中央府編

第102話 開戦の狼煙

この世界の世界地図―――――北の最果てに何も描かれていない大地がある。


そこは嘗て勇者と魔王が最終決戦を行った地、激しい戦いの爪痕と魔王が死した時に残した呪いが渦巻く大地。

そんな場所には未だ多くの魔族たちが隠れ住んでいた。


魔王の残した呪いによってそこは常に黒々とした雷雲に覆われて太陽の光は遮られ、魔王が放った瘴気によって人間たちは退けられた。

そこは魔王が最期に残した魔族たちの為の大地だった。


人間には利用価値のない土地、人間たちには過酷な環境、魔王が死んだという曰く付きの呪われた地――――――それが”空白地帯”だった。


しかしそこは魔族にとって楽園ではなかった。


過酷な環境であるのは魔族にとっても同じこと、ただ人間が排除されたというだけの不毛の地。

魔王の呪いの影響を受けないだけ、だった。

力を持つ強者が弱い者から搾取し続け合う魔族は、次第に搾取するものを外に求めた。


だが、外には魔王すら退けた勇者がまだ生きている。


勇者を知る魔族の年長者たちが尻込みする中、魔王が討伐されてから――――――つまりは空白地帯しか知らない世代の魔族の若者たちはそんな年長者たちを嗤う。


いつまで勇者なんかに怯えているのか?と。


そして彼らは決起する。

無知であるが故に暴走し、魔族の中でも過激派と呼ばれるようになった彼らは空白地帯から侵攻を開始した。





「おらぁ!!」


常人では有り得ない程のサイズの剣を片手で振り、魔族の赤髪の青年は愉悦に笑みを浮かべる。


「お前らくっそ弱ぇなぁ!!」


剣を振るう度に血飛沫と兵士たちの断末魔が上がる。


彼らが最初に目を付けたのは空白地帯を監視するために造られた要塞だった。

彼らは人間を知らない、だからこそ人間の強さというものを見ておきたかったのだが……………、結果は圧勝だった。

物足りない結果に青年は舌打ちをし、兵士の死体を蹴り飛ばして唾を吐く。


「バラン、無事か?」

「はぁ?何言ってんだゼクス?俺がこんなクソ雑魚どもに傷一つでも負うと思ってんのかよ!?」


ゼクスと呼ばれた青髪の魔族の青年は掛けていた眼鏡の位置を直し、ふっと笑った。


「思うわけないだろう?俺でさえ欠伸が出たほどだ、だからこそお前がこの程度で満足するとも思っていないさ」

「あったりめーだ!!目指すは勇者だ!!それ以外のクソ雑魚なんかに用はねーよ」


苛立ちを隠そうともせずバランは次々と兵士たちの死体を蹴り、ただの肉塊に変えていく。

そんな光景を幼い頃から見続けて来たゼクスは、


「ほどほどにしろよ?すぐにこの砦が落ちた事は人間たちにバレるだろう、そこからが本番だ。バランにも存分に暴れてもらうつもりだからな」


バランとしては参謀気取りのゼクスを気に入らない部分も多々あったが、ゼクスが提供する戦いはバランの渇きを満たし、心躍らせた。

だからこそ、バランはゼクスの振る舞いを許していたし、ゼクスもそうした心躍る戦いを提供出来る限りはバランは逆らわないと理解していた。


「くーっ!!さっさと来やがれよ人間共!!手前等は勇者を引っ張ってくるための呼び水だ!!殺して殺して殺し尽くしてやんよぉ!!」


愉悦に塗れたバランに、ゼクスはただ不敵に笑む。

彼ら二人が魔族の過激派――――――その首謀者とも言える存在だった。


「こんな連中に怯えているだなんて、年寄り連中は今すぐ全員引退した方が良いんじゃない?」


蝙蝠のような翼を羽ばたかせながら桃色の髪の美女がバランの傍らに降り立つ、噎せ返るようなその色香にバランとゼクスは顔を顰める。


「ルーティー、首尾はどうでしたか?」


それでもゼクスは報告を聞く立場にあるので、訊かなければならない。

ルーティーと呼ばれた彼女は妖艶に微笑みながら、


「うふ♡張り合いが無さ過ぎて拍子抜けだったわ♡」


「そうですか、あとはグルーミィとローグエットだけですが……………」


「ボクたちの方も終わったよ」

「歯ごたえが無さ過ぎて調子狂うぜぇ」


茶髪でボクっ娘なのがグルーミィ、スキンヘッドの大男がローグエット。

二人もルーティーと同様バランとゼクスに賛同した過激派の魔族の一員だった。


ルーティーには砦に居た兵士たちを魅了し、グルーミィにはローグエットが殺した兵士たちの死体を操ることでそれぞれ手駒を増やしていた。


「あー!!バランってば死体をこんなにバラバラにしないでって言ったでしょ!?」

「はあ?ムカついたんだから仕方ねぇだろうが?俺に命令すんな!ぶっ殺すぞ?」


ひりひりとした空気が漂い始めて、ゼクスとローグエットはやれやれと肩をすくめる。


「グルちゃん、そんなに死体が欲しいのなら私が魅了した連中に命令して自害させましょうか?」


「良いの?やったぁ!!」


「待て!!勝手な事をするな!!ちゃんと生きてる兵士も残しておかないと今後の作戦に組み込めなくなる!」


ゼクスがルーティーの発言をさすがに看過できずに割って入る。

リーダーはバランだったが、作戦参謀はゼクスだ。

自然とゼクスはまとめ役のような役割と成っていた。

今のところ協力的なのはローグエットだけという現実、それでも若い世代の魔族の中でも彼ら五人の実力は抜きん出ている。

魔族を監視するために建造された要塞にしたって、決して生半可な防備では無かったのに陥落したのが良い証拠だった。


今、彼らによって人間対魔族の戦いが再び始まろうとしていた。

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