第93話 心配かけた
ゆっくりと意識が戻って来る。
身体の感覚をはっきりと感じると、俺はゆっくりと眼を開ける。
本当は飛び起きたかったが、身体が思うように動かない。
辛うじて動く目だけを動かし、周囲を確認する。
そこは白い部屋だった。
灯りの魔法石によって照らされている室内には窓もなく、天井も壁も布団もも全て白で統一されていた。
「こ、こは………?」
声もうまく出てこない。
俺以外誰も居ない部屋で、他に出来る事もなくて気を失う前の事をぽつぽつと思い出していく。
マリーは………アーサーが何とかしてくれたんだろうか?
――――――そういえば、ベルスターの奴沈めてねぇな。
アイツは潰す、念入りに潰す、テオドアとか比較にならねーくらいに徹底的に潰す。
そのためにも今は身体を動かせるようにならねーと………………。
試しに指先、足先から動かしてみようとする。
強い痺れを伴い、動かせてるのかどうかの感覚ですら微妙なところだ。
それでも何もしねーよりマシだろう、他に何も出来ねーし?
「ルシードくん、来たよ~」
この声はモアだろうか?俺の顔を覗き込むように見てくるモアは、俺が眼を開けているのを見て息を呑んだのが分かった。
「ルシードくん…………?起きてる…………?私の事………わかる?」
何言ってんだ?判るに決まってるだろ?
「モ…………ア゛」
くっそっ!声が出ねぇ。
それでも俺の声はモアに届いてくれたようで、モアの目にはみるみる涙が溢れて行く。
「うん、うんっ!私だよ?モアだよ?ぷにぷにだよ?」
そう言ってモアは傍らにしゃがんで俺の手を取り頬に持って行く、モアの頬の感触とセリフに懐かしさを感じて笑いが込み上げる。
表情筋もうまく動かせないみたいで、引き攣ってるのが分かるがモアは涙を流しながら一緒に笑ってくれた。
それからモアは俺が意識を失ってからの事を自分が聞いた範囲で教えてくれた。
「――――――ルシードくんの御見舞いは日替わりですることになっててね?今日は偶々私の日だったんだよ?」
話している間も俺の手を放すことなく、にぎにぎしてくるモア。
気恥ずかしいが、マッサージのようで気持ち良かったのでそのままにした。
「ホントはね?すぐに皆を呼びに行かなきゃなんだけど…………も少しこのままで居させてね?」
俺の手を本当に大事そうに握り続けるモア、そのまま目を閉じて暫くしてから――――――、
「みんなに連絡してくるねっ!疲れちゃったら寝ちゃっても良いからね?」
元気よく立ち上がると、そう言い残して部屋を出て行った。
その背を見送ると、眠気に襲われてそのまま目を閉じた。
「ホントなんだって!私が来た時は起きてたんだよ!?」
モアの声で意識を呼び戻された。
ゆっくりと目を開けると、俺の顔を覗き込んでいたサリアと目が合った。
驚きに目を見開くサリアは目尻に浮かんだ涙を指で弾くと、にっこりと微笑み、
「えぇ、どうやらモア様の夢では無かったようです。今眼を開けました」
俺から視線を外し周囲に居る人たちに向けてだろう、そのように声を上げた。
俺の無事を確認した事で、部屋の中が静かな歓喜に包まれる。
「ルシード………本当に良かった――――――」
ミューレさんは肩を震わせて、それ以上言葉が出てこないみたいだ。
あー………心配かけちまったな。
マーサとエドガもミューレさんに寄り添う様にして涙を静かに拭っている。
「お兄様」
「兄さま」
アイリーンとミモザが俺の手を取り安堵の笑みを浮かべてくれる。
名前を呼んで安心させてやりたいけど、上手く言葉が出てこないもんだ。
でも二人は俺が呼ぼうとしたのを理解してくれたのか、
「大丈夫ですわお兄様」
「無理しないで、兄さま」
握った俺の手にぎゅっと力がこもり、俺もそれだけで何だか安心しちまった。
「イザベラちゃんは良いの?」
「な、何がですの!?わたくしは何も心配などしておりませんでしたわ!ルシードがこの程度で死ぬはずがないって、信じて…………おりましたものっ!!」
強がって見せたイザベラだったけど、それは最後まで続かなかった。
最後は嗚咽が混じり、ぼろぼろと涙を流して声には出さずに肩を震わせていた。
隣にモアが寄り添いその肩を抱いた。
「マ゛リィは……………?」
俺が必死で紡ぎ出した言葉に、部屋には重苦しい雰囲気が立ち込める。
なんだよ………もしかしてマリーの洗脳が解けなかったとか言うんじゃねーだろうな!?
顔も見せないとなると、急に不安になる。
アーサーのおかげで助かったんじゃなかったのか?
あーくそっ!考えても仕方ねぇ!!
やっぱアイツら沈めねぇと気が済まねぇ!!
「坊ちゃま!?いけません!!まだ安静にしていなければ!!」
サリアに押さえつけられるが、俺は構わず歯を食いしばり身体を揺する。
折角マリーは俺たち以外のやつらとの関わりを持とうとしてたんだ!!
周囲には判りにくかったかも知んねーけど、俺たち以外の奴と話して嬉しそうに笑う事だって増えて来てたんだ!!
それを――――――っ!!
「マリーちゃんなら大丈夫だから、すぐそこまで来てるから落ち着いて?」
そう窘められて、怒りを無理矢理に鎮める。
その様子を見て安心したんだろう、モアは一人部屋を出て行った。
おそらくマリーを呼びに行ってくれてるのだろう。
「マリーさんは、今回の事がやはり相当ショックだったようですわ。自分のせいでルシードが死にかけた――――――ましてそれが操られていたとは言え、マリーさん自身がやった事ですもの。気にするなと言われても難しいでしょうね………わたくしも、あの場で魔導技研の生徒たちを先生に引き渡しに行かずにルシードと共に助けに行けていたならば――――――なんて、考えてしまいますもの」
ベッドに腰掛けてイザベラが俺の頭を撫でながら、自嘲するような笑みを浮かべる。
俺が突っ走っちまっただけなんだから、気にする事は無い。
俺は心底そう思っているし、死にかけたのも自分のせいだと思ってる。
それでも、これだけ心配してくれる人たちを見ると罪悪感が込み上げて来る。
俺がルシードになったばかりの頃、アルフォンスを殴ってミューレさんに心配をかけたことがあった。
今の俺はあのクソガキの頃から何も変われていないように感じて、ただ無性に悔しかった。
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