第100話 決意を告げて

中央府へと行く事を決めた俺はその決意が鈍らないよう、動けるようになってからすぐにマリー、モア、イザベラの三人を呼び出して報告した。

正直、待っていられないって言葉も、俺から離れて行く事も覚悟はしていた。

だけど――――――、


「ルシードがそう決めたのなら待ってるからね?」

「なるべく早く迎えに来てね?」

「わたくしたちをいつまでも待たせないで下さいましね?」


三人とも俺のことを待ってくれるつもりらしく、不覚にも泣きそうになった。

けど今は泣くよりも三人に感謝を伝えたくて、俺はその場で深々と頭を下げた。


「ありがとう。会える回数は減るだろうけど、中央府の貴族になってスティレット家の地盤が安定したら必ず迎えに来るから!」


これから先の将来、俺よりもずっといい奴が現れるかもしれない。

今の俺の言葉は三人を縛りつけてしまう呪いのようにも思えて、なかなか言い出せなかった。

まだ俺の心の中に、手酷くフラれたあの頃のクソガキが泣いてるような気がした。

それでも今は、この三人に恥じない自分になれる様に頑張ろうと心に決めた。


そんな俺の不安を拭い去るように、三人は俺を抱きしめてくれる。


「大丈夫!今度マリーちゃんが操られそうになった時は私が助けるから!」

「そう言うモアの方がわたくしは心配ですわ…………」

「私はお母様にも手伝ってもらって、もうだいたいの薬物に対しては抗体が出来てるから…………」

「「何ソレずるい!!」」


魔法や薬で無理矢理にでも心変わりさせられない限り待っている――――――そんな風に自惚れる事にした。


「それなんだけど……………そうした魔法や薬の効果を無効化する魔法を付与した宝石を使って指輪を作ってみたんだ。受け取ってくれるか?」


「トーヤ様の新作!?」

「いや、これは売りに出すつもりは無い。三人に受け取ってほしくて――――――」


効果の高さを重視してコストを度外視、今の俺に出来る最高級の素材で作った品だ。

時間は入院生活で有り余るほどに有ったからな、ニーアさんやオーズさんにも協力してもらって効果も折り紙付きだ。

しかも成長に合わせてサイズも自動で更新されるという逸品に仕上がった。

「お金に換算したら凄い事になる」とニーアさんに言わしめたほどのものであるのは内緒だ。

これは俺が心配だったから勝手に用意しただけのものであって、金額を知って断りにくくするための物じゃないからな。


三人は指輪を見て頬を染め、


「これって、その……………婚約指輪って事で良いの?」

「あぁ、そのつもりだ!」


マリーがおずおずと問いかけてきて、俺はそれに大きく頷いた。

もっと雰囲気なり、かっこよく渡せたりすればよかったんだろうが、いざとなると言葉がなかなか出てこないもんだな。


「あ、でもマリーちゃんは耐性あるから別に要らないよね?」


モアがそんな余計な事を言って、マリーが一瞬にして絶望の表情になる。


「それもそうですわね。マリーさんは耐性を付けた様ですし?」


イザベラがこんな流れに乗るのは珍しいな、一緒になってマリーを揶揄う。

マリーは冗談だと解っても安心できないのか、


「ルシードッ!!早く、早く私に着けて!!」


右手を差し出して俺を急かしてきた。

俺はその流れには乗らず、マリーの右手をそっと握ると、澄んだ海のような青い宝石の指輪をマリーの指にはめた。

指輪を着けた右手を見てうっとりとするマリー、何度も角度を変えて見ては自然と笑みがこぼれていた。

それだけ喜んでくれるなら頑張った甲斐があるってもんだ。


「ルシードッ!!次はわたくしに!!」


モアを押しのけて、イザベラがずいっと右手を差し出した。

マリーの時と同様に、今度は赤い宝石の指輪をそっとイザベラの指に通す。


「はぁ~――――――…………」


感嘆の声を上げたきり、左手を頬に添え指輪のある右手を眺め続けるイザベラ。

あ、そういや忘れるところだった。

俺は恍惚とした表情を浮かべるイザベラに身を寄せると、


「この間はありがとうな?イザベラの提案のおかげでイスカが折れてくれたって聞いた。本当に感謝してる」


マリーとモアに聞かれるのは恥ずかしかったので、耳元で囁く様に言った。

イザベラはみるみる顔を赤くしていき、


「と、当然ですわ!…………ですからあとで存分に甘やかしてくださいませ?」


あとの方は二人に聞こえないくらい小さな声で俺に囁いた。



「それじゃ残るは私だね?」


もう渡し終えた二人が見守る中、悠々と歩み寄って来たモアは照れ隠しなのか元気が有り余ってるかのように振舞った。

だけどそれもすぐになりを潜め、右手を出す時には恥じらいを隠しきれなくなっていた。

俺は二人の時と同じように手を添えて、黄色い宝石が光る指輪を指に通した。

モアはその右手を大事そうに左手でぎゅっと握り、


「酷いよルシードくん、私これじゃあ拳で戦えないよ?」


言葉では咎める様な事を言っていても、その表情から冗談であることはバレバレで俺の勘違いでなければすごく嬉しそうだ…………だから俺も、


「俺もそう思ったんだけどな?二人と同じものじゃないと嫌がるだろ?」


冗談めかして照れ隠しだ。

そんな俺の下手な照れ隠しは簡単に見透かされて、


「うん。私もこれが良い、三人一緒が良いよ。ありがとね?ルシードくん」


モアは嬉しさが込み上げて来たのか、俺に抱き付いてきた。

そのまま何度も俺の胸に額を擦り付けて来て、度々忘れそうになるがモアのこういうところを見ると獣人だったっけと思い出す。


「モア、離れなさい!淑女が気安く殿方に抱き付くものではありませんわ!」

「そうよ!イザベラもモアもずるい!私指輪以外に何も無かったのに!!」


「ふっふーん。残り物には福があるんだよ?マリーちゃんは一番最初に渡してもらえたし、イザベラちゃんはあとでルシードくんに甘えるつもりみたいだし?だったら私も今のうちにルシードくんにマーキングしておかないとね?」


どうやら獣人であるモアの耳は誤魔化せなかったようだ。

マリーがモアを引き剥がすのを止めて、無言でじーっとイザベラを見続ける。

マリー、せめてなんか言ってやれよ、イザベラが泣きそうになって――――――ないな。

なんか幸せそうにくねくねしてるし、大丈夫……………大丈夫だよな?


このままだと収拾がつかなくなりそうだったから、俺はモアだけでなく、マリーとイザベラも抱き込む。


「「ルシード!?」」


二人の戸惑いを置き去りにして、俺は三人に囁く。


「迎えに来るまでは手を出さないつもりだ。完全にこっちの我儘で、本当は今すぐにでも――――――」


そんな俺の言葉は最後まで言わせてもらえなかった。

マリーにキスをされてそれ以上何も言えなかったからだ。

ゆっくりと唇を離したマリーは、


「…………そんなのわかってる。だけどこれくらいはさせてね?でないとお互いに我慢できなくなっちゃいそうだから」


照れくさそうにそっぽ向いてそう言った。

次にモアがキスをして、


「ごめんね?ルシードくんが我慢してくれてるの知ってるんだけど、ついつい甘えたくなっちゃうの」


イタズラが成功した子どもみたいに謝って、舌を出した。

あざといけどまぁ可愛いから許す、これも惚れた弱みと言うのか?

最後にイザベラがキスをして、


「迎えに来た時は覚悟しなさい?三人で今度は逆にルシードを甘やかしてしまうんですから」


イザベラの挑発的な笑み、その魅力にくらくらした。


その後暫くそうして時間を過ごし、卒業までの時間を全力で楽しもうと決まった。

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