聞いた事件の被害者になるところだったが、それよりももう一つ気になることがでてきた。この男誰だ。それはモミジの脳内でぐるぐると回っている考え。
「あの? ところでお兄さんはどなたでしょうか?」
「あん?」
男はどこかにメールを打っていたみたいで、直立したままだったが、モミジに声をかけられて振り向いた。やっと顔が見えた。そう思ったモミジは驚いた。目の前の男は顔立ちはいいがどこか疲れ切った目をしていて、表情は少しだけ固い。
一歩近づきその顔をしたから覗き込む。VR空間内でもここまで疲労の表情が反映されるのだろうか。
「俺が誰か? まあ、いいだろう。受け取れ」
男がメッセージカードをモミジに送信すると、そこにはこう記されていた。
『仮想探偵事務所 所長 クロード』
モミジは渡されたメッセージカードに、指定のURLが記載されていることに気付く。そこはウロツイター内部の東京都葛飾区を示していた。ウロツイター内部での移動手段は大きく分けて二つ。現実と同じ距離を歩くか、バス停や駅、空港にあるジャンプシステムを搭載した施設に訪れることだ。
ホームスポットが山形県のモミジでも、問題なく探偵事務所に行くことができる。
ちなみにジャンプには一回百円ほど取られるが、どの距離でも百円しかとられない。ただし、海外に移動する場合は例外となっており、国家間が決めた金額を支払う必要がある。
「仮想探偵時事務所?」
「そうだ。興味があったら訪ねてこい。ホームページもあるぞ」
モミジは今、非常に興味のあるものを渡された気がする。そう考えていた。何故なら、マタタビ☆キャットと会おうとしていた目的はVRスリについて話をするためだったからだ。もちろん、マタタビ☆キャットはそんな気がなかったんだと今さら気付く。
しかし、偶然現れた見知らぬ男、クロードは探偵を名乗る男だ。モミジは藁にもすがる思いでクロードの腕を掴む。掴もうとしたが、クロードは接触設定をオフにしていたため、手は空を切った。
「なんだ?」
「あ、えっと実はちょっとご相談がありまして」
「事務所で聞こう。さっきのメッセージカードに連絡先もある。アポイント無しは受け付けん。以上だ」
そういってクロードはログアウトしてしまった。モミジも何もすることができずにそっとログアウトする。
部屋のベッドで目を覚ましたモミジもとい
今思えばさきほどあった痴漢はぞっとする行為だ。仮想とはいえ、自身の体をそういう目的で触られた。技術の進歩は喜ばしいことだが、それ以上に対策しなければいけないことが多すぎるのではないかと考える。
「今日はVRスリにVR痴漢。二つ同時に被害にあってそれで…………変な男に助けられて。クロードって変な名前」
葉子はベッドに置かれた白い大きな枕に顔をうずめる。途中何度も足をじたばたさせてから母親の声に呼ばれてリビングに向かった。食卓の上には、熱々のグラタンが三つ並んでいる。
「あれ? お父さんもいるの?」
「もう、今日はお父さんも一緒。反抗期?」
台所の方から葉子の母がやってきた。黒髪にセミロングの女性。いつもさくらんぼの髪飾りをつけている。ウグイス色のエプロンに桃色のセーターとベージュのスカートを穿いていた。
「いや、そういうつもりじゃないから。てかそこまで嫌ってないし」
葉子の父は基本夕飯の時間に仕事をしていることが多く、あまり一緒に食事を取ることはない。それでも家族思いの男で、でかけたいと一言かけるだけでいつでも予定を空けるくらいには娘に甘い男だ。
「お、今日はグラタンか。まあ母さんの料理はなんでも旨いからなんでも喜んでる気がするんだけどね」
「ありがと、お父さん」
葉子の父親もリビングにやってきてその日の夕食が始まった。父は黒髪に青渕メガネ。黒いジャージに蛍光オレンジのジャージを着ていた。背は葉子や母よりほんの少しだけ大きいくらいだろう。
そして夕飯のタイミングで両親から例の件の質問がやってきた。
「そういえば今日お友達にお金を譲渡していたな。通知が着てビックリしたぞ。何かあったのか?」
葉子は表情が暗くなる。せっかく美味しいグラタンを前にして今日起きた出来事を思い出してしまったからだ。VR痴漢の件はともかく、VRスリの件は両親に話そう。もしVR痴漢にあったなんて話したら、今後仮想世界にログインすることに制限をつけられかねないからだ。
ちなみにVRスリについては確証がない為、被害届を出すだけ出して終わってしまった。あとはサーバーログなどから調査されるみたいだから事情聴取もないらしい。
「なるほど、VRスリか。とにかく被害については犯人がわかるまで返金はないのだろう?お小遣いは足りているのか? パパが少しだけ上げようか?」
「お父さん、そういってこないだ葉子に五万円渡したでしょ? これで友達とご飯食べに行きなさいって明らかに飲食代超えてましたよね?」
父と母が言い合いをしている中、葉子は少しだけ不安な気持ちが吹っ切れたような気がした。そして明日、探偵事務所にアポイントを取ろうとも思った。
「お父さん、三万でいいよ」
「葉子! 貴女も調子に乗らない!!」
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