第11話 鷹が新たなる時代の希望を告げる

 そこへ飛び込んできたのは、ドモスだった。

「鷹だ!」

 短剣を胸元に隠したアンティは、入れ違いに小屋から駆け出していった。

 ドモスは唖然として、その後ろ姿を見送る。

「……何だ、アレは」

 どうやら、あの短剣には気づいていないようだった。むしろ、怪訝そうに眺めたのはタイロンの偃月刀のほうである。

「……何してんだ」

「いや……身体がなまってるから」

 狭い部屋の中で大きな刃物を振り回しはじめたタイロンに、ドモスは首をすくめる。

「やめろやめろやめろって! ……危ないな!」

「そ……そうだよな、外でやればいいんだよな」

 戸口へ駆け出したタイロンは、外を眺めた。アンティは、さっき老人がドモスと消えた方向をじっと見つめている。

 かける言葉もないところで、その背中をドモスがどやしつけた。

「おい、ちょっとこっち来いや」

 慌てて振り向いたすぐそばでドアを閉められ、タイロンは身体をすくめる。

「危ないな!」

「こんな狭い小屋の中で偃月刀振り回すお前ほどじゃない……まず座れ」

 タイロンがまだ目を遣るドアの向こうには、まだアンティがいる。

 そこから少しでも引き離そうとするかのように、ドモスはタイロンの手を取って、テーブルの向こうへと引きずっていった。

「何だよ」

 無理やり座らされたタイロンは、首から上に貼りつけられたような笑顔で応じた。その目は、やはりドアを見ている。

 ドモスもちらりとそちらを振り向いたが、またタイロンを見据えて、ドアを背に座った。

「鷹が来た、また」

 それの用件は明らかだった。

 王宮が、アンティフォーネルカディート姫の帰還を促してきたのだ。

 返事もしないタイロンに、ドモスは鷹の脚に括られていたものと思しき布を広げてみせた。

 タイロンは、ため息まじりにそれを読み上げる。

「いずくに居られるや。急ぎ戻られたし……明日、内門の前にて待つ」

「チャンスだろ、これ?」

 足をどたばたさせて喜ぶドモスだったが、タイロンはテーブルに、手も投げ出さずに突っ伏した。

「そう思うか?」 

「だってさ」

 ドモスはテーブルに身を乗り出す。

「門は内側から開くんだから、ジジイ関係ないだろ」

「閉められちゃったら?」

 喉から絞り出すようなタイロンの呻き声を、ドモスは軽く笑い飛ばした。

「開けとけばいいだろ!」

 タイロンは身体を起こして、苦々し気に言った。

「忘れてるよ、アンティのこと」

「あれ……本気? もしかして、さっきのアレ」

 短剣のことは言わずに、タイロンは頷いた。 

 ドモスは椅子の上でのけぞる。

「かアアア~っ、何だよそれどういう趣味だよ……爺さんは?」

 アンティも、力無くつぶやいた。

「あの爺さん、アンティ次第だって言うんだ」

「もしかしてあの爺さん、そういう趣味?」

 乾いた笑いを立てるドモスを、タイロンは鋭く睨んだ。

「やめろよ」

 ドモスは肩をすくめた。

「悪かったよ……そう言えばお前、そうだったよな」

「それも言うなよ」

 弱々しく答えたタイロンは、呆然とドアを眺めている。

 それがいきなり開いた。

「話終わった? タイロン」

 ちょっと不機嫌そうな表情で、アンティは戸口にもたれかかった。

 タイロンは縮み上がる。

「ア……アンティ……? いやその、僕は別にそんな……」

 それきり口ごもってしまった賞金稼ぎの傭兵に、見習い騎士は少女のような笑みを見せた。

「大丈夫、きこえてやしない……あとは任せろ」

「どうするつもり?」

 鼻で笑うアンティを横目で見ながら、ドモスは怒りの声をぶつけた。

「ワガママこいてんじゃねえぞコラ」

「私は、私の気持ちに正直なだけ……だって、城内に入らない限り姫じゃないんですもの。そうでしょう? タイロン」

 それを口にした張本人は、ますます小さくなる。

 余計なこと言いやがって、と吐き捨てたドモスは立ち上がると、タイロンに背を向けて立った。

 見据える先には、アンティがいる。

「悪いが、ずっとここにはいられねえ。明日、城から迎えが来る」

「私、行かないから」

「姫様がイヤでも連れ帰るだろうよ、王様の命令だからな。あの爺さんだって……」

 アンティは唇を噛むと、胸元に手を当てた。

「……それ以上、言わないでください」

「じゃあ、姫様も諦めるんだな。あの爺さんに迷惑かけたくなかったら」

 余裕たっぷりに言ってのけたドモスは、明らかに勝利を確信していた。

 一方のアンティは、帰す言葉もなくうつむいている。その手は、胸の谷間へと滑り込んでいった。そこには、魔王と育ての父と仰ぐ姫君の秘密がある。

「王宮の兵士に触れられたときは、私にも考えがあります」

「心配してるようなことはねえよ、そんなところに手を出したら、命が……」

 みなまで言わないうちに、タイロンがその身体を押しのけて叫んだ。

「やめろ!」

 アンティは目を見開いて、さっき短剣を隠していた辺りから手を引き抜いた。

 床に転がされたドモスは余りの不当な扱いに、タイロンを見上げて睨みつけた。

「何だよ、誰のために俺は……」

 タイロンはその先を言わせなかった。

 目を固く閉じて、必死の形相で思いを告げる。

「やめろよ、アンティ。君に死なれたら……僕は……僕は……」

「どうしたの? タイロン」

 ただならぬ雰囲気に、アンティも険しい眼差しを解く。ドモスも、ただ震えるばかりのタイロンを凝視していた。

 やがて、途切れた言葉を落ち着いた声が継ぐ。

「約束の報酬が貰えない。あんな苦労をして、僕もドモスもタダ働きだ」

 騎士見習いのため息と同時に、王宮の姫君は背中を向けた。

「あ、そう」

 ばたんと閉じたドアに縮み上がったタイロンを、起き上がったドモスが小突いた。

「何やってんだよ……言うなら今だろ」

「言ってどうするのさ」

 不貞腐れるタイロンの頭を、ドモスは再び指で突いた。

「気が変わるかもしれんだろが」

 そのとき、ドアが再び開いてアンティが顔を出した。

 タイロンは、しどろもどろに尋ねる。

「な……何? アンティ」

「今夜、お風呂沸かすから……ドモスは薪を割って」

 姫君は眉ひとつ動かさずに用事を言いつけると、2人をドアの外へと追い出した。

 部屋の隅にあった長い箒を手に取ると、やたらとあちこちを掃き始める。

 ドモスがぼやいた。

「何も、夜のことを今やらなくても」

 返事の代わりに、タイロンの目の前でドアが閉められた。

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