第16話 謎の2人組、顛末を語る

「それでね、やって来た君のおばあちゃんがお母さんに手を貸して、トイレに連れて行こうとして、だけど、その途中でかなり出血があったもんだから慌てて救急車を呼んだ。…もしやと思ったんだろうねえ、キッチンにあった飲みかけのお茶とかも、一緒に病院に持ち込んだんだよ。おばあちゃん自身は、食あたりか何かだと思っていたようだけど」


 気づくと私は、自分の部屋の自分のベッドの中。茫然としたまま、セイバーが滔々と説明するのを聞いている。彼の後ろには、渋い顔で腕組みをしたまま無言で突っ立つ、シェイバーの姿。

 状況が呑み込めなくて、しゃべる彼と無言の彼を交互に見ていると、話を止めたセイバーが、急に生真面目な顔を作って、


「どうしてって顔をしているね?」

 と聞いてきた。

 そうよ、どうして? 私は、あのまま消えたんじゃなかったの? そう思ったときに、シェイバーが渋い顔のまま口を開いた。


「まったく、まんまとやってくれたよな。自分の母親に、堕胎効果のあるハーブティーを処方するなんて。彼女、半狂乱だったぞ」

「…じゃあ、うまく行ったのね?」

「ああ、あんたの計算どおりに」

「だったら、なぜ?」


 私は、まだ、ここにいるの? あの7日間、毎日淹れてあげていたあのハーブティーで、“私”はハナさんの胎内からされたはずなのに。そんなことを考えつつ、私は計画を思いついたきっかけを思い起こしていた。


 それは、ほんの偶然だった。


        ***


 ある日、ハーブティーの薬効を研究するあの団体のクローズドサイトで、私は、母体にほぼ負担をかけず、ごく自然に堕胎させるという処方を見つけた。

 実は、堕胎効果のあるハーブなどの処方は、結構ニーズがある。なぜなら、決して平和とは言えないエリアは世界に多々あり、また、故郷を追われた人々の集団も多く、そうした中では年若い女性がおぞましい被害に遭うことが、少なくないから。そうした被害者の救済のため、なるべく体に負担無く―ということで、研究が盛んなのだ。

 自分の身に何が起きたのかわからないまま、妊娠してしまう少女もいる。そんな場合は、できることなら本人に何も気づかせず、心の傷を深くさせることなしに、処置を終わらせたい。

 だから、あのハーブティーの処方は本当に画期的で、大いなる救いをもたらすと目される存在だった。望まない妊娠をした可能性がある女性に、5~7日かけて、毎日異なるレシピのハーブティーを順次飲ませていく。女性が妊娠していなければ、何も起こらない。でも、もしも妊娠していたら、そのときには、飲んだお茶の相乗効果で、わずかな腹痛とともに胎児は母体から“排出”される。わずかな腹痛、感覚としては生理痛に近いらしく、人工的に流産したこと、さらには、妊娠していたと本人が気づくことも稀、とレシピの説明にあった。もちろん、宿った子に罪は無く、このやり方は人道的な問題があると非難されるべきものかもしれない。でも、被害者である少女たちの心身を健康に保つためには、必要悪とも言えるものなのだ。

 それなら、ハナさんのケースも同じと言えるはず。母体を救うための、”必要悪”。


        ***


「必要悪、ねえ」

「だから、心を読まないでってば」

「言えた立場か? ルール違反だとは思わないのかよ?」


 思い切り渋面を作って言うシェイバーに、あえて強い言葉で反論する。


「あら、私は、あなたたちが言ったルールを守ったはずよ? 他者を傷つけない。確かに、ハナさんは腹痛を起こしたけど、生理痛レベルということだし、傷つけるというほどのことじゃなかったと思うわ。傷つき被害を受けたのはお腹の赤ちゃんだけど、あれは私自身なんだから、問題ないでしょ?」

「ああ、まあ、そうなんだけどさあ…」


 いかにも困ったという顔で、セイバーが言う。私にもわかっている、これが詭弁だということを。吐息をついて、最も気になっていることを改めて質問した。


「ねえ教えて。なぜ私は失敗したの? 絶対うまくいったと思ったのに。ううん、それよりハナさんはどうしたかしら? あの処方、本当に体に影響なかった?」


 そう、あのお茶を飲んでハナさんが腹痛を起こして立ち去るのを見送りながら、私の意識は遠のいた。その直前に、私は確かに、自分の体が透けていくのを感じたのだ。あれは、存在の消滅の予感だった。あのまま無に帰ったはずの自分が、なぜ今こうしてここにいるのか。あの後、一体何が起こったのか。何よりも、ハナさんは、無事だったのか。

 2人をじっと見つめると、彼らは目を見合わせてまたこちらを見、そして言った。


「いいだろう、あの後起きたことを、教えてやるよ」

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