第14話 姫が語る魔界の秘密

「で……何のお話ですの?」

「実は……」

 タイロンは今、苦境にあった。

 早く話を切り上げなければ、ドモスは老人を手に掛けるだろう。 

 だが、こんなことで自分の気持ちを口にするわけにはいかなかった。

 思いの丈を告白して、拒絶されるのは何でもない。身分違いの相手なのだから、報われなくて当然だ。

 しかし、それだけに、言葉を選びたかった。時と場所を選びたかった。

 それができないなら、この場で話をでっち上げなければならない。

「たいしたお話でないなら、私……」

「待って!」

 席を立ちかけるアンティを止めたタイロンは、とっさの一言を口にした。

「君の……その……父さんのこと」

「どちらの?」

 居住まいを正したアンティの目は険しかった。タイロンも身体をまっすぐに伸ばして、自分の言葉の重みにふさわしい姿勢を取った。

「どんなふうに、魔王に育てられたの?」

「厳しく、そして優しい方でした」

 老人が湯を使っているであろう方向にある石壁に目を遣る。

「あなたとドモスが侵入したあの城で、私は育ちました」

「そう……わかったよ」

 話を合わせてはいるが、長くしゃべらせてはならない。席を立とうとしたところで、今度は姫君が止めた。

「待ってください! 話は終わってません」

「いや、僕はもう……」

 再び、アンティの眦がつり上がった。

「もしかして、からかってます?」

「そんなことは……」

 肩肘を強張らせながら、タイロンは話を合わせた。

「城というより、迷宮でしたね」

「人間たちの侵入を防ぐためでしたのよ、あれ」

「侵入……?」

 タイロンはアンティを見つめ返した。一瞬のためらいの後、タイロンは再び席を立った。

「わかりました。魔界から見れば、魔王の討伐者は侵入者ということですね」

「私の生い立ちが知りたかったのではありませんか」

 タイロンは席に戻るしかなかった。一刻の猶予もないが、アンティの不審を買うわけにはいかない。

 老人へのドモスの殺意だけは、知られるわけにはいかなかった。

 そんなタイロンの都合などとは関わりなく、魔界とはいかなる場所であるのかが語られ始める。

「あの山岳地帯には、貴金属の鉱脈があります。魔界の者たちが生きていく術は、金銀宝石による人間の世界との交易でした」

「まさか、今までの魔王討伐って……」

 アンティは頷いた。

「そうです、この鉱脈を奪い取ることでした」

「それだけ分かれば充分です」

 ドモスを止めに行こうとするタイロンの手を、アンティはすさまじい力で掴んだ。

「父の話を聞きたいのではなかったのですか」

「……手短に」

 キッと睨まれて、タイロンは小さくなった。自分で言いだしたことである。たっぷり聞いてやらなければ、この姫君は納得しない。

「魔界の生活は、決して楽ではありませんでした。交易で得られる乏しい食物や衣料をどうやって公平に分けるか、それを決めるのが魔王の仕事だったのです」

「じゃあ、魔術は? どこの国でも警戒してるよ?」

 アンティは不敵に微笑んで、胸の谷間に潜ませた短剣を晒してみせた。蝋燭しか明かりのない小屋の中を、青い炎の光が満たした。

「こんなものを見せられたら、知らない者は恐れるのが当然です。だから、父はいつも、むやみに魔法の力を見せるものではないと皆を戒めていました」

「それで充分です」

 だが、魔剣の切っ先を突きつけられてタイロンは縮こまった。ドモスが裸の老人を暗殺するには充分な時間が経っている。

 もっとも、アンティは知る由もなく、知られるわけにもいかない。

「父は、魔族ではない私を、かえってその模範として扱いました」

 その意味は、タイロンにも察しがついた。

「魔法が使えないのではなく、使わないのだとして?」

 アンティは、青い炎の揺らめきの中で、魔剣の切っ先を見つめた。

「これは、魔法が使えない悔しさで泣いていた私に、父が懐剣としてくれたものです。これが、あなたによって形見となりました」

 あの涙が、また一筋流れた。

 タイロンは、もう立ち上がることはなかった。

「アンティ……僕は……」

「分かっています。あなたは賞金稼ぎの傭兵なのですから」

 その声は震えていた。悲しみとも怒りともつかない、その響きに動けないでいるタイロンの前で胸元へ短剣をしまったアンティは、いきなり寝室へと駆け込んだ。

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