第88話 痕跡

模擬戦闘大会も残すところあと二戦、準決勝と決勝のみとなった。

オーズさんが逢わせたいと言っていた人はもう既に到着しているらしいんだけど、体調を整えるため大事をとって休息をとるそうだ、そんで決勝戦を観戦しにくるらしい。


準決勝の後、俺たちの学年の決勝戦まで三位決定戦と他の学年の決勝戦を行うので中三日ほど休みがあるから、町に遊びに行こうとマリーを誘ってみたんだが、用事があるとかで断られた。

そしてそれから決勝戦となる今日までマリーの姿を誰も見ていない。

最初は体調を崩してるのかと思ったが、二日目に寮にもまだ帰っていない事を知ると俺はモアとイザベラにも協力してもらってマリーを探す事にしたが結局今日まで見つけられなかった。


まだ寮にも帰っていないらしいし、工房の方にも行ってみたけど留守のようだった。


俺とモアとイザベラで今日も校内を手分けして隈なく探してみたんだが、一向に見つからない。

学園の事ならば――――――と忙しくしているニーアさんを無理矢理呼び止めて聞いてみたんだが、大会の運営・監視・さらに今年はオーズさんが呼んだVIPへの対応もあって関知していなかった。


「あの娘ったら何か興味を惹かれるものでも見つけて没頭してるのかしら?」

「マリーさんなら有り得ますわね…………」

「マリーちゃん周りが見えなくなっちゃうもんね……………」


みんなしてそんな小っちゃい子みたいに言ってやるなよ…………。

まぁ俺も確かにありそうだと思ったけどな?

それからニーアさんに魔力を探知してもらってマリーの行方を捜してもらったんだが…………、


「…………おかしいわね。あの娘の魔力の気配がぼかされてる、痕跡を辿ろうとしても靄の中に居るみたいに判然としないわ」


いつもの間延びした口調じゃなくて、真剣な声と見開かれた目に俺たちも事の重大さを認識した。

マリーが今居る場所を知られたくないっていうなら、気配を暈すことはするだろう。

だけど痕跡まであやふやにする必要はない、それはマリーは何者かに連れ去られた可能性があるって事だった。


「……………良い度胸だわ。よりにもよって私の可愛いマリーちゃんを誘拐するだなんて…………久しぶりに〖殲滅の魔女ゼ・ウィクトレス〗として暴れちゃおうかしら~?」


殲滅の魔女ってのはオーズさんやその師匠さんたちと一緒に活躍していた頃に付いた二つ名らしい。

物騒な二つ名だが、目的を達成するためならばその過程も手段も問わず、只貪欲に結果だけを求め、その過程で周囲にどれだけの被害を生もうが顧みる事は無いからこそ付いた皮肉の込められた二つ名だとオーズさんから聞いて居た俺は、慌ててニーアさんを止めに入る。


「ニーアさんは普段通り過ごしてくれ!俺たちがマリーを奪還するからさ!」

「でも――――――」

「今のニーアさんならマリーを奪還するのは簡単な事なんだと思う、けどマリーはきっと気にしちまうだろ?」

「そうですわ!マリーさんはきっと自分が助かる過程で生じた被害に心を痛めるはずです!」

「そうそう!だから校長先生は大人しくしてて!」


俺たちの言葉にニーアさんからの恐ろしい気配が消える。

聞き入れてくれたか……………?と、固唾を飲んで見守る俺たち。


「…………わかったわ。マリーの痕跡は工房の方で強く暈されてる気がする、この町の外には出ていない筈だからくれぐれも慎重にね?もしマリーを誘拐した者たちには容赦しなくて良いわ。シバキア軍学校校長、ニーア・ベルベッティの名に於いて、貴方たちに校内での武器の使用を許可します。責任は全て私が執るわ」


そう言って、ニーアさんは俺たちにウィンクしてきた。

やっぱニーアさんはブチギレてるよりも、頼もしいこっちの方が良いわ。




「ルシードは決勝戦があるのですから、闘技場で待っていた方が良いのではありません?」


工房が立ち並ぶ研究棟エリアに向かう道中、イザベラにそう提案された。

決勝に相手はロウファとベルタペアだった。

宣言通り決勝で当たるなんてな、お互いに楽しみにしていただけにこんなつまらない邪魔が入って気分が台無しだ。


「マリーが居ないのに、俺一人居ても仕方ないだろ?」


「そんなに私たちだけじゃ心配?」


モアが不服そうに頬を膨らませているけど、


「違ぇよ、マリーにふざけたマネした連中を直でぶっ飛ばさねぇと気が済まないってだけだ」


やっと、マリーが俺たち以外の人間に対して笑顔を向ける様にもなって来てたんだ。

それを思うと、今すぐそいつらを殴り飛ばさないと気が済まないのは当然だろ?


「むぅ………マリーちゃんだけ特別?」

「はぁ?何言ってんだよ。二人が同じ状況になってるなら、俺は同じように怒るに決まってるだろ?」

「……………そっかぁ、そうなんだ………えへへ」

「モア、蕩けるのは後にしなさい?はしたない顔になってますわよ?」

「はしたない顔って…………そう言うイザベラちゃんだって、頬が今にもにやけそうになってるくせに」

「………お黙りなさい、ルシードも見ないで下さる?」


モアの指摘にさっと顔を背けたイザベラの言葉には力がなく、照れているのは明白だった。

二人のおかげでこんな状況でもちょっと和めたわ。




まずはマリーの工房にもう一度向かってみた俺たち、ニーアさんから借りたマリーの工房のスペアキーを使って中に入ったんだけど、やっぱり中には誰も居なかった。


「やはり留守のでしたわね?」


辛うじて用意されている足の踏み場に注意しながら探索するイザベラ、だけど奥にあるマリーの私室を探索していたモアが声を上げた。


「二人とも、ちょっと来――――――あぁやっぱりルシードくんは部屋の外で待機してて!?」


良く分からない指示が飛んで来たが、イザベラが部屋に入り、一応俺も部屋の外で待っていると、二人が不可解なものを見た顔をして出て来た。


「何があったんだ?」


「マリーちゃんの着替えとか下着とかが幾つか無くなってたの」


どうしてモアはマリーの下着を把握してるんだ?って疑問を呑み込んだ。

それを察したイザベラが補足説明をしてくれた。


「ルシードが知らないのも無理ありませんわ、わたくしとモアの二人で時々此処を訪れてはマリーさんと片づけを手伝っていましたの。マリーさんはほら…………片付けるのが苦手な方でしょう?自然と何処に何があるのか――――――などは把握してしまいましたの」


マリー…………せめて下着くらいは自分で片付けろよ…………。


けどマリーの着替えが無くなってるって事なら、マリーが取りに来てるってのか?

いや、違うな。状況的に誰かがマリーの工房から着替え一式を持って行ったんだ。

寮にある部屋から取るのは同室の生徒が居るから難しいだろうし、周囲の目があるからな。

この研究棟は閑散としてるから、誰かの目に留まる機会の方が少ないよな。

それを利用したってわけだ。


それなら――――――。


俺はニーアさんと同じようにこの工房の中に漂うマリーや俺たち以外の魔力を辿てみる事にした。

他は暈すことが出来たとしても、魔法研究用として設計されている工房内部は誤魔化しきる事は出来ねぇだろう。

そして俺は一つの痕跡を見つけ出した。

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