第92話 治癒の大魔法

【マリー視点】


目の前にはルシードが居た。

何故か私を抱きしめていて、けれど今にも凍え死んでしまいそうなほどに冷たい。


「ルシード…………?」


そっと頬に触れてみたけれど、反応がない。

ゾッとした私はルシードの頬を何度も叩いて眼を開けてもらおうとする。

怒られたって良い、後で幾らでも謝るから、今は早くルシードに眼を開けて欲しかった。


「正気に戻ったようだね?」

「誰!?」


ここで漸く私は周囲の状況が目に入った。

黒髪の私たちよりも年上の男の子だった。

そして私たちの居る部屋は見覚えのない石造りの部屋、何故かテオドア君が倒れている。


「僕の名はアーサー、彼と一緒にキミを助けに来たんだ」

「私を…………助けに……………?」


その言葉で、私は記憶を遡る――――――そしてベルスター先生にされた事もぼんやりと思い出してきた。

それでもまだ完全とはいかない、頭の中に靄がかかったような不透明さに苛立ちながらも、今私がどうすれば良いのかを思考し始める。


「あまり時間がない、彼を早く治療しないといけないからね」


そう言うとアーサーさんはルシードが抱えている私ごと持ち上げて、物凄い速さで部屋を出て行った。


此処って、ベルスター先生の工房?

先生に眠らされてから、工房の地下に囚われていたの?


それにしては何かおかしい。

ルシードの身体にある無数の傷跡、それは私が得意としている魔法によるものと酷似していて、更には凍死寸前の状態になってしまっている。

テオドア君もベルスター先生も氷の魔法はそこまで得意では無かった筈、そうして考えて行くと導き出された可能性の一つに身震いした。


私が、ルシードをこんなにした……………?


私の表情と身体が強張るのを感じたのか、アーサーさんが私を見て、


「ベルスターとか言ったっけ?あの教師にキミは薬を盛られていてね、彼らに強い洗脳状態で協力させられていたんだ。解毒剤を飲ませたからもう大丈夫だとは思うけど、キミも後でキッチリと検査を受けた方が良い」


「あ……………」


もう、それ以上言葉が出てこなかった。

泣きたくて、哭きたくて仕方がなかった。でもそれはルシードに謝って許してもらえるまでとっておこうと唇を噛んで耐えた。

今はまずルシードの治療を優先しないと――――――。


回復魔法を行使し、ルシードを治療する。

けれど身体に刻まれた傷跡は中々治らず、紫に変色している腕も治る気配が無い。


「どうしてッ!?どうして治りが遅いのッ!!」


小さな子も同然に泣き叫ぶ私に、アーサーさんは諭すように残酷な答えをくれた。


「回復魔法で治癒を促進させる程の生命力も今の彼には残っていないんだ。本当はキミを残して彼だけ運んだ方が早く目的地に着くんだけど、そんな状態だっていうのに彼がキミを離さなくてね?仕方なくこうして一緒に運んでるんだよ?」


ルシードはこんな状態になっても私の事…………。


「お願いしますッ!!ルシードを、ルシードを助けて下さいッ!!」


「言われるまでも無いさ!」


無力さを噛み締めながら縋るしかない私に、私自身が嫌になる。

こんなはずじゃなかった。


何が才媛よ!大好きな人も助けられないじゃない!




そうしてアーサーさんが辿り着いたのは模擬戦大会の特別観覧室だった。


「母上!!」


「アーサー、何をそんなに慌て――――――彼は!?」


両手が塞がっているために扉を乱暴に蹴破って入って来たアーサーさんに、そのお母様らしき人が反応する。

その腕に抱えられた私とルシードの惨状を見るなり目を見開き、


「すぐにそこに寝かせて!!慎重にね!?」


彼女の指示に従ってアーサーさんが私とルシードを床に降ろす。

そんな騒ぎを聞きつけ、観覧室に居た人たちが集まって来た。


「マリー!?良かったわ。無事だったのね!?」


その中にはお母様も居て、私は彼らがどのような立場に在る人たちなのかを理解した。


「ルシード!?これは一体何事であるか!?」

「ルシードって言やぁアイツの事じゃねぇか!!何でこんな――――――死にかけてんだ!?」


おそらくは世界を救ったであろう英雄様らしき人が怒りを露わにする。

その言葉は私の胸を刺し、再び涙が止まらなくなってしまった。


「父上、実は――――――…………」


アーサーさんが事情を説明してくれると、


「フェリシア、頼む」

「わかっています、私の前でまだ息があるんです。むざむざ死なせると思いますか?」


お母様の魔法の師匠であり、英雄の一人でもあり、この世界最高の魔法使いに与えられる称号”大賢者”を持つ御方。

一度お会いしたかったけど、こんな形で顔を合わせる事になるだなんて…………。

もう頭も心もぐちゃぐちゃで、どうにかなってしまいそうな時だった。


「大丈夫、安心して?」


そう言って私の頭を撫でてくださったフェリシア様の手はとても優しかった。


汝の全ての辛苦を解き癒すラティア・クークスト


フェリシア様とルシードの身体の周囲を淡い緑色の光が揺蕩たゆたい始める。


大賢者であるフェリシア様の固有魔法、死者以外の傷や毒、呪いまでも完全に取り去った様に癒す大魔法。

勿論実際に見るのは初めてで、あまりの美しさに涙は何処かへ引っ込んでしまっていた。


私ではどうしようもなかったルシードの傷がみるみるうちに癒えて行く、壊死していた腕も普段と変わらない肌色にまで戻っていた。

そしてゆっくりとその腕が緩んで行き、私はここで漸くルシードの腕の中から解放された。

けれど今度は私が安心してしまって、ルシードから離れたくなかった。


「よかったぁ……………よかったよぅ……………」


周囲に沢山の人が居るのも忘れて、私はルシードの胸で泣き続けたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る