第89話 俺にはもう充分過ぎるくらい敵だ!!

誰のものか迄は特定できなかったが、工房内に残る魔力の残滓――――――その気配を辿り行きついた先は……………。


「あそこはベルスター先生の工房ですわね」

「ベルスター?誰だそいつ?」

「ルシードくん、まだ先生の顔と名前覚えてなかったの?もう卒業だよ?ベルスター先生は私たちに担当科目は無かったけど、魔導技研の顧問の先生だよ?」


いやいや流石に俺だって普通規模の学校なら顔と名前くらい自然と覚えてるって、けどこんな超ビッグなマンモス校の教師全員の顔と名前なんて覚えてられるかよ。

けどモアはさすがは副会長、そういう情報はばっちり頭の中に入ってるらしい。


それにしてもよりによって魔導技研の顧問かよ…………アイツら最近やっと大人しくなったと思って忘れてたら、んな下らねぇこと顧問と一緒になってやらかしやがって――――――。


ベルスター先生の工房の前には明らかに挙動不審な生徒が二十人程待機していた。

見張りってところか?

工房の中に感じた気配はそのままベルスター先生の工房の中に通じていた。

生徒だけじゃ工房に無断で出入りなんて出来ねぇから、まず間違いなく顧問のそのベルスターって野郎も関わってるんだろうな。


様子を窺いながら考えていた俺の隣を、イザベラがゆっくりと通り過ぎていった。


「許せませんわ…………断じて許せませんわ!!貴方たち!恥を知りなさい!!」


言うや否やイザベラは武器である鞭を取り出し、床を叩いた。

独特の空気を破裂させた音が響き、工房の前に待機していた生徒が一瞬にして怯む。


「イ、イザベラだっ!!先生に知らせろッ!!彼女を取り返しに来たんだ!」


外で見張りをしていた生徒のリーダーらしき男子が指示を出している。

今、彼女を取り返しに来たっつってたよな?それって間違いなくマリーの事だよな?

キレたイザベラに触発されるかの様に、俺とモアもそいつらの前に姿を現す。


「ルシードとモアも居るぞッ!?だから俺は止めようって言ったんだ!!もう知らねぇぞ!?俺は――――――」

「逃がすわけないでしょ?」


一気に距離を詰めたモアが、うるさく喚いていたリーダーらしき男子生徒の腹を抉り込むようにして殴り飛ばした。

そいつは耐え切れず壁に叩きつけられてずるずると倒れ込んだ。

他の生徒たちの顔が一瞬にして青褪めて行く、


「ねぇ?貴方たち何してくれちゃってるの?私の友だちに手を出したんだから覚悟は出来てるんだよね?今更逃げたって許されるわけじゃないんだよ?」


モアは倒れ込んだ男子を足でごつごつと蹴りながら、恐怖で動けない部員たちに語りかける。


「ゆ、許して………お願い。これはベルスター先生が勝手にした事なの、私たちの意思じゃない!!」

「だから、マリーに手を出した以上同罪だって言ってんだ。お前ら状況解ってんのか?誘拐、拉致、監禁の犯罪幇助………立派な共犯者だろうが!?」


俺も駆けだして手近にいた男子生徒を殴り飛ばす。

は?無抵抗?だから?今はもうそんな事関係ねーよ!!


マリーの誘拐に加担した――――――こいつらはそれだけでもう俺には充分過ぎるくらいに敵だ!!


「先生に止める様に言う事だって出来た、それが出来なくても俺やニーアさん、他の奴にだって言う事も出来たはずだろうが!?それをせずに今更無関係だ?ふざけんな!!」


喧嘩にもならねぇ一方的な展開に、まだむしゃくしゃした気分が晴れねぇわ。

見張りをしていた生徒たちを拘束して、二人には引き渡しと応援を呼びに行ってもらった。


心配そうに見てくる二人に背を向けて、工房に設置されてる呼び鈴を押した。


「はい」

「見えてんだろ?さっさとここを開けろ」


「…………それが教師に対する態度かね?年上に対する態度としても相応しいものとは言えないな。それに彼女のことならば心配は要らない、協力が済み次第解放する」


「この状況で、はいそうですかって引き下がるとは思ってねぇだろうな?」


一々癪に障る言い方が気に入らない、それに何より――――――。


「拉致るのを協力とは言わねぇんだよ!!さっさと開けろクソ野郎!!」


「…………ふぅ、私も偶には教師として生徒の指導というものをしてみようか」


気怠そうな声が聞こえて来た途端、工房入り口には光の防壁が展開された。

それは以前にも見たことがある――――――マリーの固有魔法だったはずの術式だ。


それに弾き飛ばされた俺は驚きと同時に怒りに気が狂いそうだった。


「何でテメェがマリーの固有魔法を使ってやがる!!」


「言ったはずだが?協力してもらっていると――――――」


マリー自ら進んでこんな事をするとは思えねぇ、強要されているか、脅されているか、操られてるのか、何にせよロクなもんじゃなさそうだ。

それにベルスターはどうあってもマリーを開放するつもりも、扉を開けるつもりも無いようだ。

それなら仕方ねぇ、実力行使だ。


俺は腕全体に魔力を纏わせて、展開された防壁に触れた。

すぐに弾き飛ばそうとする力が襲い掛かって来るが、何とか踏ん張って耐える。

手で防壁を引っ掻くように指を立て、光の防壁に指を押し込むようにして力を込める。

気を抜けばすぐにでも引き飛ばされそうな圧力の中、何とか指を押し込むことに成功する。

そこから徐々に指全部を押し込み、掌まで入ったところで防壁を破り捨てる様に広げて行く。


「うおぉぉらぁぁぁぁぁ!!!!!」


やがて防壁が耐えきれなくなってガラスを割った時の様な音と共に破れて霧散する。


「キミは無茶苦茶だな、あの防壁を抉じ開けるだなんて…………」

「生憎だが、マリーとは何度も手合わせしてるんだ。この魔法の破り方だって研究済みだざまぁ見ろっての」


口では強がってみたものの、一気に疲労感が押し寄せて来た。

まだ何とか余力はあるが、ベルスターをぶちのめしてマリーを助けられるのか?

そんな弱気になった時だった。


「お困りのようだね?僕も手伝おうか?」


そう言って現れたのは、この世界では珍しい黒髪に青い目をした青年だった。

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