第90話 その名はアーサー
誰だコイツ?
軍学校の生徒じゃなさそうだし、初等部OBってところか?
困惑する俺を観察するように、にこにこしながら様子を窺う青年。
考えてもわからねぇなら考えるだけ無駄だな。
「あんたは誰だ?」
「僕かい?僕は、アーサーとだけ名乗っておこうかな」
それが本名なのか偽名なのかなんて今はどうでも良い。
「手伝ってもらって良いか?」
「あぁそれは僕から申し出た事だからね?勿論だよ、それに――――――話は何となく聴かせてもらったけどさ?囚われのお姫様を助ける…………うん、実に僕好みだ」
「じゃあ行くぞッ!!」
俺は工房の扉を蹴破ると、即座にアーサーが先行する。
「露払いは僕がするよ、今のキミには荷が重いだろうからね」
迎え撃つために出て来た魔導技研の部員たちだったが、俺の前を行くアーサーは彼らに全く怯むことなく突っ込んでいく。
身のこなし、技量、全部俺よりも遥か上の強さだった。
何者なのか気になるが、今はそれよりもマリーの事だ。
俺はアーサーに遅れないように走るので精一杯だ、マリーの工房よりも広く設計されているらしい。
部員も全員が此処に居る様で、攻撃魔法を躊躇い無く放ってくる。
「ふぅ、あまり手間をかけさせないで貰いたいね」
アーサーは剣一本でそれら全てを叩き切り、部員たちを昏倒させていった。
やっぱスゲェ、コイツ…………。
そのままアーサーは扉を破壊すると、そこにはベルスターが待ち構えていた。
ドーム型になった大きな部屋には様々な機器や器具があり、此処が主な実験室か何かのようだった。
「マリーは何処だ!?」
「彼女ならば階段を下りて地下にある部屋で魔導技研の為に自ら進んで手伝ってくれている最中だ」
「マリーに何をしたッ!?あれだけ拒否ってた魔導技研の手伝いを進んでやってるなんて信じられるわけ無いだろうが!!」
今にも血管がブチギレそうだ。
だけど、次のコイツの発言でまだまだ上の怒りがあるんだって事を知った。
「あぁ、それならば彼女には私が開発した薬を投与していてね?今の彼女はテオドア君の事をキミだと認識するようになっている。彼が質問をすれば彼女は嬉々として何でも答えてくれて、非常に役に立っているよ。魔術抵抗はさすがはニーア校長の娘なだけあって高いのだろうが、薬物に対する耐性はまだまだだったようだね?面白いように言う事を聞いてくれるよ?」
「それで…………テメェはマリーの固有魔法を聞き出したってのか………」
「あぁ、あれは実に素晴らしいものだね。術式がとても美しい、テオドア君にはまだまだ扱えないだろうが私ならば問題無く使えたよ」
隣に居るアーサーも顔を顰めている。
俺が今にも殴り掛かりそうに一歩前に出ると、その肩を掴まれる。
「僕が彼を止める、キミが今やるべきことはお姫様を助ける事だろう?」
――――――そうだ。
こいつをぶっ飛ばしてやりたいのはやまやまだが、それよりもまずはマリーの無事を確認しないと何より俺が安心できねぇ。
「マリー助けたらそいつを一発ぶん殴らせてほしいから殺すなよ!」
「あぁ、それは勿論約束するよ」
俺は階段に向けて走り出した。
当然のようにそれを妨害しようとベルスターが魔法を放つが、それより早くアーサーが俺との間に立ちはだかってくれた。
ベルスターの魔法は全てアーサーによって切り裂かれ、その間に俺は階段に辿り着いてそのまま駆け下りて行った。
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【アーサー視点】
迷いなく階段を降りる彼の背中、僕を信頼してのものでは無いだろう。
大切な者の為になりふり構わずに動くことが出来る、そんな彼を羨ましく思い見送る。
…………さてと、彼をお姫様の下に向かわせることは出来た。
それにしてもニーアさんにも困ったものだ、こんな変態をのさばらせてるなんて。
僕も久々にとても気分が悪いよ。
僕よりも幼い子どもにそんな強烈な効果のある薬を、何のためらいも無く投与するだなんて正気の沙汰じゃない。
僕は剣を抜くと、人の皮を被った化け物と対峙した。
「誰かは知りませんが、貴方も邪魔をするというのなら容赦しませんよ」
「あぁ、容赦なんてしなくて良いよ?その方が僕も躊躇い無くお前を斬ることが出来るからね」
彼は手のひらサイズのボール状の魔法を床に叩きつけた。
そこから紫色の煙が室内に蔓延する、これは――――――。
「私が開発した試作品の毒です、抗体を持っている私は問題ありませんが貴方はどうでしょうね?」
悠々と彼が歩いて来る。
それを目掛けて僕は剣を振り下ろした。
「――――――!!何故動ける!?」
ちっ、さすがに何の影響もなしって訳にはいかなかったか、距離を見誤った。
ただ身体を掠めてはいたようで、彼の肩には切り傷が出来ていた。
「残念だったね?僕は生まれつき頑丈に出来ていて、生まれてこの方病気にもなった事が無いんだよ」
僕は普通でありたかった。
けれどもそれは叶わぬ願いだと知っている。
だからこそ僕は戦いを、闘争を渇望するんだ。
勇者の息子、偉大な父を超える存在に――――――周囲からの無言の圧に常に息苦しい、だけど剣を振るこの瞬間だけは、そんな煩わしい気持ちを全部忘れられるからね。
「そんな、馬鹿な……………」
彼には殺すなと言われているから殺しはしないけど、要するに命さえあれば問題無いって事だよね?
僕は彼の目の前に剣の切っ先を突きつけながら、問いかける。
「彼女に投与した薬の解毒剤は?」
それほど強力なものならば、きっと効果を打ち消す物も存在するはずだ。
彼は協力が終われば彼女を開放するつもりだったみたいだし……………。
「これがそうだ……………」
彼が懐から取り出した小指ほどの薬瓶、その中には透明の液体が揺れていた。
「本物だろうね?もし偽物だったらその指全部斬り落とすよ?」
彼は何度も激しく頷いた。
………うん、どうやら本物のようだ。
僕は彼を昏倒させた後拘束すると、薬瓶を持って地下へと向かった。
おとぎ話のように愛で正気に戻ってくれればいいけど、もしそうならなかった場合はこれが絶対に必要になるだろう。
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