第7話 老いた衛兵に若き賞金稼ぎが挑む

 小屋の中から一歩も出ないように見えた門番だったが、そうでもないことをタイロンが知ったのは次の朝だった。

日ごとに近づいてくることになっている姫の帰還を待って、城内の興奮はますます高まっている様子である。この朝は、鳴り物まで聞こえ始めた。

 それで目が覚めたタイロンは偃月刀を腰に下げると、男3人が雑魚寝することになっている台所を後にして、まだ空気の冷たい外に出てみたのだった。

 姫君はというと、門番の老人が明け渡した寝室で、「宝珠」を枕元にして安らかに眠っているはずだった。

 いつもは3人とも、朝寝坊の非難と共に叩き起こされている。本人は朝早く起きて食事の支度をしていると自負していることだろう。だが、タイロンとしては、たまにはこういうこともあると思い知らせておく必要があった。

 まだまだ、先は長い。門番の老人が内壁の門を開けない限り、この生活は続くのである。

 高い壁の向こうから漏れてくる朝日の光に目を細めていると、門番の老人の姿が目に止まった。小屋から持ち出されたままになっている椅子に腰かけている。背を向けているのと遠いのとで、どんな顔をしているのかは分からなかった。

 壁の内側からは、まだ鳴り物の音が断続的に聞こえてくる。その、太鼓や銅鑼の音のひとつひとつに首を微かに振りながら、老人は何か考え込んでいるようだった。

 直談判するなら、今しかない。

 肚を決めたタイロンが思い切って歩み寄ると、老人のほうから口を開いた。

「うるさいことだ」

「……すみません」

 年長者、とくに老人には敬意を払うようにと、タイロンは父親から教わっていた。確かに、朝早くにひとり物思いにふけっている老人の邪魔などするものではない。

 だが、場合が場合である。無礼を働いてでも、話さなければならないことがあった。

 その最初の一言に迷っていると、老人が再び口を開いた。

「おぬしもうるさくて出てきたのか?」

「あ……はい」

 そこまでは感じなかったが、この音で目が覚めたのは間違いない。

 とりあえず曖昧に答えたのに気付いているのかいないのか、老人は沙羅に問いかけてきた。

「どう思うかね、城の外の人間として」

 タイロンは、この城壁の外でいくつもの国をめぐり、戦争だけでなく人外の者どもを相手にした探索行をいくつも経験している。まだ老人には話していなかったが、おそらくアンティから知ったのだろう。

 こんな老人が16歳やそこらの小娘をまともに相手にすることもあるまいが、それでもタイロンは言葉に迷った。

 それなりの男だと思わせるには、それなりの話をしなくてはならない。

 しばらく考えて、タイロンが選んだのはこんな答えだった。

「この街の人たちが何を待ち望んでいるのか、僕には分かりません」

「喜ばしいことではないのかね? 世継ぎの姫であるからには」

 わざわざ反論してくるのは、からかっているのか、それとも試しているのか。

 そのどちらであっても、答えてみせなければ格好がつかない。

 タイロンは、ドモスやアンティの前では喧嘩を売るようで言えなかったことを、思い切って口にした。

「僕が姫君の救出を依頼されたのは、秘宝の盗難が発覚したからです。王宮の人たちがそれに気づくまで分からなかったことなら、街の人たちにも黙っていればいいんです」

「人の口に戸は立てられんよ。隠すより現るともいう通り、下手にごまかせば余計に不信を招こうよ」

 老人の口調には、いささか嘲笑の響きがあった。そこで笑われているのは、タイロンの青臭さかもしれなかったが、また、王宮の人々の愚かしさかもしれなかった。

 だが、タイロンはいかに見下されても、答えるのをやめなかった。

「世継ぎが魔族とすり替わっているなんて、大変なことです。だからこそ、王宮は僕とドモスを内密に魔界へと送ったんです」

「万が一、死んでも口をつぐんでいれば済むことだからな。賞金稼ぎの傭兵と、騎士見習いの坊やなど」

 憎まれ口を叩くにしても、命の軽重まで口にすれば、決闘ものの侮辱である。

 しかし、話を中断するにはまだ早すぎた。タイロンには、言いたいことがまだまだあった。

「鷹が戻ってくるまでの時間から、王宮は魔界への到着と、僕たちの帰還の見当をつけたんでしょう。任務が遂行されたと思ったから、街の人たちに事実を知らせたんです」

「何もかもうまくいっている。結構なことではないかね」

 くつくつと笑う声に、タイロンは強く言い返した。

「そうは思いません。大変なことが起こったって分かったのに、こんなに浮かれていていいんでしょうか」

「戦を仕掛けるなら、まさに今だな」

 皮肉めいた口調に、歴戦の若き傭兵は老人の背中を真剣な眼で見つめた。

「このカナールに、怪物や妖魔がうろつく荒野を越えてまで攻め込む価値はありません。丘陵の向こうにある、隣の国との交易がなければやっていけない国です」

「そんなところへ帰る姫君が、かわいそうだとは思わんかね?」

 取りようによっては、老人がアンティを帰したがってはいないようにも聞こえる。

 タイロンは言葉に詰まった。

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