第9話 7

 爆炎と噴煙が溶けた後、広がっていたのは地獄だった。

 木製のベンチは砕け、散逸した黒い残骸から立ち上る残り火が儚げに揺れる。焦土と化した地面には礫のように細断された鋭い鉄片が突き刺さり、シュウシュウと未だ熱を上げていた。

 音の発生源からして、破壊の半径は十数メートルと言ったところか。

「思いつきでやってみたはいいものの……」

 やりすぎましたかね、と破壊の中心に立つ三条は頭を搔く。

 ————テルミット爆弾。

 アルミニウムを主体とした金属同士の化学反応。高校でも習う程度の簡単な原理を利用したそれは、その実、軍事利用されるほどの破壊力を持つ。いかに少量のアルミニウムを含むスチール缶が構成を満たしているとはいえ、本来常識的な手段で引き起こせるものではない。

「二人纏めて死んでたとかやめてくださいよ、ホント」

 摂氏数千度を超える熱、などというによってそれを成した三条は億劫そうにそう零して、少女のいた辺りへ目を向ける。

「……おや?」

 そこに誰の姿もなかった。

 少女はおろか、伊月修哉の存在していた痕跡すらない。

 もしやあまりの破壊力に跡形もなくなってしまったのでは、と嫌な予感が頭を掠めるが、

「…………、なるほどなるほど。次から次へとまあ……人間の形をしたビックリ箱ですか、アレは」

 呆れ混じりに溜息を吐く。

 生気の朽ち果てたその場所から半歩ほど右。

 熱と衝撃、おまけに音速を超えて飛散する鉄の破片によって最早ほぼ原型を留めてはいないが、置き去りにされている肉塊は確かに————二メートルは超えるかという程の巨大な手のように見えた。

 恐らく、というか確実に彼女の『異能』によるものだろう。爆発の瞬間、生み出したこの手を壁にして防ぐと同時、爆煙に紛れて逃走した、というあたりか。

「サイズも可変、と……あれだけ長い腕を生み出した時点で気づくべきでしたかね。これは一本取られた」

 言葉そのものは悔しげであるものの、その口調は愉快そうに。

「まあ、あれだけの出血なら追うのに苦労もしませんし」

 ひっそりと『異能者』は笑った。


「死ぬ!絶対死ぬ!マジで死ぬかと思った!!」

 夜闇に落ちる住宅街を切り裂くように駆けながら、伊月修哉はやけくそ気味に叫んだ。

 バクバクという心臓の音がうるさい。全力で走っているのだから当然と言えば当然かもしれないが、恐らく理由の半分以上はそれじゃないと思う。

 恐怖と、安堵。

 殺されかけた事実への恐怖と、そこから逃げ出せた安堵が共存するという、なんとも言葉にし難い精神状態が体の中心を占めていた。

「クソったれ!なんなんだあれ!」

 なんなんだもなにも、あれこそが『異能』なのだろう。そんなことは分かっている。分かっているが、そう吐き捨てずにはいられなかった。

「……、君、は……逃げて」耳元で、囁くような声。

「ああ!?」

「あたしは、いいから……一緒にいたら、君、まで……」

「もう遅せえよ!お前もさっきの聞いてたろ!俺だってとっくに殺す奴の名簿にリストインされてんの!」

 ずり落ちてきた少女をもう一度背負い直して走る。

 伊月自身、制服の端々が焦げてボロボロになるほど満身創痍だったが、それ以上に傷を負っている少女の姿と比べればそんなことも言っていられない。

 爆発から伊月を庇い、逃げだしたところまでは良かった。しかし、元から左胸を貫通された上に至近距離であの衝撃を浴びたのだ。どれほど頑丈な人間だったとしてもタダで済むわけがない。全力疾走ができるほどの体力など、あるわけがなかった。

「で、も……」

「でもじゃねえ!あんなのとサシでやりあえってのか、普通の高校生だぞこっちは!」振り返ることなく少女の反論を封じて、「あいつが俺もターゲットに数えてるってことは、遅かれ早かれ殺しに来るのがオチなんだよ!お前を捨てたところで意味ねえの!むしろ追いつかれた時、俺一人じゃ対抗策も何も無いんだぞ!」

 ただの高校生があのような規格外に立ち向かうなど、無謀もいいところだ。規格外に抗うのならせめて同じ規格外————『異能』がなければ話にならない。

 故に、ここで少女を見捨てて逃げる、というのは結果的に自分の首を絞めるだけだ。先のことを考えれば、この選択が恐らく最適解。

 ただ、問題なのは————、

「おい、おい!」もう意識すら飛びかけている少女を揺すり起こす。「お前の『異能』ってのは、その傷も治せるようなモンなのか!?」

 ————その少女が今にも死んでしまいそうなほど衰弱しているという点だった。

「…………、治せる、けど」

 彼女の血液が触れることで感染するリスクの防止と血痕を三条に辿られることの防止、二つの意味で彼女の傷口を覆った分厚い学ラン越しでも、少女の体が震えているのが分かった。

 蒸し暑い夏夜において、たった一人だけ。

 真冬の山にいるかのように。

「……能力チカラ、使いすぎた……から」

「……マジかよ」

 制限付きとはまたベタな、と伊月は顔をしかめる。

「っとにかく、時間を稼げばいいんだな!?」

 ならば話は簡単だ。

 伊月は交差点を右に曲がり、大通りへの最短ルートへと進路を変える。

 立ち並ぶ住宅に灯る光の数からして、まだ夜更けという程の時間ではない。まして夏休み前の夜、どいつもこいつも浮かれモードで出歩いているだろう。

『感染症』の存在は隠されている、と三条は言っていた。

 ならばそれを逆手にとる。

『IPウイルス感染症』ひいては『感染者』の存在を隠さなければならない以上、数十単位の衆目がある中で派手な行動は取れないはず。どんな能力を持っていようが、使えなければただの人間と変わりはしない。

 それに、人混みへ紛れてしまえば物理的な隠れ蓑にもなる。血の跡という痕跡にも気を配っている以上、そう簡単に追跡される恐れもない。

(……けど、)

 荒い呼吸を繰り返す伊月の頬に、汗が筋を作る。

 推測ではあるが、多分この方法は諸刃の剣だ。


 ————隠しているんですよ、この国自体が。


 三条が誰の指示で動いているのかなんて知らない。だが、もし仮に三条の言葉を真実だとするなら、今の伊月修哉は国家そのものに追われていると考えるべきだ。

 それはつまり、

(……警察に行けば助けてもらえるってのは、無理か)

 むしろあまり目立ちすぎればその警察に追われる可能性まで有り得る。そもそも、追手が三条秋峯一人であるという保証もないのだ。

 どの道『安全』という言葉は存在しない。存在しない世界へ伊月修哉は引きずり込まれた。

 その事を、強く自覚する。

「……どうしろってんだよ、クソッ!」

 そう歯噛みしながら大通りへ躍り出る。

 色鮮やかな電飾と店内から漏出する眩い光。昼間のように明るい街の中、行き交う人達の楽しげな騒音が埋め尽くす。微かに聞こえてくる怒号は、酔っ払い同士が喧嘩でもしているのだろう。

 ありふれた『日常』の奔流に飲み込まれ、思わず伊月の足は止まった。

「……なんつーか……」

 はあ、と重めの溜息が零れ落ちる。

 こうして何も変わっていない景色を見ると、さっきまでの異常が全部夢だったように思える。当たり前のように見せつけらていたので受け入れざるを得なかったが、改めて考えてみれば『異能』だの『感染者』だのと非現実ファンタジーもいいところだ。というか、やっぱり全部嘘っぱちのデタラメなんじゃないだろうか。あの爆発にしたって、実は『異能』でもなんでもなく、ただそう見えるだけの一発芸だったとか。

「……ん?」

 と。明るい夜の街を眺めながら考えていた伊月は、そこでふと我に返る。

 なんか、自分の周りだけ妙な空間ができていた。

 夜更けと呼ぶ程の時間でもなく、夏休み前の前夜。浮かれた学生は遊び歩き、仕事終わりのサラリーマン達が飲み歩く。肩が触れそうな程ひしめく人の波の中でポッカリと、まるで避けるように誰もが距離をとって歩いている。

 通り過ぎ様に向けられる、奇異の目に伊月はちょっと首を傾げて、

「…………、あー……」

 向けられる視線の先、自分の胸元あたりへ目を向けて顔をしかめた。

 学ランを背中の少女に貸している現状、伊月修哉が纏うのは捻りも何も無い学生ズボンと開襟シャツのセットだけだった。黒い学生ズボンはまだいいにしても、白のシャツの胸元は少女の吐血が染み付き、どこぞの組長でも刺し殺してきた帰りみたいになっている。

 そんなのがボロボロの女の子を背負っていればそりゃあ目立つよなあ、と納得。

「……いや、納得じゃなくて」

 悠長に分析とかしてる場合じゃない。騒ぎになるのは困る。『異能』だかの意味不明な事情は別にしても、このままでは普通に警察を呼ばれそうだ。それは困る。すごく困る。自分でも訳がわかっていない理由で取調べとかまっぴらごめんなのだ。

「っても……」

 とりあえず人の流れに乗って歩きながら伊月はあちこちに視線を飛ばす。

 目立ちにくく、かつ人目の多い場所、なんて禅問答のような観点で街を見たことなんてない。いざ探してみたところでそう簡単に湧いて出てくれるはずもなかった。

 それでも何かないものか、と景色の情報をかき集めてみるも、稼ぎ時の繁華街に溢れるのは派手派手しく存在を主張する店ばかり。道行く人々も絶賛デート中邪魔厳禁と言わんばかりのカップルだったり、テンション高くはしゃぎ歩く学生の軍団だったりでろくな情報がない。

 あと残ってるのは面倒くさそうな酔っ払いくらいだし、と伊月は嘆息して、

 ……酔っ払い?

「————!」

 忙しなく目線を走らせる。

 探しているのは眩い店並みではなく、その影。————見つけた。

 人混みを割るようにして進む。

 騒々しい店と店、その間。従業員くらいしか通らないであろう、通用路へと入り込む。

 喧騒が、少しだけ遠のいた気がした。

「……よっ、と」

 街明かりが射すギリギリのラインを見計らって、背負った少女を静かに降ろす。正しく熱にうかされる病人のように、全身の力が抜け切った彼女はされるがままに汚れた壁へもたれかかった。

 その姿を覆い隠すように、伊月もしゃがみこむ。

 元々薄暗い路地裏、大通りの人達からすれば酔っ払いとそれを介抱する人、くらいにしか見えないだろう。ありふれた光景など、恐らく誰も気に留めない。

「えっと……大丈夫か?」

 一応は落ち着ける状況を作った伊月は恐る恐る聞いてみる。

 座り込む、というより寄りかけられると言った方が正確に思えるほど、少女の姿には主体性がなかった。

 改めて見ると酷いな、と思う。

 白かったはずの病人服は血糊と土埃によって見る影を無くし、もはやただのボロ布だ。学ランによって胸元は辛うじて隠されているものの、それ以外の至る場所からは白い柔肌が顔を覗かせている。普段ならそれに多少なりとも興奮を覚える所だろうが、血の気もなく生気すら抜け落ちた顔をしている少女にそんな劣情を催す隙間はない。催す人間がいるとするなら、そいつはきっと異常者だ。

 そう思うほどに、彼女の傷は、酷い。

 もはや、生きているのかさえ確信が持てないような有様だった。

 と、言うか。


………………死んでね?これ。


「おいマジか⁉ちょっ、マジでか⁉待て待て待てって!お前が今死んじゃったら希望がゼロになる!具体的にはあの三条秋峯バケモン相手に生き残る唯一の命綱が千切れる!嫌だぞお前の後追っかけて俺も死ぬとか!どこのイタイ恋愛映画だよ!おい戻ってこいって‼」

 少女の肩を掴み強く揺さぶる。怪我人に対してあり得ない暴挙ではあるが、そんなことに気を回しているほど悠長なことを言っている場合ではない。ここで死なれてしまってはわざわざ背負って逃げてきた意味がなくなってしまう。

 ガクガクと揺れる少女の頬が、微かに動いた。

「…………、いたい」

「起きた⁉!つか生きてる⁉」

「……生きてる、から。手、離して」

「あ……、悪い」

 言われて初めて自分がかなり強く少女の肩を握っていたことに気づく。そっと手を離すと、少女はまた力なく壁へもたれかかった。

 長い睫毛が揺れて、気だるそうに瞼を開く。

「……ここ……?」意識が飛んでいたのだろう。少女は少し戸惑ったように周囲を見回して、「……そっか、君が連れてきてくれたんだ。……ありがとね」

 開かれた瞳はまっすぐに伊月修哉を捉えていて、かけられる声は体温が込もっていた。

 思いの外、少女の意識はハッキリとしているらしい。その事に伊月は少し驚く。

「……意外と元気なのな?」

「ん。君が、背負ってくれたから。ちょっと元気出た」

 少女は微笑っていた。

 血と煤に塗れたボロボロの顔で、熱にうかされる病人のように力の入っていない体で、微笑っていた。

「…………、」

 一瞬だけ、伊月は黙った。

 その笑顔の裏にどんな思いを抱えているか、伊月には分からない。背負ってくれた、と。たったそれだけのことを噛み締めるように言った少女にとって、それがどんな意味を持つのかも。

 流れ。成り行き。そうする必要があったから。

 伊月修哉が彼女を背負って運んだ理由なんて、それだけだ。あくまでも自分が生き残るために最善だと思った行動をとっただけ。彼女のためを思ったなどと、綺麗事を口にできる要素など一つもない。

 ただ、それでも。

 たったそれだけのことを、これほど嬉しそうに語る少女を見ると、なんというか、

「あー……」伊月は気恥ずかし気に頬を掻いて、「なんだそりゃ。痛いの痛いの飛んで行けー、ってか?幼稚園児かお前」

「……む。もしかして君バカにしてる?」

「んなマジになって怒るな、比喩だよ比喩。俺だって中学生くらいの見た目に本気で言ってるわけじゃねえ」

「…………、あたし、中学生じゃないけど」

「あん?」予想外の反論に首を傾げる。「……じゃあいくつだってんだよお前」

「昨日で一八歳」

「へー……、って見栄はりすぎ!お前みたいなちんちくりんが選挙権持っててたまるか!」

 盛大すぎるホラに思わずツッコみを入れる。

 こんなボケッとした奴が自分より年上とか、どう見たってありえないのだった。

「嘘つくにしてももうちっとマシなのにしろよ。分相応って言葉知ってる?」

「…………、」

「大体な、そんな幼児体型で一八は無理だろ。せめてもっとこうボン!キュッ!ボン!みたいに育ってから言えよな。アダルト解禁世代なめんな」

「…………、」

「って、あれ?……もしもーし?なして黙ってしまわれるんでしょうか」

 なんだか少女はとっても不機嫌そうになっていた。

 ついさっきまで浮かべていた天使のような微笑みは掻き消えて、思いっきりジト目でこちらを睨んでいる。

「…………、いいもん」

 呟くようにそう言って、少女はそっぽを向く。

 なんというか、泣き出す寸前のいじめられっ子みたいな雰囲気だった。

「……あの?」なんかキャラ変わってないか、とたじろぎながら声をかけてみる。

「…………、」

「あの、お嬢様?」

「…………、」

「えっと…………、もしかして、マジ?」

「…………ッ」

「ちょ、まっ、悪かった!俺が悪かったから涙目で口元プルプルさせんのやめろ!」

 ははーっ!と手をついて土下座を敢行する伊月。

 というか、内心こんな世間知らずのアホっぽい奴が自分より年上という事実にショックを受けていた。

 アダルティな世界に足を踏み入れた先輩ってもっと落ち着いた大人のおねーさんみたいだと思っていたのに夢を壊された気分、と心の中でぼやく。

 バカ正直にそんなことを言ったらまた面倒くさいことになるので言わないが。

 そのあたり、伊月修哉は気遣いのできる紳士なのだ。

 ……紳士というものはそもそも女の子を涙目にしたりしない、ということが分かっていない伊月修哉だった。

「……で、お前」漫画みたいに土下座したまま、顔だけを上げて伊月は口を開いてみる。「その……、体は本当に大丈夫なわけ?」

 なんとなく気まずい雰囲気を変えようと聞いてみたことだったが、実際それは今一番気になるところでもあった。

 何度も言うようだが、彼女は唯一の生命線だ。『異能』なんて言葉は未だに信じられないが、それが何か伊月の知らないトリックでできている一発芸だろうが本当に人間を超えた力だろうが、目の当たりにした現象そのものに関係はない。

 あれは、伊月修哉が立ち向かえる代物ではない。

 喧嘩慣れしているかどうかだとか、相性の良し悪しだとか、そんな話ではなく。

 根本的に、

 体一つで戦車相手に喧嘩を挑むようなものだ。力の質ではなく、量があまりに違いすぎる。

 だからこそ、三条と同じ類の能力を持つ彼女が『使える』状態なのかどうか、ということは伊月修哉の生死に直結する問題だった。

「……ん。大丈夫」少女はまだちょっと涙の気配を残した声で、「まだ少し時間はかかるけど……、うん。もうほとんど塞がってきてるから」

「塞がってきてる?……って、なにが?」

「なにがっていうか、どこがって言ったほうが正しいと思うけど」

 少女はだらりと下がる腕をゆっくりと持ち上げて、

「ここ」

 ぽす、と分厚い学ランに置く。

 その下に隠された、左胸の貫通痕を示すように。

「…………、」

「そんな顔するほどのことでもないんだよ?君だって分かってたんじゃないの?」

「いや……、まあ。それはそうだけど」

 確かに。言われてみればその通りだ。

 三条との戦闘で少女の『異能』とやらは目の当たりにしている。だからこそ治せるかと聞いたし、それをアテにしてこんなところまで逃げてきている。

 けれど、いざそれを当たり前のように言われると、理由もなく拒否感を覚えた。

「……まあ、いいけど」

 とは言っても、否定したところで意味はない。胸の裡に淀む拒否感を吐き出すように、一度大きく息を吐く。

「つか、結局お前の『異能』ってなんなの?三条あいつのとはどう見たって違うと思うんだけど、みんな一緒ってわけじゃねえの?」

「……あたし達のこと、どこまで聞いてる?」

「どこまで、っても……」質問に質問で返されて、少し戸惑う。「お前らがなんとかってウイルスの『感染者』で、『異能』とかいう力が使えるってことくらいしか」

「じゃあ、どうしてあたし達は『異能』なんて使えるんだと思う?」

「あー……、体の構造つくりが変わったから、だっけか?」

「そう。『感染者あたしたち』は君たちみたいな『普通の人』とは違うの。————それこそ、細胞の構造から、ね」

 少女は呟くようにそう言った。

 痛みを堪えるような顔で、そう言った。

「『IPウイルス』が寄生するのは遺伝子」見たくない過去を眺めるように目を眇めて、「遺伝子っていうのは人の数だけ種類があって、全く同じものを持つ人は誰もいない」

「…………、」

「分かんない?

 ……なるほどな、と伊月は嘆息する。

 つまりはインターネットウイルスと同じようなものだ。

 世界というネットワークの中に溢れる人間というウェブサイト、使われているプログラミング言語は同じでも、その一つ一つが全く同じ配列で作られいているわけではない。であれば、そこに侵入したウイルスもまた、それぞれの配列に合わせた変化をして増殖する。

 そして、異なるものとして進化したウイルスは、その土壌となる人間ウェブサイトをも異なる形として歪めてしまう。

「あたし達はみんな同じウイルスに罹っていて、みんな違うウイルスに歪められている。違う歪められ方をしたら、違う『異能』になるのも当たり前なんだよ」

「……なんつーか、こんがらがりそうな話だ」謎かけでもやっているような気分になる。「その……要するに、三条とお前の『異能』は別モンってことでいいのか?」

「うん。そう」コクリ、と小さく少女は頷いた。

「じゃあ……お前の『異能』は?腕生やしたり傷治したり、『異能』ってのはいくつも使えたりすんの?」

 なんというか、彼女の能力はばらつきが大きい気がする。系統が違う、とでも言うのか。RPGゲームの攻撃魔法と回復魔法の両方が一緒になっているような違和感。もしや、『異能』というのは一人一つではなくMP消費で何でもできる、それこそ魔法のようなものかとも思ったのだが、

「ううん」少女は首を横に振った。「『異能』は変わった体の副作用みたいなものだからね、一人がいくつも同時に持っている、なんてことはありえないよ」

「???……ますます分かんねえんだけど。結局どういうこと?」

「『人形師ロンド・マリオネット』————それがあたしの能力につけられた名前」恥ずかしい名前でしょ、と少女は笑った。「簡単に言うとね、あたしはあたしの体を複製コピーできるの」

複製コピー?」

「そう、あたしはあたしの体を作れるんだよ。例えば、」

 こんな風に、と。

 気軽な調子で言って、少女はかけられていた学ランを剥ぎ取った。


 ところで。学ランは彼女の傷を覆うように掛けられていた。

 ちなみに。彼女の傷というのは貫通痕なのだった。

 ついでに。少女の『異能』というのは、服まで複製コピーする力はなかったらしい。


 つまり。その。なんだ。


 剥ぎ取られた学ランの下。

 微笑ましく存在を主張する真っ白な膨らみと、桜色した突起が一つ。

 一糸纏わぬ姿で、咲いちゃっていた。


「…………、あの」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

「…………、えっと」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」

「…………、綺麗に複製できるんだな?」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ッッッ‼」


 冗談っぽく言ったのがまずかったらしい。

 次の瞬間、

 伊月は女の子に十本の腕でボコられる、というレアな経験値をゲットした。

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異能と踊る終末曲 疎遠 @alienation

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