3.夜を跨いで

 24時30分。少しだけ寝て、起きてしまった。喉が渇いたので水を飲みに行こうと思ったが体が動かない。


 声を出してはいけない気がして出せない。


 変に力が入ってしまう。金縛りより厄介かもしれない。


 背中には柔らかい感触。目の前には自分ではない誰かの手。下半身には生脚が絡みついている。俺が薄いジャージを履いているからか、生脚の温もりを薄っすらと感じる。うなじのあたりをそっと撫でるように寝息がかかる。


 距離を開けて寝ていたはずの琴音さんが何故か俺に抱きつきながら寝ていた。


 女の子の胸ってこんな感触だったのか。こんな形で知ることになるとは思いもしなかった。


 どうすればいいのだろうか。この体勢のまま寝てしまうべきか、琴音さんを起こさないように細心の注意を払って拘束を解くべきか。


 どちらにしても至難の業だ。この体勢のまま寝るのはこちらの精神状態的にも不可能に近いし、俺は悪くないが罪悪感を覚えてしまう。拘束を解くといった手段は琴音さんを起こしてしまう可能性が高いし、最悪の場合俺が手を出したと誤解されてしまうかもしれない。


 後者のような事態に陥るのなら、このままじっと琴音さんが起きるまで固まっていたほうがいい。琴音さんが起きて、自分から抱きついていたということを気づかせるしかない。


 こうしてただひたすら部屋の壁とか時計とかを眺める長い夜、孤独との闘いが始まった。


 ただ頭を空っぽにしているのも辛いので、ゆっくりと近づいてくる冬休みのことについて考えることにした。


 冬休みって何があるんだっけ。そうだ、クリスマスか。他にも大晦日とか正月、初詣とか色々ある。


 友達が少なく、彼女がいない俺にとってクリスマスは縁のないイベントだが。


 そういえば今年は両親が日本に帰ってこないって言ってたし、1人で年末年始を過ごすことになる。初詣も人が少なくなってから行こう。周りが家族や友達、恋人といる中で1人で初詣は寂しいからね。


 冬休み中は部活があるのだろうか。たまにしか活動しない名ばかりの写真部だけど。なるべく活動したくないけど、部の存続のためにたまには活動して実績を残さなきゃいけない。来週学校に行ったら胡桃さんに聞いてみよう。


 ふと時計を見ると25時、午前1時だ。ぼーっとしたり、たまに何か考えたりしているうちに1時間経っていた。しかし琴音さんが起きる様子は無く、体勢が変わる様子もない。1時間もこの状態で耐えたことを誰かに褒めてほしいがこんなこと誰にも言えるわけがない。


 慣れてきて精神的な余裕が出てきたことによりあることに気づく。部屋が若干寒くなってきたのだ。時間帯の問題なのかと思ったがヒーターをつけているのに──


 ヒーターのタイマーが切れていた。普段ならタイマーをかけて夜中に切れるようにしていたけど今日はそれではいけない。


 そしてもう1つ、気づいてしまった。今、琴音さんは布団をかけていない。何故かわからないけど、ベッドの下に布団が落ちているからだ。


 ヒーターをつけているとはいえ下を履いていない琴音さんが風邪を引いたら大変なのでどうにかして布団をかけ直したいが、結局拘束状態を解かなければいけない。


 少しだけ悩んだ結果、拘束を解いて布団をかけ直すことにした。その後俺はリビングのソファーで寝ればいい。うまくいけば琴音さんは風邪を引くことなく、俺に抱きついていたことも気づかず朝を迎えることができる。


 やるしかない。まず脚をゆっくり動かして下半身から先に脱出する。琴音さんの柔らかなふくらはぎの感触が次第に遠退く。こんなに慎重になったのは人生で初めてかもしれない。


 とりあえず下半身は自由になった。後は手を退かせば任務完了。背中のあたりにある柔らかい感触とさよならするのは些か惜しまれるがそんなことも言っていられない。両手でゆっくりと琴音さんの手を持ち上げようと触れた瞬間──


「え、なに」


 眠そうな琴音さんの声。起きてしまったのだ。


 あまりにも最悪のタイミング。


「はははは」


 どうしていいかわからず乾いた笑いをすることしかできない。


 とりあえず握ったままの琴音さんを手を下ろしてベッドから降りた。


「すみませんでした!でも違うんです!」


 そう言って即座に土下座した。


 琴音さんは目を擦りながら俺を見ている。今どう思われているんだろう。早く何か言ってくれ。罵声でもいいから。


「あ〜、いいですよ。土下座なんて。琴音、寝相悪いしいつもぬいぐるみ抱いて寝ていたから、多分それで先輩のこと抱いて寝てたんですよね?」


「そうだけど、なんか悪かった。すまん、俺違う部屋で寝るわ。おやすみ」


「いや、待ってください。さっきも言いましたよね?1人じゃ寝れないって。私が眠るまで一緒に寝ててください」


「いやでも」


「いいから!じゃないと学校に言いふらしますよ!今日のこと!」


 こいつ酔っ払ってるのか?と思うほど暴走していた。


 仕方ないので再びベッドで横になる。琴音さんは最初の位置にちゃんと戻って今度はしっかり寝てくれた。それを見て安心した俺もいつの間にか寝てしまって、目が覚めた時には太陽の光が部屋を照らしていて、朝を迎えていた。カーテンの隙間から見える空に雪は降っていなかった。


 またしても琴音さんは体に絡みついている。琴音さんの手や脚から少し汗をかいているように感じる。ヒーターで暖めすぎたせいか、俺に抱きついてるせいかはわからないが。あまり良い気分ではないが特段悪い気もしなかった。


 夜は色々と神経を使ってしまってちゃんと寝れなかったしこのまま再び寝てしまいたい。許してくれるだろうか。そんな葛藤を少しだけ抱えたが誘惑に負けて二度寝した。















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