第60話 新しい家としての仕事とまずは探検

「はい、お疲れ様~。これで面倒な手続きはすべて終了よ~」


ニーアさんの朗らかな声に、俺は緊張を解いた。

場所は軍学校の校長室、そこに俺、オーズさん、ミューレさん、サリア、マーサ、エドガ、アイリーン、ミモザ――――――俺たちの新しい家、スティレット家の面々が揃っていた。

中級貴族となった事による諸々の手続き、そして上級貴族であるベルベッティ家の庇護下に入れてもらう為の手続き、そして俺たちの住む家をシバキアに移す手続き、とにかく数えきれないくらいの書類とにらめっこして、何度もまだ慣れない自分の名前をサイン書きして一心地着いた。


「お疲れ様で御座いましたルシード坊ちゃ――――――御当主様」


タイミングを見計らっていたかのように出てくる紅茶、サリアが俺の呼び方を言い直すが違和感バリバリでどうにも落ち着かなかった。

御当主様なんて呼ばれるガラじゃねーんだけど、そこだけはミューレさんが断固として譲らなかった。

更にはニーアさんとオーズさんまでもがミューレさんの味方となり、済し崩しで俺がスティレット家当主になってしまった。

隣に座るミューレさんは、そんな俺を見て終始ニコニコしっ放しだった。

それに負けず劣らずニコニコしてるのがニーアさんだった。


「それでルシードくんにはベルベッティ家の傘下に加わったという事で、シバキアの町でお仕事をしてもらいたいの~」


相変わらず間延びした声で、説明してくれる。


「町の警備ってお仕事もあるけれど、人では足りているそうだからルシードくんには生産職ギルドの人たちを御手伝いしてあげてほしいのよ」


武器防具やアイテム、衣服にアクセサリーなど、この町にもそうした店はある。

シバキアにてそうした店は軍学校に品物を卸す事が主な収入源らしい。

それ以外ではこの町にもある冒険者ギルド、そこに所属する冒険者たちが彼らの品を買い求め収入となる。

ニーアさんにそれらの事を簡単に説明してもらうと、オーズさんが難しい顔をしていた。


「ルシードの更なる強化を図るのであれば警備に従事させたかったであるが、仕方がないであるな」


「うふふ、そうねぇ。でも手に職を就けておくのも悪くないかもしれないわよ~?」


俺の周囲は俺よりも俺の事に一生懸命だな…………。

ありがたいとは思う反面、プレッシャーにも感じる。

……弱気はダメだな!やってやらぁ!そう俺は腹を括って姿勢を正す。


「ルシードくんには特例として週末の休日には実家に帰る事を許可しておくから、土曜日でも日曜日でも構わないからお仕事をして貢献してね~?具体的な話はその時にしましょう?二日とも働いてくれても構わないけれど、ルシードくんはまだ学生なんだからくれぐれも無理はしないようにね~?まぁルシードくんは愛されてるから、無理なんてやろうと思っても出来ないでしょうけどね~?」


うふふふふ………とニーアさんは俺の周囲の人たちを見て笑顔を強くする。

ニーアさんは俺たちが余計な貴族たちの権力争いに巻き込まれないように、傘下に加える事で守ってくれた恩がある。

それに報いるためにも、出来るだけ頑張ろうと思った。





「兄さま。あそぼ?」


長期休暇中に出された宿題の存在を思い出し、やってなかった時のマリーの悲しそうな顔が浮かんだ俺はなんと宿題に手を出していた。

それからしばらくして、俺の部屋のドアをノックも無しに開け放って入って来たのはミモザだった。

相変わらずクマのぬいぐるみがお気に入りなのか、ずっと抱きしめている。


すまん、マリー。

兄として妹と遊んでやらなければ――――――。


悩むことなく宿題を辞めた俺は、ミモザに向き直る。

するとそこへ元気よくアイリーンが駆け込んできて、


「ミモザ!兄さまのお勉強の邪魔をしてはいけませんってさっきサリアに言われたでしょう!?」


「あぁ良いよ?丁度休憩しようと思っていたから、気を遣ってくれてありがとう」


俺はそんなアイリーンを優しく諭して頭を撫でる。

最近になって気が付いたのだが、アイリーンは何気に撫でられるのが好きなようだ。

さっきまでの勢いは形を潜め、しおらしくなって撫でられたまま上目遣いに俺を見る。


「兄さまがそう仰られるのなら…………私も、一緒に遊んでも良いですか?」


気の強い子かと思いきや、アイリーンは気配りが出来てしっかりしてる優等生だ。


「勿論良いよ。何して遊ぼうか?」

「おうちの中を探検!」


ミモザは独特と言うか、色々とフリーダムな子だった。

探検かぁ………そういえばまだ俺もこの屋敷を全部見て回って無いな………。

それに気付くと、俺はミモザの提案が中々いいものに思えた。


「よし、じゃあ探検に行こうか」

「おー!」

「ミモザ!兄さまにくっつかないの!?」


そう言いながらもアイリーンも反対側の俺の腕にぎゅっとしがみ付いていた。

一応は両手に花か、十年後も同じようにしてくれると俺としては嬉しいんだがきっとそうはいかないだろう。


え?あによ?こっち見んなっての、マジキモいんですけど?

えー触るとかマジ無理、ちょーウケるんですけどー?


…………とか言われるのがオチだろうな。

親父クサい気分に浸りながら探検を開始すると、早々にサリアを見つけた。


「ぼ――――――当主様、どちらに?」


またサリアは坊ちゃまと言おうとして軌道修正――――――しきれず、ぼ当主様という新語を生み出していた。


「二人と一緒に家の中を見て回ろうと思って」

「左様でございますか」


そう言って俺たちは歩き始めると…………その後ろからサリアの気配。

前にも似たような事あったよな?あの時は結局最後までついて来たんだっけか?

それがまた随分と懐かしく思えるわ。


「まだ殺風景でお恥ずかしいですわ」

「私の部屋、ぬいぐるみ沢山~」


アイリーンの部屋、ミモザの部屋と見て回っていると後ろの気配が増えている事に気付き振り返る。

そこにはマーサとエドガが付いて来ていた。

何なんだ?俺はこの屋敷の中で迷子にでもなると思われてるのだろうか?

俺は方向音痴じゃねーぞ?


そしてこの家で働いてくれてる人たちの部屋も見て回る。


「まだ全て掃除できておりませんが………」

「私もまだ荷解きが終わっておりませぬ、雑多な部屋で申し訳ありません」


マーサ、エドガと部屋を見せてもらって、次はサリアの――――――ガタン!


開けようとした俺の前にサリアが立塞がり、物凄い剣幕で俺を見下ろしてきていた。


「例え坊ちゃまといえど、私の部屋をお見せする事は出来ません」


有無を言わせぬ迫力に、俺、アイリーン、ミモザは無言で何度も頷いた。

こういう時のサリアの言葉には従っておけ、スティレット家初めての家訓にしようと誓った。

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