第6話 どこまで熱くなるか、燃える男たちの対決
「見せてくれ、君の本気……といっても真剣はナシだけどな」
放浪の賞金稼ぎは、同じ武器をゆっくりと頭上に掲げる。
共に「魔界」へと赴いた勇者2人の対峙に、初夏の空気は一瞬だけ、凍てついた冬の空の下のような緊張感に張りつめた。
やがて。
「ハアアアアッ!」
いつもの穏やかな物言いからは想像もつかないような裂帛の気合と共にタイロンが動き、間合いの長い棒が一気に振り下ろされた。
だが、その先にはもう、ドモスの姿はない。
音もなく間合いを詰められ、タイロンの喉元めがけて棒が突き出される。
瞬時に飛び退ったタイロンが棒を横薙ぎにすると、少女のような笑みを浮かべたドモスは軽くのけぞってかわした。
「俺の勝ちだ……」
「いや、まだ引き分けだよ……」
タイロンの首筋と、ドモスの額にそれぞれ一筋、赤いものが滲んだ。
それまで崩れることのなかった騎士見習いの笑みが、一瞬で悪魔の形相に変わった。
「おんもしれええええ!」
ケタケタ笑いながら跳躍すると、逆手に持った棒を脳天に向かって突き下ろしてくる。
一歩退いて鼻先でかわしたタイロンが近間で棒を一打ちすると、ドモスは立てた棒を支えにして、その頭上を越えた。
タイロンが振り向きざまに一閃した棒は、いきなり地面に伏せたドモスの背中をかすめる。
振りかぶった棒は地面を打つ前に、狙った身体に宙返りで後ろへ跳んでかわされた。
荒い息の下で、汗まみれのタイロンは楽し気に叫んだ。
「逃げてばっかりじゃないか!」
「それだけ余裕なんだよ、俺は!」
歪めた顔の割には明るい声で軽口を叩いたドモスは突然、改まった口調で語りかけた。
「ところで、お前さ……」
「甘い!」
遠間から、渾身の力で棒が突き出される。だが、それにも怯むことなく、低い声がつぶやいた。
「アンティのこと、好きだろ?」
一撃に込められた気合が緩んだところで、鋭く空を切るものがあった。
ぐ、と呻いたタイロンが倒れるのと同時に、物干し竿が乾いた音を立てて地面に転がった。
「な……投げるかな普通……棒だよ」
「槍だったら死んでたぞ……俺の勝ちだな」
歩み寄って物干し竿を拾おうとしたドモスだったが、その足首は突然、引っ掴まれた。のけぞって倒れた美少年にまたがったのは、タイロンである。
「おかしい? ……好きになったらおかしい?」
「おかしくはないけどな」
ドモスは馬乗りになった身体を、巴投げで放り上げた。タイロンが背中から落ちても、起き上がりもしない。
「負けは認めろよ」
「どっちの……?」
力なく尋ねる歴戦の賞金稼ぎに、可憐な騎士見習いは不愛想に答えた。
「どっちも……」
「いやだ」
駄々っ子のように拗ねるタイロンに、ドモスは面倒臭そうに尋ねた。
「いつからだよ」
「魔界で出会ってから……ずっと」
おずおずと返事したのにため息で返して、ドモスは悪態をついた。
「お前、本っ当、ムダなことに力入れるのな」
「ムダなもんか……すっきりして終わりたいのさ、この仕事も」
タイロンの言葉のひとつひとつがむず痒いとでもいうように身をよじらせていたドモスは、手足を四方に大きく突っ張って伸びをした。
「諦めろよ、放っておけよ、あんなワガママ娘」
「そんなこと言ってさ……君はどうだったの、帰ってくるまで」
賞金稼ぎの恥ずかしげな問いに、騎士見習いはじたばたと笑い出した。
「何だ、お前ずっと、そんなこと考えて護衛してたのか!」
「笑うなよ……」
いつになく情けない声を出す相棒を哀れに思ったのか、ドモスは気の抜けたような返事でおどけてみせた。
「俺にはああいう趣味はねえんでな」
途端に、タイロンが跳ね起きた。
「まさか……じゃあ、僕のこと」
「そっちでもねえ」
ドモスもむっくりと身体を起こす。少年2人はしばらく見つめ合ったかと思うと、高らかに笑いだした。
そろそろ、初夏の空にも夕暮れの陰りが現れていた。
城内からは、姫の帰還を待ち望むんでの歓声が壁越しに流れ込んでくる。
ムダに明るく、ドモスが叫んだ。
「ああ、俺も早くあっち行きてえな!」
「そうか……?」
首を傾げるタイロンに、ドモスは神妙な顔つきで言った。
「あのな、お前はこの仕事終わったら外へ出ていくかもしれんが、俺はここで一生暮らすんだぜ……なんかこう、感じたいじゃないの、その……新しい時代が来たって感じ」
「アンティが帰ったら、そうなるの?」
ドモスがもっともらしく頷く。
「そりゃあ……」
そこへ聞こえてきたのは、アンティの声である。
「何してるの、あなたたち!」
地面に転がった物干し竿と、土にまみれた2人の顔を見るなり、腰に手を当てた姫君は頭から怒鳴りつけた。
「子どもじゃあるまいし! 後片付けと洗濯はご自分でなさい!」
高貴な生まれには似つかわしくない不満げなつぶやきを漏らしながら、アンティは歩み去っていった。
その衛兵姿の後ろ姿を見送りながら、タイロンは冷静さの戻った声で、興奮のあまりどこかへ吹き飛んでいた話に立ち戻った。
「多分、分かってくれるよ……昔の人だし」
ドモスは立ち上がると、戦い疲れた2本の竿を元の物干し台に横たえた。
「俺にしてやれるのはこのくらいだ……頑張れよ」
それが何についての励ましであるかは、はっきりとはしていなかった。
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