英雄との再会

閑話・昔話 オーズ・ストロングの基礎

吾輩は元々貧しい生まれの孤児であった。

時代は魔物を率いる魔族との大戦が収束に向かい始めた頃であった。

常に空腹だった吾輩は、他者から盗むことで日々を生きていた。

そんな激動の世の中で、吾輩はあの御方に出会ったのである…………。


「おいおい坊主、人の物を盗っちゃいけねーよ」


第一印象はとても大きな人物だった。

がっしりとした体躯、豪奢な剣を背負った彼は、店から食べ物を盗もうとしていた吾輩の手を取って、そう告げて来たのである。


「うるせー!!腹が減ってんだよ!!俺に飢えて死ねってのか!?」


我ながらルシードの事をあまりとやかく言えぬクソガキぶりである。

まだ知恵も足りていなかった吾輩は、その声で盗もうとした店の店主に見つかってしまい、逃げようと彼の手を振りほどこうとするがビクともしなかった。


「放せ!!放せよッ!!」


「おーおー威勢の良いガキだ。オメーがもしかしてそうなのか?」


彼の聞いてきた言葉の意味が解らず、半狂乱になって逃げようと藻掻いていると。


「あぁオッサン。コレの代金は俺が払うから今回はお咎め無しにしといてくれや」


決して少なくない額の食料の代金を支払い、それを吾輩に分け与えてくれたのである。

それを遠目に見ていたのだろう、彼の仲間であり後に奥方となる女性――――――フェリシア様が駆け寄って来て、


「もうっ!食料をそんな子どもにまで分け与えて――――――」

「別に良いじゃねーか金なんて持ってたってほとんど使わねーんだ………それに目の前で子どもが飢えてるんだぜ?放っておけってのか?」


彼女は彼の言い分に何も言えず、その代わりに頬を膨らませた。


「そうは言わないわよ………けど、今の時代戦災孤児なんて溢れかえってる。一人二人救えたところで――――――………」

「……だとしても、何もやらねぇよりはマシだ。俺はそう信じてる」


言葉に詰まり肩を震わせる彼女を抱き寄せ、彼は未だに吾輩の腕を離さなかった。

幼い吾輩はまだこの方々が長く続いた大戦を終息へと導いた英雄たちであるとは知る由もなかったのである。


「オメーまだガキのくせに気合入ってんなぁ、マジで違うのか?」


吾輩は何故か彼に気に入られ、誘か――――――旅に連れまわ――――――…………連れて行ってもらったのである。

その道中で吾輩は彼の弟子となり、戦い方から礼儀作法まで教わったのである。

彼は魔物を率いる魔族、その頂点である魔王を討伐する為に異世界より召喚された勇者であると聞かされていた。


「オメーじゃねぇ!!俺はオーズだ!!」


「………また言ってるの?」

「オーズと似ているという事は、そいつは随分と生意気なガキのようだな?」

「にゃはは!オーズと似てるって事は彼ともそっくりって事にゃ!」


イキがって言った俺の言葉に、彼の仲間が次々に反応する。

攻撃魔法だろうと治癒魔法だろうと何でもこなすスペシャリストであるフェリシア様。

師匠に劣らぬ剣技の使い手にして、常に冷静沈着、剣聖の称号を賜ったギース様。

付与魔法に特化した踊りを以て味方を援護・支援し彼女自身も拳闘術の使い手でもある猫の獣人レンレン様。

そこにあの御方も含めたたった四人でありながらも、魔族を相手にしても向かうところ敵なしの人類の希望だった。

人々は師匠の事を”勇者”や”英雄”と褒め称えた。


「レンレン…………その話し方はいい加減どうにかならないのか?」

「何を言うにゃ!これは猫獣人に伝わる由緒正しき――――――」

「レンレン、そんなの絶対に後世に伝えちゃダメ」

「にゃー…………」


フェリシア様に窘められて、レンレン様のしっぽが垂れ下がる。

ギース様とレンレン様は婚約していたので、レンレン様は誰に憚ることなく本来の姿で過ごしていた。

因みにレンレン様の語尾に”にゃ”を付けるという独特なものを教えたのは師匠だった。


「個性的で良いと思ったんだがなぁ………」

「頼むから面白半分で俺の妻に余計なものを教えないでくれ」

「ギースは…………にゃーは嫌い?」


「大好きだーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」


ギース様はレンレン様相手にはとても弱く、時々彼女への”愛”が溢れ出して限界を迎えるとこうして叫んで発散させていたのである。



そしてそのまま時は流れ吾輩も師匠のパーティメンバーの一員となり、魔王との決戦にも参加したのである。

その間にニーアも吾輩と同じような境遇だったらしく、ある日突然に師匠に拉致――――――拾われて、それから共に死線を潜り抜けて来たのである。


師匠は前世での”親友”を探してもいた。

何でもこの世界へと来る前に、この世界にその”親友”が生まれ変わると神様から聞いたのだというのである。

師匠は嘘を言わない人だったので、吾輩もその話を信じたのである。


「まぁそれが何年後………何十年後になるのかは解らねーが、せめてアイツが生まれた時に”平和な世の中”ってのを用意してやりたくてなぁ」

「師匠はどうしてそこまでしてその”親友”を探すのですか?」


吾輩の何気ない質問に師匠は何処か遠くを見る様にして空を仰ぎ、懐かしそうに語り始めるのだった。


「俺はな………アイツにドデケェ借りがあるんだよ。だから俺はあいつに生きていてもらいたい…………ただ、それだけなんだ――――――」


師匠のその言葉から、その”親友”と悲しい別れをしたのだと想像できた吾輩は、


「それなら俺も、その師匠の”親友”を探すのを手伝います!!」


会えるかどうかもわからない人を探すと約束したのである。

完全に勢いであったが、師匠は笑って吾輩の頭にぽんと手を置いて、


「俺がもし居なくなった後、そいつを見つけたら力になってやってくれ。アイツはどうしようもねーくらい馬鹿で真っ直ぐな奴だからさ、絶対周囲と摩擦を生んでるはずだ。お前にも背負わせちまって悪いが、頼んだぜ?」





あれから二十年――――――。

英雄として祀り上げられた師匠は、この国の中枢である中央府と呼ばれる場所で隠居生活を送っているのである。

上級貴族でさえ容易に立ち入る事の出来ない区画、吾輩はそこに休暇を貰い訪れていたのである。



「月日ってのは早ぇえもんだなぁ…………」


師匠はベッドから半身を起こし、窓の外の景色を眺め呟いた。

師匠は魔王なる者との戦闘で憔悴したところに呪いを受けた。


老化の呪い――――――。


まだ齢五十ほどのはずなのに、そこに居るのは八十を越えようかという程に師匠は老いていた。

この中央府の整った医療体制のおかげで、体力だけは辛うじて減退を緩やかにさせる事が出来ていた。


「アイツは見つかったか…………?」

「…………まだ確信は持てませんがそうであれば良い………そう思える者を見つけました」


いつもなら吾輩は「まだ見つかっていません」と返す所であったが、それと違う返事に師匠の目に強い光が宿った気がした。


「連れて来い」

「ですが――――――!!」

「俺が直接見定めてやる、その方が手っ取り早いだろ?」


確かにその通りであったが、もしも違うとなった場合、吾輩はルシードの下を離れなければならなくなる。

それを思うとルシードを此処へ連れてくるのが躊躇われた。


「私からもお願いするわ」


フェリシア様からもお願いされてしまい、吾輩は腹を括った。


「…………わかりました。ですがこの中央府に連れてくるのは容易ではありませぬ」


「それならばこちらから出向くだけだ。すぐには無理だが…………必ず会いに行く」


吾輩はそれ以上何も言わず、一礼して師匠の部屋を後にした。

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