第27話 矢文をめぐる作戦会議

 そのとき、再び飛んできた矢の唸りがタイロンの言葉を遮った。

 だが、飛んでくるものはない。

 ドモスがぼやいた。

「せっかくいいとこだったのに」

 闇の奥に消えていった音を負って、タイロンが駆け出す。

「見てくる。何か言ってきたんだ」

 ドモスがそれを止めた。

「行ってきてやるよ」

 俄然やる気を出したらしく、さっさと駆け出していく。

 アンティが呆れた。

「切り替えの早いことですわね」

 イスメも同調した。

「全く」

 2人はお互いに意見が合ったのに気付いたらしい。

 互いに背中を向けてはいたが、何となく後ろの相手の様子を眺めているようだった。

 そこへドモスが戻ってきた。

 皮肉っぽく笑いながら、矢文を開いてみせる。


  返答はまだか


 イスメが嘲笑った。

「分かるか? なぜこう聞いてきたか」

 アンティが頷いてみせる。

 分かり切ったことを聞くな、と言わんばかりだった。

「痺れを切らしたんですわ……落ち着きのないこと」

 壁を見上げていたドモスが、レイピアを抜いた。

 全員に向き直る。

「もうすぐ来るぜ。たぶん、破城槌とか魔法とかで、扉を破る力はない。あればとっくに使ってる」

 饒舌になっているのは、それだけやる気になっているということだ。

 それを少女2人に笑われていたことを、ドモスは知らない。

 そこで、タイロンがさっき中断された作戦を短くまとめた。

「降りてきたところを1人ずつ仕留める」

 ドモスは念を押すように尋ねた。

「3人でか?」

 それがどのような意味合いを持つかは量りかねた。

 そこへまた、矢が降ってくる。

 今度は目の前の地面に突き刺さった。

 タイロンが矢文を開いてみると、こう書いてあった。


  門が開くのを待つ


 文面を告げると、ドモスが嘲笑った。

「そらみろ、言った通りだ。こっちが主で、向こうが従ってことさ」

 ちらりとイスメを見やる。

 アンティがイスメと目くばせして、混ぜっ返した。

「それなのにできませんの? 3人で」

 ドモスは、からかい気味に言い返した。

「戦えないヤツが言うかな」

 そこで、次の矢文がイスメの頭上に降ってきた。

 稲妻の蛇が焼き尽くす直前の手紙を、イスメがさっと読み上げた。

 

  応じないならこちらにも考えがある

 

 真っ先にわらいこけたのがドモスだった。

「見せてもらおうじゃねえか、どんな手があるか」

 一方でタイロンは、冷静に答えた。

「とにかく、先に地面に降りられたら、こっちに手がない」

 その前に仕留めるしかないということだった。

 だが、武器が届かなければ叶わないことである。

 それについては、イスメがさらりと言った。

「射落とせばいい」

 そんなことは分かっている。

 だが、根本的な問題があった。

「弓がない」

 騎士見習いのドモスはともかく、傭兵のタイロンに仕えない武器はない。

 だが、魔王討伐は隠密行動だったので、目立つ弓を背負うわけにはいかなかった。 

 門番にも用のないものなので、小屋にもそれは置いていなかった。

 それを察したかのように、また矢文が降ってきた。

 アンティが拾ってきて、考え考え読み上げた。


  こちらから参上する


「どうしますの?」

 タイロンとイスメを、面白そうにかわるがわる眺める。

 徹底抗戦を主張した責任を取れと言わんばかりだった。

 イスメは平然と、片手を高く掲げた。

「ここにある」

 何もない所から、2張りの弓が掴みだされた。

 さっき、稲妻の蛇の這う斧が現れたときのように。

 アンティが非難がましく言った。

「あるなら最初から」

 さらわれるとき、上から人が降ってきたのは覚えているらしい。

 だが、イスメは冷めた口調で言い捨てた。

「共に戦う気のない者に渡してどうする」

 そこで降ってきたのは、唸り声をあげる矢の雨だった。

 タイロンの偃月刀が、ドモスのレイピアが振るわれる。

 イスメの斧が一閃すると、降り注ぐ矢を稲妻の蛇が焼き尽くした。

 地面に残った矢を3人3人、拾って読み上げる。

 同じ文句がつづってあった。


  門を開けるなら今のうちだ

 

 その強がりと芸のない言葉に、その場の4人は笑い転げた。

 アンティも調子に乗って、イスメの手にある弓に手を伸ばす。

「私だって」

 その手を押さたのはタイロンだった。

 ムッとするアンティをなだめるように告げる。

「君には君の出番がある」

 そこで、蜂の巣をつついた後のような唸り声が辺りに響き渡った。

 防ぎきれないほどの矢が降り注いでくる。

 タイロンがアンティを、ドモスがイスメをかばって地面に伏せた。

 地面に突き刺さった草むらのような矢には残らず、手紙が括りつけてある。

 4人が手に取って読んでみると、やはり同じことが書いてあった。


  よろしい、では命を頂戴する


 一同は高らかに笑った。

 壁の向こうに聞こえるかもしれないことなど、気にもしていない。

 ひとしきり笑ったあと、あちこちに散らばった目障りな矢を、それぞれ手分けして集めた。

 ドモスが地面から矢を引き抜きながら、おどけてみせた。

「おい、どうする? 最後通告だぜ」

 イスメは矢を地面にまとめながら、事もなげに言い切った。

「さばき切ってみせるがな」

 アンティが集めた矢を山と積みながら、タイロンは言った。

「僕たちで間に合わなくなったら、宝珠を使うんだ」

 大人数にいっぺんで降りてこられては、弓矢が間に合わないかもしれない。

 宝珠の光があれば、目くらましになる。

 だが、それにはひとつだけ危険があった。

「イスメの斧が……」

 魔力を失えば、それはただの斧だ。

 だが、イスメは平然と答える。

「稲妻の蛇などなくとも、目がくらんだ人間など」

 タイロンにはもうひとつ、心配なことがあった。

 だが、それを口にする前に、夜空から火の玉が降ってきた。

 ドモスが叫んだ。

「火矢だ!」

 音もなく飛んできた火矢は、築かれた矢の山に命中する。

 炎は一瞬で燃え広がり、山となった矢文という矢文を焼き尽くした。

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